第5話
発作が起きた日から3日後の昼休み。
修は久しぶりに発作が起きてしまったことで、いつも以上に憂鬱な日々を過ごしていた。
しかし汐莉との出来事が、自分の何かを変えるきっかけになるかもしれないという期待もあり、修の現在の心境はかなり複雑なものになっていた。
とは言うものの、昨日と一昨日の昼休みに修は体育館に行かなかった。
というより行けなかった。
"毎日ここで練習してるんだ!"
あの言葉が意味するものがなんだったのか。
また来て欲しいと言っているように聞こえたが、もしそうでなかったら。
そう、修はビビっていた。
(そうじゃなかったら勘違いして浮かれてるみたいでめちゃくちゃ恥ずかしいじゃん……。それにもし誘ってきていたなら、休み時間とか、なんなら昼休み中に声をかけにきてもおかしくない)
しかしこの2日間、汐莉がA組の教室にやってくることはなかった。
(とういことは。宮井さんは俺にまた体育館に来て欲しいってつもりで言ったわけじゃないんだ……)
その結論に至った修はとてもがっかりした。
修とバスケを繋ぎとめてくれるかもしれなかった少女。しかしそもそもその少女との繋がりがあまりにも希薄すぎた。
(いや、向こうがどう思ってるか関係なく、こっちから踏み込んでみればよかったんだ。それが出来なかったのは、俺が意気地無しだからだ)
せっかく見つけた希望だったのに、修は勇気が出せなかった。
そのことを自責し、修の気持ちはさらに落ち込んでいった。
「そんなうまそうな弁当を前にそんな浮かない顔でいるとバチがあたるぞ!」
コンビニおにぎりを片手に平田が険しい顔でこちらを見つめてきた。
「ごめん……」
平田にも不快な思いをさせてしまっていると感じ、修は力なく詫びた。
「もともと明るい感じのヤツってわけじゃないのはわかってるけど、ここ最近はなんか余計に暗いぞ。一昨日くらいからか……。なんか
心配そうに見つめる平田を見て、怪我や発作、汐莉のことを打ち明けてしまおうかとも思った。
しかし平田に余計な負担をかけたくないという思いや、もしかしたらここから他の人にも広まってしまうのではないかという恐怖もあり、修は口をつぐんだ。
平田のことを信用できない自分に腹立たしさも感じ、胸の中がモヤモヤする。
「言いたくないならいいけどさ。気が向いたら教えてくれ。なんか力になれるかもしんないし」
優しい男だ。初めて喋ったときもそう感じたことを修は思い出した。あれは入学後最初の体育の時間だ。
修は木陰に座りこんで、サッカーをしている男子たちを見ていた。正確にはその上に広がる青空をぼんやりと眺めていたのだが。
バスケではないスポーツだが、元気に走り回る同世代の男子を見るのは、修にとっては面白いものではなかった。
だからできるだけ関係のない風景を見てごまかそうとしていた。
「よっ、永瀬くんも見学?」
そう言って声をかけてきたのが平田だった。
修は正直彼のことを少し苦手だと感じていたから、話しかけられて面倒だと思ってしまった。
明るい平田は新入早々クラスの人気者で、今の修にとっては眩しすぎる存在だったからだ。
「どしたん? 怪我? 病気?」
「……まぁ、前者」
「怪我かぁ~。ま、直るまでの辛抱だな!」
「そうだな……」
能天気に笑う平田にうんざりしながら修は俯いた。
そのときの顔がよっぽどひどいものだったのだろう。平田は一瞬何かを察したような表情をして、それからまたニコッと笑った。
「そんな暗い顔してたらなんでもつまんなくなっちまうぞ! 俺も今日はちょっと風邪気味で休んでんだけどさ! 見てるだけも飽きてきたし、ちょっとお喋りでもしようぜ!」
そう言って修の隣に座りこむと、勢いよく喋りだした。
内容は本当に他愛のないものだ。自分のこと、クラスのこと、授業のこと……。
初めは修もうざったさを感じて薄い反応を返していたが、段々と平田の勢いに気圧されていった。
何より平田の話は面白かった。話すのが得意なのだろう。たまに質問を挟んできたり、表情をコロコロ変えたり、ジェスチャーを入れたりと、話し相手を飽きさせない軽妙なトークを展開した。
気づけば小さいながら修も平田の話にリアクションをとりながら聴くようになっていた。
「楽しそうな顔できるんじゃん!」
平田が嬉しそうに放った言葉に修は驚き、気恥ずかしくなってまた俯いた。
「……そりゃ、お前みたいな話上手なヤツと話してたら誰だって楽しくなるよ」
ごまかそうとして言った言葉なのに、なんだか余計に恥ずかしくなり、修は顔が熱くなるのを感じた。
「へへ……そう言ってもらえると、嬉しいな」
