第5話 立花志郎は時間とたゆたう
バスが来たのかと思って広場の方を見ると、そうではなかった。一台の白い乗用車が広場に停止したところであった。
後部座席のドアが開き、一人の女性が車から飛び出すように降りた。年頃は隣にいる稲荷原流香と同じくらいだろうか。まだ幼さの残る顔立ちと身体付きがそういう印象を私に与えた。
「待ってください」
運転席側のドアが開き、一人の男が車から出て来た。
年は私と同じくらいだろうか。だが、雰囲気が好青年で、人望のありそうな顔立ちをしている。この人がリーダーであれば、付き従う人達がたくさんいそうだなどと瞬時に思ってしまった。
「次の電車は二時間後です。その電車を待つ気ですか」
駅の方へと賭けだそうとしていた女性が足を止めて、不満そうな顔をして振り返った。
「こんな場所、来るんじゃなかったわ」
怒気というよりもむしろ失望の色が強い声音であった。
「すいませんでした。何もない村で」
「その事じゃない。私は当て馬にされた事に怒っているのよ」
「すいませんでした。そんな思惑で動いていた人がいたとは想定外でして……」
「私なんて必要ないじゃないの。来なければ良かったわ」
「乗り換え先の駅まで送りますので、その間に今回の件について誠意を見せさせてもらえれば、と思っています。きっとわかり合えるはずですので」
女性は青年を睨め付けたまま、動こうとはしなかった。
「……ダメでしょうか?」
女性ははぁっとため息を吐いて、表情を和らげた。
「……分かったわよ。それなりの謝礼を用意するって事でいいのよね?」
「はい」
「じゃ、送って頂戴」
女性はきびすを返して、先ほど下りた車の後部座席に身体を滑り込ませた。
車に乗り込んだのを確認した後、青年達が私達の存在に気づいて、お騒がせしてすいませんとばかりに苦笑して頭を垂れた。
私は微笑みながら軽く頭を下げた。
隣にいる稲荷原流香と村田左京は、
「五人目の立会人とは聞いていたが、神事の前に去るのか。問題発生……ですかね?」
「……何があったのでしょうね」
と、誰に言うとも為しに口にしていた。
青年は車に乗り込むと、すぐに発進させて、私達の前から消えていった。
車の姿が視界から消えると、
「依頼人の息子だったな、あいつは」
車が消えた後、村田がぽつりと呟いた。
「……依頼人の息子?」
その言葉を聞いて、稲荷原流香が怪訝な表情をして、私の隣にいる村田をその真意を探るかのようにじっと睨み付けた。
今、村田は何かおかしな事を言ったのだろうか。
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