『歌い手』の私が異世界でアニソンを歌ったら、何故か世紀の歌姫になっちゃいました

駆威命『かけい みこと』(元・駆逐ライフ

第一章 異世界に行っちゃいました!?

第1話 私の歌を……きけぇ!


――真空のダイヤモンドクレバス――

 ボロボロの小屋の中、大勢の騎士に囲まれた私は歌い始めた。

 突然歌い始めた私に、それまで殺気立っていた周りの騎士たちは言い合いを止め、静まり返る。

 巌の様な騎士も、若い騎士も同様に。

 どの顔にも驚きというか、唖然とした表情が浮かんでいた。

 でも知るもんか。もう私は止められないし、止まらない。そういう風に、私は出来ているから。

 私は必死に切なさを込めて歌を紡いでいく。この人たちに日本語が通じるかは分からない。もしかしたら全然通じないのかもしれないけど、構うものか。

 歌は全国共通語で、いい歌は国境も人種も超えるんだ。

 段々と騎士たちの表情が和らいでいく。中には目を瞑って私の歌に身を任せる騎士だっている。

 だが、巌の様な騎士だけは違った。我を取り戻すと、腰の剣に手をかけて一歩踏み込んでくる。

 そんな騎士に対抗するように私は姿勢を正すと更に声を張り上げる。ちょうどサビのところだし、高音で畳みかけるところだ。

 そんな私に圧倒されたのか、一歩、その騎士は後退った。

 巌の騎士の肩を、壮年の騎士が叩く。巌の騎士が振り向き、壮年の騎士は諭す様に首を横に振った。

 それで、論争に決着はついた。

 それから五分間。その世界を私の歌声が支配した。







 時間は少しさかのぼる。

「なに!? 何が起こったの!? っていうかここどこぉ~!?」

 私、井伊谷いいのや雲母きららは数秒前まで部屋で非常食のカロリーメイトを齧りながらパソコンの操作をしていたはずだ。

 なのに今いるのはどう見ても森の中。

 ついでに周りには私の部屋に在った物が色々散らばっている。

 あ、お宝の薄い本(男の子と男の子がくんずほぐれつするとっても清い本)だ! あれが地面に直接落ちるとかダメだって!

 ……ふう、よかった汚れてない……じゃないの! 今はそれどころじゃないの! しっかりしろ、私。

 えっと確か太陽のある方が南……って方角分かっても意味ないの! ここがどこか分かんないと……。

「誰か居ませんか~! だれかぁ~~!!」

 歌ってみたなんていう動画をちょくちょく上げているだけあって、私の声量はなかなか大きい。

 その声がだれか~、だれか~……と木霊したが……何の反応も返ってこなかった。残念ながら周りに人は居ないらしい。

 まあ、お宝を抱きしめた状態で発見されても困る気がするけど。

「どうしよ……」

 私はため息をつきながら、再度周囲を見回す。

 ……木ばっか……。

「よし、仕方ない。移動しよう」

 何があったかちっともわからないけど、このままここに居ても解決するはずはない。ならこちらから出向いて人に助けてもらおう。

 もしかしたらこれはテレビの企画で、急に放り出された私がどうするかな~んて内容で、周囲にはこっそりカメラマンとかが居て撮影してるかもしれないし。

 私がいきなりそんな事になる理由が分からないけど。

 まずは出来る事から始めようっと。私の荷物をかき集めて……って。

「うわ~、入れる物コスプレ用のランドセルしかない……。完全に不審者だよ……」

 私は自慢じゃないがすこぶる付きで背が低い。しかも童顔で、友達からは高校生に見えな~い。犯罪臭がする~。なんて言われるほど子供っぽい顔つきをしている。胸もぺったんたんというかまな板とか壁ってレベルだし。

 ……うん、凹んで来た……。母さん恨むから、じゃなくて恨んでるからね。絶対遺伝だよ、コレ。

 とにかくそんな私でもさすがにランドセルを背負ったら、違和感バリバリなはずだ。これはなるべく背負いたくないな……。

「なぁ~んて思っていた時期が私にもありました」

 あらかた荷物をかき集めてランドセルに無理やり突っ込んで、手鏡で自分を見つめてみたら……。

「本物の小学生に見える……」

 身長、百四十無いもんね……。ホントに十六歳かな、私……。調子に乗ってツインテールにしてみたら……。感想持っちゃダメな気がする。

 落ち込んでいても仕方ないぞ。不審者に思われない。良い様に考えればいいんだ。よっし行こう!

 私は自分に気合を入れると、山道を歩きだした。




「足痛い……」

 十分でギブアップしました。

 というか靴欲しいよぉ。ニーソックス一枚、ほぼ裸足のままで山道歩くのキツイ……。

 生粋のもやしっ娘と自室警備員を自称する私にとってはもはや拷問に近かった。

「だれか~」

 佇んだままそう叫んでみても、応えてくれるのは返って来た私の声だけだ。

 うぅ、本格的に心細くなってきた……。私死ぬのかな……?

