第2話 ここってもしかして……異世界?
透き通るような細い私の声が大気に混じって消える。
それでも歌の残滓は残り、騎士さんたちの心を満たしていた。
「……ふぅ……」
歌い終わった私は、ひとつ大きな吐息を漏らした。
それで私の歌が終わったことを理解したのか、騎士さん達から拍手が沸き起こった。あの巌の様な騎士も手を叩いていた。みんな、あれほど厳しかった顔が、今は喜びに満ちている。
ただ一人、若い騎士だけが穴が開きそうなほど私の顔を凝視していて……。
「なに?」
こんなに上手いと思わなかった? なんてちょっと自画自賛すぎかな。
「…………」
騎士は、何故か不満そうな顔でこちらを見ると、ふいっと顔を背けてしまった。ああ、そうか。助ける役目を潰されてしまったからご機嫌斜めなのか。
ごめんね。女性が強いのは最近の流行りなんだ。
ただ助けられるお姫様な存在じゃないの。自分で銃をぶっ放していくんだ。まあ、私がぶっ放したのは歌声だけど。
さて、そろそろドッキリ! みたいな事書いた看板を持った人が出てくるタイミングかな?
企画壊しちゃってごめんね? 反省してないけど。
せめて、怖かったです~くらいは言っておこう。
なんて思っていたんだけど……。
騎士さん達はそれぞれ地面に座り直し、ちょっと興味深そうな視線を私に向けるだけだった。
ちなみに私を拘束していた騎士さんは、ドアを背に座り込んでいて、私を逃がすつもりはなさそうだ。
「……あれ? ドッキリじゃないの?」
そう聞いてみても、騎士さん達は不思議そうな顔をして肩をすくめるだけだった。
というか日本語自体通じている気配がしない。
もしかしたらまだ続くのかもしれないなぁ……。それか、私が壊しちゃった台本を作り直してるとか。
仕方ないか。とりあえず待とう。
私はそういう結論に至ったので、壁際までよちよちよ歩いて行って座り込んだ。
「いったぁ……」
足裏はちょっと皮膚が破れてしまっており、血も出てしまっていた。
ぺしぺしと泥を払って見ても、消毒薬すらないのだからどうしようもない。
傷口をフーフーふいてみるが、焼け石に水。痛いものは痛かった。
とりあえず私は持っている荷物の中から何か役に立ちそうなものが探ってみる。
私が森の中で意識を取り戻した瞬間、周囲には色々な物が落ちていて、それをコスプレ用のランドセルの中に全部突っ込んで来たのだ。
えっと、手回し発電機つきラジオ、高かったICレコーダー、カロリーメイトに飲みかけのペットボトル、コスプレ衣装が二つ……う~ん、ダメだ。傷の手当が出来る様な物、何もないや。
私が困っているのを見かねたのか、先ほど最後に庇ってくれた壮年の騎士が水か何かが入った革袋と布切れを手に近づいてくる。
「あ、えっと、なんでしょう?」
言ってみても会話が通じるはずもなかった。
しかし、壮年の騎士は自分の事を指さし、
「ダール、ダール」
そう教えてくれる。
もしかして、この人の名前がダールってことかな? じゃあ私も……。えっと、名前の方がいいよね。
「雲母(きらら)。あいむキララ」
井伊谷(いいのや)雲母(きらら)。私の名前だ。
最近流行りのキラキラネームと思いきや、江戸時代からある由緒正しい名前だそうだ。つまり江戸時代の人もキラキラネームが好きだったということかもしれない。
人間の感性ってそう変わるもんじゃないよね。
「キララ」
ダールさんは笑って私に片手を差し出した。
わぁ、何このダンディなおじさま。ちょっと私のタイプかも。ぜひあのイケメンの若い騎士と絡んで欲しいな。……じゃない。またいけない方向に思考が飛んじゃった。
はい、握手ね。うん、握手は友好の証。
オジ様……じゃなくてダールさんは私とにこやかに握手を交わした後、足を指さして革袋を掲げて見せた。
どうやら傷口の治療をしてくれるらしかった。
「ありがとうございます」
見栄を張っても仕方ない。私は素直にお礼を言って頭を下げた。
あ、頭を下げるのって日本とかアジア側のお礼で、欧米の人にはあんまり理解されないんだっけ? まあいいや。きっと雰囲気で分かってくれるはず。
ダールさんは何か分からない言葉で私に話しかけてくる。きっと急かされているんだろうな。
そう考えた私は、素直にニーソックスを脱ぎ、怪我している方の足を、逆側の足の上に乗せて、傷口を見せた。
ちょっと行儀が悪いかもしれないけど、そうしないとショーツが見えちゃうし……。
ああもう、こんなことならパンツ履いとけばよかった。
でもお洒落にミニスカとか履きたいし……悩ましいところ。
「つっ」
なんて悩んでいるうちに、ダールさんは傷口に何か琥珀色の液体をかけていた。匂いからしてお酒か何かだろう。確かに消毒薬の代わりになるかもしれなかった。
私が声を上げたからか、ダールさんが心配そうな顔で手を止めている。
「すみません、お願いします」
しばらく経った後、雰囲気を察したダールさんは治療を再開してくれた。
「~~~~っ」
今度は私も歯を食いしばって、声を上げないようにする。
でも……いったいよぉ……。
そうして我慢しているうちに、治療は終わってくれた。
「ありがとうございますっ」
私はぴょこんっと立ち上がって何度も頭を下げたのだが、ダールさんは何でもないよと言う風に手を振って、道具を懐に仕舞った。
なんて器の大きい人だろう。
ダールさんはその後も私に何事か話しかけてくれたのだけど……ごめんなさい、その言葉何語かさっぱり理解できません。
う~ん、どうしよ。とりあえず、ここどこだろう。
「ダールさん」
えっと……。
私はここ、と言いながら何度も地面を指さし、外人のよくやるワァイッ? みたいな両手のひらを肩と水平に持ち上げてみる。ついでに首も傾げて見せた。
これで伝わるかな? お願い!
ダールさんはしばらく考え込んでいたが、やがてうんうんと大きく頷くと、そこら辺に転がっていた石を拾ってきて、床にガリガリと何か地図らしき絵を描いていった。
「……オーストラリア?」
その形は細部はだいぶ違うけど、地図でよく知るオーストラリア大陸みたいな形をしていた。
というかオーストラリアじゃないか。テレビの企画だとしたら、オーストラリアに西洋風の騎士が居るなんてめちゃくちゃミスマッチだ。
あ、いや。もしかしたらダールさんの故郷がオーストラリアなのかも?
「キララ」
なんてことを考えていた私を他所に、ダールさんは地図の一か所を指さしてくれた。
「それがココなんですか?」
私も同じ場所を右手で指し、左手で大袈裟に地面を指す。
ダールさんは大きく頷いて肯定してくれる。どうやらマジでこの場所はオーストラリアみたいな場所にあるらしい。
「えっと……もしかしてもしかするんだけど……」
私の中に嫌な考えが一つ浮かんだ。
アニメや漫画好きならもっと早くに気付くべきだったのかもしれない。でも……。
「え、言葉通じないしチート能力とかもらってないよ? どうするの? え? すっごいハードモードじゃない? ハード通り越してナイトメアっぽくない!?」
もしかしたら私は異世界に転移したのかもしれなかった。
「嘘でしょ? テレビじゃないの? え、じゃあさっき私本当に殺され……」
パニックに陥った私が、先ほどの巌の様な老騎士へと視線を向けた瞬間。
――ドンドンドンッ。
家のドアが激しい勢いで叩かれた。
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