第9話
「よし! じゃあ今日はこの辺で」
「ありがとうございました!」
土日が明けて月曜の昼休み。
今日も修は汐莉とストライドストップからのジャンプシュートの練習をひたすら繰り返した。
まだミートからのシュートに慣れていないからか、10本撃てば入るのは3本程と率は低めだ。
しかしながら、シュートの形自体はかなり良くなっている。
やはり素質は高いのだと修は感心した。
「宮井さん、かなり良くなってきてるよ。飲み込みも早いしセンスあると思うよ」
「そ、そうかな~」
汐莉は照れ臭そうに頭を掻いた。
「教えてもらったことは部活でもちゃんと実践するようにしてるんだ。スムーズにシュート撃てるようになったから、先輩や他のみんなも驚いてた!」
「そりゃ素晴らしいね。でも、ドヤ顔するのはもうちょっと成功率が高くなってからかなぁ」
自慢気に笑う汐莉に修は冗談で返した。まぁ、半分は本音であったが。
「う、上げてから落とす教育方針……。酷いよ~!」
「ごめんごめん。でも、そうだね。昼休みは時間も限られてるから、教えられることは多くないし、部活で試してみてくれたらより身に付くからな」
「……あ~あ。部活の時間も永瀬くんがコーチしに来てくれたらいいのに」
残念そうに汐莉が言った。その声は暗に懇願しているようにも聴こえたが、それは気のせいだろう。
「はは……それは遠慮しておくよ」
冗談だっただろうが、一応返事はしておくことにした。
チラッと汐莉を見るとまだ先程の表情のままだった。まさか本気で言っているのだろうか。
「簡単なアドバイスをしてるだけだし、コーチなんて大それたことはできないよ」
「そんなことないと思うけどなぁ……」
「俺のこと買いかぶりすぎだよ」
そう言ったあとに修はふと考えた。今の自分の言葉通り、汐莉は修のことをかなり高く買っているような気がする。
共に自主練習をして、アドバイスをしたら少し上手くなった、という結果を踏まえてのことならまだ理解できる。
しかし汐莉はその前から、修のことを「バスケが上手い人」として捉えているような気がした。
「なぁ、宮井さんって」
そのことについて尋ねようとした途端、大きな音でチャイムが鳴り響いた。五限目の予鈴だ。
「なに?」
「あ、いや……なんでもないよ」
チャイムに遮られる形になり、出鼻を挫かれた上に時間もないとなると、別に今訊く必要のないことだと修は思い、口をつぐむことにした。
「そう……? じゃあ、教室戻ろっか。 先に行ってて」
「うん。それじゃ」
汐莉は汗を拭いたりバッシュを脱いだりする必要があるため、いつも修が先に出ていっていた。
一緒にいるところを他人に見られると面倒なので、これは修にとっても都合がいい。
体育館から出て、教室へと続く廊下を歩きながら修は考えた。
(宮井さんは以前から俺のことを知ってる……? もしかして、いつかの昔に会ったことあるとか……?)
修は午後の授業にまったく集中できなかった。
一度考え出すと止まらなくなり、どうにも気になってしまう。
修は終業の
(会ったことがあるとするならいつだ……? 中学の時ならさすがに覚えてるはずだ……)
何せ汐莉はかなりかわいい。体育館で出会ったときもドキッとしたことを今でも覚えている。
(小学生のときか? あの頃は定期的にばあちゃんちに遊びに来てたし)
そこで修はふと思い出した。あれは確か小学四年生のときだ。明子の家に遊びに行ったが、家でいても暇だった修はボールを持って近所の公園でバスケの練習をしに行ったのだ。
――何やってるの?
修に話しかけてきたのは同い年くらいの女の子だった。
――すごいね! 私にも教えて!
女の子の言葉に気を良くした修は、その女の子にドリブルやパスを教えてあげた。
たしか、日が暮れる直前まで遊んでいた気がする。
(あの子の名前、なんだっけ……? てか、顔も思い出せない……。もしかしてあの子が宮井さんだったのか?)
