五月二十日 午後四時半
第14話 神事『岩戸献』 三十分前 其の一
流香と共に向坂神社の鳥居をくぐり、境内に入ると、拝殿前に見知った背中を見つけた。私達を送ってくれた伊岐伸介はその男の事など歯牙にもかけていない様子で、横を通り過ぎて、拝殿には入らずに、拝殿を回るように右側へと歩いて行った。
私達が来たのを気配で察したかのように村田左京が私達の方を顧みて、おっ? と言いたげに右眉を上げたかと思うなり、
「おやおや、お二方、いつからそんな親密になったんですかね?」
下卑た笑みを口元にはり付かせた。
稲荷原流香が急に早足になり、私を追い越して村田左京の前まで行くと、
「あなたこそ、こそこそ動き回っていたようですが、何をしたのですか?」
と、村田の発言を聞き流して逆に問いただしていた。
「流香のお嬢ちゃん、神事には摩訶不思議な出来事が不可欠なんですぜ」
下卑た笑みはそのままに、村田はおどけた調子で返した。
「……つまり、何か工作をしたのですね」
流香が何かを確信したかのように言う。
「工作じゃありませんぜ、流香のお嬢ちゃん。演出と言って欲しいものですぜ。朝も言ったけどよ、神事を盛り上げるには、花火を打ち上げないといけないものですぜ。そのために動いていたってところですかね」
「神事の妨げになるような事をしていなければ良いのですが……」
「こう見ても僕は立会人の一人ですぜ。そんな事をするはずがないってもんですぜ」
これでこの話は打ち切りだと言いたげに、村田は私達に背中を向けて、
「面子はもう集まっていますぜ。ここで立ち話をしている方が神事の進行に差し障りがあるってものですがね」
村田は依頼されていたと言っていた。ようは、依頼内容は口外しないと暗に示しているだけなのだろう。
「私達も行きましょう」
村田も伊岐伸介同様、拝殿には上がらずに、拝殿の右側へと歩みを進めた。
流香はもう分かっているかのように村田達の後を追うように歩き始める。
私もそんな流香達を倣い、そちらへと歩を進める。
本殿の先と言っていたが、拝殿からは行けないという事なのだろうか。
拝殿の先には、当然ながら本殿がある。しかし、その本殿の先には石畳の道があった。真っ直ぐに進んでいると思いきや、下へと向かっているようで道が湾曲している。道が弓なりに見えるという事は、勾配がそれなりにあるのだろう。その道の先に『彼の場所』はあるのだろうか。
村田は本殿を通り過ぎて、石畳の道を歩き始める。
「その道の先にあるのですか?」
早足で流香と並んで歩くようにしてそう訊ねる。
「はい。この先に洞窟があるそうです。その洞窟は、さほど深くはないと資料には書いてありました。深くはない、というのも地底湖があって、その先には進めないということです」
そういえば、誰かから資料を渡されたと言っていた記憶がある。つまりは、その資料に神事についての資料も添付されていたのだろう。
「地底湖ですか? そうなると、鍾乳洞やそういった類いの洞窟なのですか?」
地底湖があるのならば、地下水あるいは地下河川があるという事になる。水源があるからこそ地底湖ができあがる。そういった湖が形成されているとなれば、過去に洞窟の先に窪地が形成されるような『何か』があった事になる。その『何か』とは何かしらの自然的要因であり、それは隆起や沈降、火山活動、あるいは、氷河などによるものなのだろう。人工的な池を作る事はできても、湖となると自然の力がなければ作り上げる事は不可能に近い。
「実際に見た事はありませんが、ただの洞窟だとは聞いています」
「洞窟に、地底湖ですか。探検隊みたいで楽しそうですね」
「お気楽なものですね」
流香は蔑むのとは違う、珍妙なものを見るような目を私に向ける。
「あ、いえ……こんな山奥の村に地底湖がある洞窟があるとなれば観光の目玉になりそうだと思って……。でも、そうしないのは、向坂村にとっては神聖な場所だからなのでしょうね」
私は誤魔化し笑いを浮かべつつ、そうはぐらかせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます