第32話
汐莉は恐らく自分でディフェンスを剥がす
もし知っていたとしても、それを実行する技術がないだろう。
両チームとも一年生ばかり、かつあまり強くない学校のようで、正直レベルは高くない。
目を見張るようなプレーがあるわけでもなく、得点もなかなか入らないが、すべての選手が懸命にプレーしており、接戦ということもあってなかなか見応えのある試合だ。
そんな中また汐莉がボールを持った。
しかしその瞬間ディフェンスが間合いを詰めてくる。
それに驚いた汐莉は思わずといったように上体を高く起こしてしまった。
チャンスと見た相手選手はさらに体を寄せてプレッシャーをかける。
(それは寄りすぎだろ……)
体勢が悪い所に体を押し付けられて、汐莉はボールを保持したまま後ろに倒れこんでしまった。
すかさず審判がホイッスルを吹き、ファウルを宣告する。
ファウルをしてしまった選手は申し訳なさそうな顔で汐莉に手をさしのべて何らかの言葉を発した。
汐莉は笑って言葉を返し、手をとって起き上がる。
恐らく謝罪を受け入れたのだろう。
そこまで激しい接触ではなかったので、汐莉の体は問題なさそうだ。
汐莉は尻餅をついてしまったお尻をはたき、顔を上げた。
その表情はにこやかだった先程とうって変わって鋭い目でゴールを見据えていた。
修は自分の背筋がゾクッとするのを感じた。
シュートこそまだ最初の一本しか撃てていないが、汐莉の集中力はプレー時間を重ねる毎に、どんどん研ぎ澄まされていっているように感じる。
汐莉のチームのスローインからリスタートだ。
パスが回され、インサイドにポジションをとった選手にボールが渡る。
ドリブルで体をさらにゴール付近に押し込み、右足を軸にターンしてジャンプシュートを放った。
そのシュートは相手のディフェンスに阻まれてしまったが、審判の笛が鳴った。またファウルだ。
シュート体勢に入った選手へのファウルはフリースローになる。
ファウルを受けたシューターはフリースローラインに、リバウンドに入る選手はそれぞれフリースローレーンの所定の位置についた。
ふと汐莉を見ると、彼女はレーンには入らず何やら優理と会話をしていた。
優理は汐莉の言葉を聞くと、笑って頷いた。
遠巻きには何を話しているのかはわからなかった。
ただの何気ない会話か、それともプレーに関することだろうか。
残り時間はそろそろ五分を切ろうとしていた。
50-54で依然合同チームが負けている。
フリースローの二投目はリングに大きく弾かれた。
リバウンドを捕ろうと各選手がポジションの取り合いをし、跳び上がる。
ボールを掴んだのは合同チームの選手だ。
囲まれていたためそのままシュートにはいかずに、アウトサイドにボールを出した。
攻撃の仕切り直しだ。
トップの位置の優理がボールを持つ。
右サイド45°のポジションにパスを出した優理は右前方に走り出す、と見せかけて逆サイドに走り出した。
その流れで左サイドにいた汐莉にスクリーンをかけに行った。
スクリーンとはチームオフェンスの基本的なプレーだ。
自らを
汐莉は優理がスクリーンに立ったことを確認するとすかさず走り出した。
スクリーンに対するディフェンスの動きはシチュエーションによって様々だが、この場合は優理をマークしていた選手が
しかし優理のマークマンは経験が浅いのか、スクリーンプレーに対応できておらず、汐莉が優理の元いた位置に入れ替わるようにフリーになった。
当然ボールは汐莉に渡る。
修と練習したミドルシュート時のストライドストップのミートと同じ要領でゴールに正対した汐莉は、二本目の3Pシュートを放つ。しかし。
(体勢が悪い……!)
勢いを殺し切れなかったのか、それとも力んでしまったのか。
汐莉のシュートは体が斜めに流れながらのものとなってしまった。
ボールはリングに弾かれた後、バックボードに跳ねる。
そしてまたリング上に戻り、見ている者をからかうように一瞬制止し、リングの内側へと落ちていった。
これで53-54。汐莉の3P成功は2/3。
修は大きくため息を吐いた。額から冷や汗が吹き出す。
今のシュートは正直外れると思った。それくらい無理矢理決めたという感じのゴールだった。
残すはあと一本。汐莉の有言実行も現実味を帯びてきた。
恐らく今のワンプレーは汐莉と優理が打ち合わせたのだろう。
先程のフリースローの時に話していたのはこのプレーのことだったようだ。
ただストライドストップからの3Pは汐莉にはまだかなり無理があるように見えた。
きっともう一度同じプレーをしても入る確率はかなり低いだろう。
試合時間は刻一刻とタイムアップに近付いていく。
また、汐莉のチームメイトたちは優理を除けば、別に汐莉に3Pを撃たせるために動いているわけではない。
もう汐莉にシュートチャンスが巡って来ない可能性も充分にある。
修はまるで自分が試合に出ているかのように焦燥に駆られていた。
残り時間が一分を切ったが、危惧していたように汐莉が3Pを撃てる機会はやってこなかった。
ボールや選手の流れもあるので、汐莉ももちろん自分勝手に3Pラインの外側でずっと待っている訳にもいかない。
時折インサイドに走り込んだり、パスの中継をしたりといったプレーも、ぎこちないながらも行っている。
この時点でスコアは58-60。3Pが決まれば逆転だ。
一年生大会は「勝利」を重視しない大会だ。とは言え接戦となれば、勝ちたい思いが強くなるものである。
両チーム共必死に攻め、必死に守る。
点差が縮まらぬまま残り時間は20秒。
ボールコントロールは合同チームだ。
トップの位置から優理が右サイドにパスを出す。
左サイドに走りスクリーン。先程汐莉が決めた時と同じパターンだ。
汐莉は自分のマークマンを優理のスクリーンに引っかけ、ボールを貰いに走る。
しかし今回は相手もきっちり対応し、汐莉にパスは通ったもののすぐに間合いを詰められてしまった。
汐莉も焦っているのだろうか、苦しそうな表情でボールをキープする。
するとハイポストの味方がフリーになったため、汐莉はそちらになんとかパスを出す。
その選手はボールを貰うとドリブルをついてターンしようとしたが、ディフェンスに阻まれてターンできずにボールを持ったまま動きを封じられてしまった。
それをチャンスと見たのか、汐莉のマークマンがボールを奪おうとハイポストに接近した。
これでボールを奪われれば時間的にもゲームオーバーだ。チームの誰もがまずいと感じただろうその時。
「ようこちゃん!!!」
コートサイドにいる修にもはっきり聞こえる大きな声が響いた。
声の主は汐莉だ。
(! この形は……)
――シューターが一番撃ちやすいパスってどこからのパスだと思う?
ハイポストからフリーになった汐莉にめがけてボールが飛ぶ。
修が汐莉に教えたインサイドアウトの形だ。
汐莉は右足を引いたスタンスで構えていた。
ボールをキャッチする直前で右足を前に踏み込む。
汐莉のマークマンが慌てて飛び出すがもう遅い。
汐莉はシュート体勢に入っていた。
「行け……!」
修は思わず声を上げる。
そのシュートは初めて見た汐莉のジャンプシュートにほど近い、美しいフォームだった。
高い軌道を描きながらボールはどんどん上昇していく。
そして最高点に到達すると今度はみるみる落下していく。
ゴールに対して真っ直ぐ、鋭いバックスピンをかけながら落ちていくボールは、そのままリングを通過しスパンッと音を立ててネットを揺らした。
瞬間タイマーからタイムアップのブザーが鳴り響く。
見ていた者たちが騒然となり、多くの人が声を上げて手を叩いた。
これで3/3。三連続3P、見事達成だ。
しかも試合も一点差での勝利となった。
(すげぇ……。凄すぎる……。ほんとに三本連続で決めるなんて……。しかもブザービーターって)
修は自分の胸がじわじわと熱くなるのを感じた。
唇が震え、視界が少し潤む。
(バスケのプレーでこんなに心を動かされるのはいつぶりだろうか……)
修は限りない称賛の眼差しで汐莉を見つめた。
チームメイトから揉みくちゃにされた汐莉がふとこちらの視線に気づいたように顔を向ける。
ちゃんと見ててくれた?『できる』んだってちゃんと伝わった?
汐莉はそんなことを言いたそうな目をしているように見えた。
そしてにこっとひまわりが咲いたような笑みを見せた。
修はその表情を見て、心の中にあったどす黒く重苦しい感情がすーっと消えていくような感覚を覚えたのだった。
試合を終えスタンドに上がった汐莉は辺りをキョロキョロと見回していた。
試合後ベンチから荷物を回収し、フロアから出る際に修に声をかけようと思ったが、修の姿は元いた場所には既になかったのだ。
(どこに行ったのかな……)
汐莉はスマートフォンで連絡をとろうと思い立ち、エナメルバッグに入れていたそれを取り出した。
画面を開くとロック画面にメッセージの通知が来ていることに気づいた。修からのものだ。
汐莉は内容を確認するために急いでタップした。
『何も言わずにいなくなってごめん。
気持ちを整理したくて、一人になりたかったから先に帰るよ。
それで明日か、明後日でもいいんだけど、時間とれないかな。
伝えるべきことを伝えたいから。
都合のいい時間を教えて欲しい。』
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