そう考えるともう、そうなのだと結論づけたくなりそうになったが、断定するのは情報が足りなすぎる。
「なーに考えこんでんの?」
話しかけてきたのは平田だった。
「いや、別に……。午後の現社は眠気がヤバかったなぁって思ってた」
「だよなぁ! あのじいちゃん先生ずっと喋ってんだもん! 結構優しくていい声してるから、いい子守唄になって……。やべ、思い出したらまた眠くなってきた……」
平田は大きな口を開けてあくびをした。
それを見た修もつられてあくびが出てしまった。
「あ~二人してあくびしてる。仲良しさんだねぇ」
二人して大口を開けて間抜け面を晒し合っていると、優理が
近くまで来てにこにこ笑っていた。
「おうよ! 俺たち仲良しさんだぜぇ!」
「いてぇよ離せ」
平田が強引に肩を組んできたので、修はしかめっ面で引き離そうと抵抗した。しかしなかなか離せない。平田は結構力があるようだ。
それを見て優理はふふっとわらった。
汐莉はひまわりのような明るい笑顔だと修は思ったが、優理はたんぼぽのような朗らかな笑顔だ。
「平田くんは今日部活ないの?」
「あるよん。でもあんまり早く行くと用具の準備とか一人でやんなきゃいけなくなるから、皆が来そうなタイミングを計ってるのだ!」
平田は右手でVサインを作り自慢気に言った。
誇るようなことじゃないだろと修は呆れながらも、陽気な平田に自然と頬が緩む。
優理も同じのようで、ふふふっと肩を揺らして笑っていた。
「そんなんじゃ、みんながタイミング探り合っちゃって誰も来てない~ってことになっちゃうよ」
「確かに……。そうなると先輩が先に来て、一年全員怒られて……ペナルティで外周めちゃくちゃ走らされるかも!? 伊藤さん天才だよ! 助かった! 俺は誰よりも先に部室に行くぜ!」
そう言って平田は自分のエナメルバッグを勢いよく肩にかけた。
「じゃあな修! 伊藤さんも部活がんば!」
二人に向かって手を振りながら、平田は忙しなく教室から出ていった。
「ったく、いつも騒がしいヤツだよ」
「うん。でも平田くんて面白いよね。いつも明るいし」
「……そうだね」
それはその通りだ。平田がいる場所はそれ以外の場所の少なくとも三倍は明るくなる。どこに、誰といてもだいたいあんな感じの平田を、修は本当にすごいと思った。
「ところでさ」
優理がこちらの顔を覗きこんできた。普段平田を交えて三人で話すことはよくが、こうして二人で話す機会はなかなかない。
修は少し緊張の面持ちになってしまう。
「しおちゃんとは最近どぉ?」
しおちゃん、という名前にすぐにはピンとこなかったが、少し考えれば彼女のことを言っているのだとわかった。
「しおちゃんて、宮井さんのこと?」
「そうだよ」
優理はうんうんと頷いて、またこちらを見つめてきた。
その目は餌をおあずけされている小型犬のようだと修は思った。
恐らく修が汐莉と昼休みに一緒に練習していることは、汐莉本人から聞いているのだろう。
「どうって、別に。まだ今日で三回目くらいだし……。でも宮井さんセンスあるからこっちも楽しいよ」
優理の質問の意図がよくわからなかった修はとりあえず無難な返しをしてみた。
しかし優理はその言葉に心底がっかりといった表情ではぁとため息を吐いた。
「まぁそうだよね……まだまだこれからかぁ」
「……?」
何を言っているのか修にはちんぷんかんぷんだ。
「わかった。何か進展があったら教えてね。じゃあ私も部活に行ってくるよ」
優理も自分の荷物を手に取り修から離れていった。
「二人のこと、応援してるからね!」
優理は去り際にニコッと笑って言った。
今の言葉で先程までの優理の言動が何を意味していたのか修は理解し、顔が熱くなるのを感じた。
「いや! そんなんじゃないから!」
修の言葉を聞くことなく優理は出ていってしまったため、修の声は教室内に虚しく響いただけだった。
教室に残る何人かの生徒からの視線を感じたが、できるだけ気にしないように努めた。
(そんなんじゃないよ……)
修はもう一度同じ言葉を心の中で繰り返した。
(俺が宮井さんとバスケをするのは、俺がバスケとの繋がりを求めているからだ)
だとしても汐莉の方はどうなのだろうか。思えば初対面のときから、積極的にコミュニケーションをとってこようとしてきた。それは、汐莉には修に対して
(いやいや! ないだろ! 何考えてんだ俺……。宮井さんは純粋にバスケが上手くなりたいだけだ!)
そう自分に言い聞かせた修だったが、いらぬ妄想をしてしまった自分にとてつもない恥ずかしさを感じて机に顔を伏せた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます