第19話
それから二人の特訓が始まった。
いつもの昼休みと違って今回は時間が長めにとれる。
修は先日部活を見に行ったときのことを思い出しながら、練習のコツや動き方、意識の仕方を教えることにした。
「今日はまずパスの練習からいこう」
修は汐莉にポジションを指示して、5m程離れて向かい合う。
「まずはチェストパス」
修はそう言いながら自分の胸元から汐莉の胸元にパスを出した。汐莉はそれをキャッチし、修にリターンする。それを十回繰り返した。
「次は同じフォームでバウンドパス」
今度は二人の間でワンバウンドさせてのパスだ。汐莉も同様にリターン。そしてこれも十回。
「OK! 宮井さん、今のパスのやりとりで俺と宮井さんで大きく違うものはなんだった?」
修はパスをやめ、ボール右脇に抱えながら汐莉に問い掛ける。
「えーと……やっぱり一番違うのは、ボールの強さ……かな?」
「うん、その通り。俺のパスの方が速くて強かったと感じたはずだ。それは俺と宮井さんで単純に筋力の差がある……って話じゃない」
「え? 違うの?」
汐莉はきょとんとした顔で軽く首を傾けた。
実際修の全身の筋力は現役時代と比べてかなり衰えている。そのため、中学時代は陸上部で今は現役のバスケ部員である汐莉に対して、誇れる程の筋力差はないだろう。
では何故こうもパスの質に差が出るのか。
「宮井さん、パスを出す時の俺の体の動き見てた?」
「う、ごめん、自分のパスに集中してて、見れてないです……」
汐莉がうなだれながら言う。
「大丈夫だよ。じゃあもう一回やってみよう。今回は俺の動きに集中してみて」
今度は五回チェストパスを繰り返した。その間汐莉はじっと修の全身をくまなく見つめる。
自分でしっかり見るように指示しておきながら、修は汐莉に真剣に見つめられ少しだけ照れくさくなってしまった。しかし練習に集中せねばと頭を切り替える。
「どう? 何かわかった?」
「うーん、なんか、全身を使ってる感じがする!」
「正解! そこが俺と宮井さんの違いだね。パスってのはもちろん、腕の力と手首のスナップが一番重要なんだけど、さらに強く、或いはそれらをカバーするためには全身を使うのがいいんだ」
汐莉はふむふむと頷きながら修の説明に耳を傾けている。
修は一旦ボールを足元に置き、さらに説明を続けた。
「膝は軽く曲げて、重心を落とす。そしてパスを出す方向にしっかりと片足を踏み込む。と同時に腕を速く伸ばして、手首のスナップでパス。このときに上体は起こしておいて、前屈みにならないようにね。動き方はわかった?」
話しながら言葉に合わせた動きをやってみせる。
「膝を曲げて、重心を落として、足を踏み込む。上体は起こす……」
汐莉は修が言った言葉をぶつぶつと繰り返した。
「そう。イメージとしては、重心を腰から踏み込む足に移動させて、その力をボールに伝えるって感じかな」
「なるほど……」
汐莉はぶつぶつ呟きながらボールなしで言われた動きを繰り返した。
「なんとなく理解できたらやってみようか」
「はい!」
気持ちのいい返事だ。中学時代後輩が入部した時を少しだけ思い出しながら、修はボールを拾い上げた。
「行くよ!」と声をかけて修からチェストパスを出す。汐莉がボールをキャッチし修にリターンする。
バシッ!
明らかに今までと違って力強く、かつ高速のリターンパスに修は目を見張って固まってしまった。
「ど、どう……?」
汐莉を見ると自分でも手応えを感じたのだろうか、修に期待の眼差しを向けていた。
「め、めちゃくちゃいいよ……! てか、一発目で修正できると思ってなかったからすげービビった!」
「ほんとに!? やったぁ!」
汐莉は軽く跳び跳ねて喜びを表現した。
「もう一回いこう! 今度は止めずに!」
修から汐莉へ、汐莉から修へ。チェストパスの応酬が続く。どのパスも修が教える前のそれと比べると段違いに質が良い。どうやら先程のはまぐれではないようだ。
(そんなに難しいこと教えてるわけじゃないから、何度かやればコツを掴めるとは思ってたけど、説明聞いてすぐこれだけできるようになるか!?)
修は表情に驚きを隠せなかった。ジャンプシュートのことといい、飲み込みが速いにも程がある。
「次、バウンドパス! バウンドさせる位置はだいたい二人の間の三分の二で!」
汐莉はバウンドパスになってもフォームが崩れることなく強いパスを出した。汐莉も以前よりも強く速く相手の胸元に収まっていくボールに楽しくなってきたのか、表情がどんどん明るくなっていく。
「よし、OK! いいね宮井さん!」
パスを止めて汐莉を褒めるとさらに顔を綻ばせた。
「この調子でどんどんいこう! この前見て気になったところで、すぐに改善できそうなことを中心に片っ端から教えていくから!」
「うん! お願いします!」
「ドリブルは常に強く突く! そうすればボールが手の平にくっついている時間が長くなって、ディフェンスからカットされ辛いしコントロールもしやすい!」
「レイアップは放り投げるんじゃなくて置きに行くイメージで! ジャンプの勢いで持ち上げて、後は放すだけでいいよ!」
「ディフェンスのステップは重心を意識して! 基本は腰が中心! 相手の動きに合わせて進行方向にやや動かしていくけど、相手の急な切り返しに対応できるように偏りすぎない程度で!」
「そうじゃない! もう一度やって見せるからよく見てて!」
「いいよ! その調子!」
「上手い! 欲を言えばもう少し……」
どのくらい時間が経っただろうか。修は汐莉の上達が目に見えるのが楽しくてつい熱が入ってしまい、後半はかなり厳しめに指導してしまった。
しかし汐莉もへこたれずに付いてきており、時折笑顔すら見せていた。
できるならこの時間がずっと続けばいい。修はそんな風にも感じていたが、さすがにそろそろ頃合いだろう。
六月なので日没の気配はまだだが、汐莉は午前中も部活だったので体力的にキツい筈だ。
「よし、宮井さんお疲れ様。そろそろ切り上げようか」
修は少しだけ荒くなった息を整えながら汐莉に声をかける。
「えっ!」
汐莉は一瞬驚いた表情を見せ、それが次第に悲しそうな顔になり少し俯いてしまった。
「わ、私、もう少し練習したい……。永瀬くんが良ければだけど……。ダメ、かな……?」
(うっ!)
しおらしく、それでいて心のこもったお願いを上目遣いでされてしまい、修はたじろいだ。
「お、俺は全然大丈夫なんだけど……。でも、宮井さん午前中も部活あったし、疲れてるでしょ? オーバーワークは良くないよ」
「私も全然大丈夫だよ! 元気元気!」
汐莉は跳び跳ねて自分の体力はまだまだ余裕だといったアピールをしてきた。
その姿がとても可愛らしく、修は思わず「はい」と言ってしまいそうになった。
しかしこのまま続けると終わりどころが見えなくなってしまい、良くないことになりそうだという気配を修は感じていた。
(どうしようか……)
修は少し考えたが、やはりやめた方がいいと考え、そのことを汐莉に告げようと口を開こうとした。
「お願い……あと少しだけ……」
祈るように両手を組んだ汐莉がか細い声で修を遮った。
その姿を見て修は考えを改めた。汐莉を説得する方が骨が折れそうだ。
修は大きくため息を吐く。
「わかったよ。でも一旦休憩を挟んでから、あと、三十分だけ! これ以上は絶対に延ばさない! それでいい?」
「うん! ありがとう!」
汐莉は先程までとは打って変わってとても明るい表情で喜んだ。
修は汐莉の入れ込み具合に少し呆れたが、逆にこれ程まで自分との特訓を楽しんでくれていることは素直に嬉しく思った。
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