平田も急に誉められたからか、少し恥ずかしそうに鼻の頭を掻いた。
「……実を言うと、永瀬くんのこと少し気になってた。入学してからずっと暗い顔してたから」
修はドキッとした。確かに中学時代よりかはかなり暗い性格になっていたという自覚はあった。しかし初対面の人間にそこまで心配されるほどの雰囲気を纏っていたとは思っていなかった。
「……暗い顔してるヤツは放っとけないて、いいヤツの日本代表かなんかかよ」
「いやぁ、さすがに日本代表はないって! まぁ、県代表くらいかなとは思うけどね!」
「謙遜が上手いのか下手なのかよくわからんな……」
「……俺だって、別に誰でも話しかけてる訳じゃない。なんとなくわかるんだ。元々そういう性格のヤツなのか、なんか悩みとかがあってそうなってしまったヤツなのか、ってことが」
それは凄い才能だと修は思った。そしてそれを気にかけ実際に話しかけるという行動は、決して簡単にできることではない。
「凄いな……。それに、立派だ」
修は思ったことを素直に口にした。
「そうでもないよ。昔そういう人を見て見ぬふりしてて、それ
で自分が嫌な思いをしたから、そんなのはもうゴメンだって思ってるだけさ」
そのときのことを思い出したのだろうか、平田は少し暗い表情をした。
平田がこんな表情を見せるとは、よほどのことがあったのかと修は気になったが、訊くのは失礼だと思いとどまった。
「つまりこんなことをやってるのは結局自己満足の為なんだろうなって思う。だから永瀬くんも軽い気持ちで俺の自己満を受け取ってくれ!」
すぐに笑顔を作ってそんなことを言い放つ平田に修は脱帽した。
平田の自己満足は少しではあるが、確かに修の心も満たしてくれている。
「ああ。そうさせてもらうよ」
修も笑い返して見せた。
修はこのときの表情を自分で見ることはできなかったが、高校入学してから最も感情のこもった笑顔であった。
「おい? 大丈夫かよ?」
平田の声で修はハッと現実に引き戻された。
「だ、大丈夫だよ! ごめんごめん」
本人の目の前で過去の出会いを回想するという恥ずかしい行為を無意識的に行ってしまい、それをごまかすように修は早口で答えた。
「ふーん……?」
平田は訝しげな目で修を見てきたが、笑ってごまかすことにした。
怪我や発作のことは相談できないが、汐莉のことを相談してみるのはいいかもしれない。
いきなり他クラスの女子のことを話題に出すのは恥ずかしいし、少し茶化されることはあるだろうが、平田は真面目に相談に乗ってくれるだろう。
意を決して平田に話してみようと口を開きかけたそのときだった。
「あ、宮井さんだ」
平田の呟きに修は激しく動揺した。恐る恐る平田の視線の先を見てみると、入口から入ってきた汐莉の姿があった。
しかし汐莉は修には目もくれず、クラスメイトと昼食をとっていた優理の席に近づいていった。
一瞬自分に会いにきたのかと思ってしまった自分に心の中で言い訳し視線を逸らしたが、修は汐莉のことが気になって仕方がなかった。
盗み聴きをするつもりはなかったが、意識がそちらに向いてしまっているため自然と会話が耳に入ってくる。
「はい、これ5限の教科書」
「わぁ~ありがとう~。ごめんねぇ」
「ううん、この前数学の教科書貸して貰ったし、お互い様」
「お昼は? よかったら一緒に食べようよ」
「ごめん、もう食べちゃった! やることあるし」
「またいつものやつ? 偉いね~。放課後もやってるのに、お昼休みにまで」
「うん。上手くなりたいし、それに……好きだから」
好きだから。その言葉に修はハッとした。
自分も中学時代の昼休み、よく自主練習をしに体育館に通っていたことを思い出した。
そのとき修もクラスメイトから「よくやるよな」と言われたが「好きでやってんだよ!」と笑顔で返していた。
汐莉の方に目をやると、既に教室の出口に向かう背中だった。
すると汐莉は廊下に出るやいなや肩越しに振り向いた。
汐莉は修と2秒程目を合わせたあと、前を向いて扉の陰に消えていった。
修にはその目はすがるような、懇願するような目のようにも見えた。
(勘違いかもしれない。でも、勘違いだっていいじゃないか)
修の勇気に小さな火が灯る。
「宮井さんてかわいいよなぁ。修はどう思う? ……修?」
平田が声をかけてくるのを尻目に、修は途中だった弁当を勢いよく口の中にかきこんだ。
修は水筒のお茶で口の中のものを流し込みながら、弁当箱を巾着に入れ鞄にしまうと、立ち上がって唖然とする平田に言った。
「俺、ちょっと用事ができた」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます