第29話

 俺、中学では結構名の知れたプレイヤーだったんだ。


 自分で言うとすごいカッコ悪いけど……。


 正直自分でも「他の誰にも負けねぇ」「俺が一番上手いんだ」って自信もあった。


 それで、中学最後の県総体の準決勝でさ。怪我したんだ。それもけっこうでかい怪我。


 前十字靭帯損傷って言うんだけど。


 大接戦で、もう四ピリの一分を切ってたかな。こっちが二点リードしてた。


 俺が相手のエースを止めて、カウンター速攻でレイアップまで持っていったんだ。


 そしたら後ろからすごい衝撃が来て……そっからは左膝がものすごく痛かったことしか覚えてない。


 後から仲間に聞いたんだけど、俺にぶつかってきた奴は相手のエースで……お察しの通りさっきのやつだよ……。


 結果的にその後同点に追い付かれて、延長戦で負けちまった。


 病院で連絡を受けた時はマジで気が狂いそうになったよ。


 全国制覇を夢見て頑張ってきたのに、最後は怪我させられて、チームも負け。


 まぁ勝ってたとしても俺はもう試合には出られなかったけどな。


 医者にはバスケに復帰できるのは、人にもよるし、リハビリをちゃんとやったかにも左右されるから断言はできないけど、半年以上はかかると見ておいた方がいいって言われた。


 めちゃくちゃ悔しかった。無茶な当たりをしてきたあいつにも相当ムカついた。


 それからは俺もチームメイトも放心状態だったよ。


 お見舞いで病院に集まった時も自然と準決勝の話になってさ。誰かが泣き出すと、皆つられて泣いてた。


 でも、そういうのって時間が経つにつれて立ち直ってくもんでさ。


 皆切り替えて前を向き始めた。


 俺は一番塞ぎ込んでたけど、ある時転機がやってきたんだ。


 強い高校からスカウトの連絡が来たんだ。それも三校もだ。


 俺が怪我してるのはわかってたみたいだけど、しっかり完治すれば高校でも通用するって判断してくれたみたい。


 それがすごく嬉しくて、中学で果たせなかった夢を高校でって気持ちが湧いてきた。


 リハビリも頑張った。かなり順調だったんだ。


 ……あんな馬鹿なことしてしまうまでは……。


 怪我してから四ヶ月くらい経ったころだったかな。


 同学年のチームメイトが久し振りに部活に顔出しに行こうって言うもんだから、何人かで一緒に見に行ったんだ。


 俺以外の奴らは練習着もバッシュ持っていって、一緒に練習に参加してた。


 その日は顧問もコーチもまだいなくて、その分皆楽しそうにはしゃぎながらバスケしてた。


 俺はそれを羨ましいと思いながらも楽しく見てたんだ。


 そしたら、後輩の一人が言ったんだ。


「修さんも一緒にやりましょうよ」って。


 俺は断った。医者にも止められてたしな。


 軽く走るくらいの運動はもうやってたけど、バスケみたいに身体接触のあるスポーツは何があるかわからないから危険だって。


 でもそいつにつられるように皆が言うんだ。


「ちょっとくらい大丈夫ですよ」「ちょっとシュート撃つくらいいいだろ」「修も久し振りにバスケやりたいだろ?」って。


 俺は皆の言葉に乗せられちまった。ボールを受け取って、ドリブルしたりシュートしたり。


 最初はそれだけだった。それだけのつもりだった。


 でも久しぶりのバスケで楽しくなっちまって、いつの間にか自分が怪我してるってことをすっかり忘れちまってた。


 ここまで話したら予想もつくだろ?


 やっちまったんだよ。俺、滑って転んじまったんだ。


 左足が滑って、膝がガクッとなったって思ったら、もう二度と味わいたくもないと思ってた痛みがまた襲ってきた。


 すぐ先生を呼んで病院に連れていってもらったよ。当然、治りかけだった靭帯がまた損傷してた。


 絶望したよ。


 なんて馬鹿なことをしてしまったんだって。


 またあの辛くて長いリハビリの繰り返しになるなんてって。


 あと、これも後から聞いた話なんだけど、チームメイトたちは顧問とコーチから死ぬほど怒られたらしい。


 お前らが永瀬を誘惑したからこんなことになったんだって。


 それからかな。皆が俺に対して腫れ物に触るような態度をとり出したのは。


 俺も皆のことを気にかける余裕がなかったから、溝はどんどん深まっていった。


 しかも悪いことは続くもんでさ。スカウトしてくれてた三校の内二校がスカウトの話はなかったことにしてくれって。


 まぁ自業自得だ。怪我持ちブランク有りで自己管理もできないような奴、見限られて当然だよ。


 でもそんな中でも一校は見捨てないでくれた。リハビリのサポートもするなんて優しいことも言ってくれた。


 それであるとき、その高校が一度練習を見に来ないかって誘ってきたんだ。


 練習風景とか、設備とか、これからチームになるメンバーを見ておくとモチベーションも上がるでしょうって。


 正直俺はその時点で乗り気じゃなかった。怪我を治すことと、チームメイトたちの関係の悪化でいっぱいいっぱいだったから。


 でも親がこれだけ熱心に誘って頂いているのに断るのは失礼だって言うもんだから、嫌々見学に行くことになったんだ。


 その高校は県内ベスト4常連で、毎年良い選手を集めてるらしかった。最初に設備を見せてもらったんだけど、トレーニングルームや体育館も立派だった。


 そして、いざ練習を見学したんだ。


 そこで俺は……そうだな……絶句した、って言うんだろうか。


 言葉を失ったよ。


 高校生のレベルの高さに。


 体つきが違う。スピードが違う。技術が違う。


 中学と高校ではこんなにも差があるのか。


 リハビリなんてしてる場合じゃない。今すぐ練習しないとここには入っていけない。怪我が治るのはいつだ? 全力で走れるようになるまでどれくらいかかる?


 そこで俺は思ってしまったんだ。絶対に思ってはいけないことを。


 俺は…………


 俺には「無理だ」って思ってしまった。


 俺は「できない」って諦めてしまった。


 折れたんだ。心が。


 その瞬間心臓の鼓動が急に激しくなってきた。それで次第に胃も痙攣しだした。


 様子がおかしいことに気づいた親に支えられて外に出たんだけど、その途端に吐いちまったんだ……。


 若干過呼吸にもなってたらしい。


 病院には行かなかったよ。体育館から離れる頃には治まってたからな。


 向こうの顧問にもかなり心配されたけど、すぐに家に帰った。


 休めば大丈夫だって自分に言い聞かせながら、自分の部屋に入った。そしたらさ……。


 目に飛び込んで来るのはバスケットボール、バスケのポスター、バスケの雑誌、バスケ、バスケバスケバスケ……。


 俺はもう耐えられなかった。

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