「ダメダメ、もうちょっとがんばろ」

 私は折れそうになる心を自分で励ます。

 大丈夫、荷物の中にミネラルウォーターのボトルが三本あったし、カロリーメイトも五箱ある。手回しラジオ(拾ったときに確認したけど電波は入らなかった)もあって、これはライトにもなる。大丈夫。数日は生き延びられる。

「もうちょっと進んでもっかいラジオを確認しよ」

 私は不安な心をごまかすために、わざと声に出してそう言うと、再び歩き始めた。




 もう三十分ぐらいは進んだだろうか。本当に足の裏がヤバくなってきた。というか、ちょっと出血してる。

 うぅ、ケチらないでコスプレ衣装を足に巻いて即席の靴にした方が良かったかも……。

「そろそろ電波入るかな……」

 私はラジオをランドセルから取り出そうとしたが、もし入らなかったら、なんて疑念が私の手をためらわせる。

 結局、私はもう少し歩くことに……。

「あれ?」

 木々の間に、何か人工物的な物が見えた気がする。

 目を凝らしながら体を左右に振って、なんとかして見ようと努力を続けた結果。

「もしかして……家!?」

 ログハウスっぽい家の一部が確認できた。

 コケとか生えてて相当ボロいみたいだけど、一応家なのは間違いない。

「やった!」

 これで助かる、かどうかは分からないけど、道が開けたのは確かだ。

 人が居なくてもこの森を出る方法が分かるかもしれないし。

「急ご」

 私は痛む足を引きずりながら家に向かって必死に歩いた。




「すみませ~ん」

 たどり着いた家は、本当にボロボロで、人の住んでいる気配なんて欠片も無かった。

 屋根の半分以上がコケで真緑になっている。相当長い年月放置されているのだろう。

 ちょっとがっかりしたが、それでもここにログハウスを建てたってことは、重機や人がここまで来られるってことだ。結構人里は近いはず。

「この家で地図でも見つかればいいんだけど……」

 そう呟きながら、ドアをノックする。もちろん返答は無かった。

 予想通り無人みたい。なら悪いけど入っちゃおう。

 持ち主さん、ごめんなさい。

「おじゃましま~す」

 とりあえず控えめに断りながら扉を開け……。

「あ゛」

 中に居た人たちと目が合ってしまった。

 この人たちが普通の人ならきっと私も助けを求めただろう。でも明らかに違った。

 中に居る人たちは、映画の騎士が着ている様な西洋甲冑を身に纏い、ところどころに傷を作ってそこから血を流している上、殺気立った目で私を睨んでいた。

 もう、殺す気満々で剣を抜いて構えている男の人までいる。

「し、失礼しました~」

 見なかったことにしよう。

 愛想笑いを浮かべながら、私はパタリとドアを閉じた。が。

「×〇〇~~△△~!」

 何かわけの分からない言葉で騒ぎ立てながら、男の人たちが飛び出してくる。

 ですよねぇ!!

 私はくるりと回れ右をすると、駆けだそうとして……。

「つっ!」

 この足で走れるわけもなく、騎士の人たちに組み付かれてしまった。

「待って! 私が騎士の人に組み付かれても嬉しくない! 止めて! 男の人は男の人同士で抱き合うのが平和だよ、ね、そうしよ!? そうしたら私も嬉しいから!」

 混乱した私はちょっと違う意味で危険な事を口走ってしまったかもしれない。

 うん、まだ私は腐りきってないからね? ちょっとだけそういう本をたしなむだけ……。

 というか男の人たちはさっきから訳の分からない言葉で話をしていて……響き的にはドイツ……フランスでもないし……なんだろ? ラテン語とかかな?

 なんてのんきに考えている暇などなく、私は騎士たちの手で拘束されるとログハウスの中に引きずり込まれてしまった。

 一瞬身の危険を感じたが、騎士さん達は、私を拘束している人を除いて真剣な顔で議論していて、とてもそういう雰囲気じゃなかった。

 ちらりと周囲を盗み見たが、人数は八人。ちょっとカッコイイ感じのする騎士、老骨な武人然とした騎士、そしてなんか有象無象(キョロキョロしたら怒られるから仕方ない)の騎士が六人だ。

 ……この状況、なんとなく察するに、落ち武者ならぬ落ち騎士たちが山小屋に隠れていて、そこに私が来ちゃった、的な感じだろうか。

 うわぁ、テレビの企画臭い……。色んな外人の役者さん使ってるし、特殊メイクとか小道具とかよくできてるけど、つまりそういう事でしょ? こんな事されて信じ込んでる私をお茶の間の笑いものにするわけだ。

 そう気づいたらなんか腹が立ってきた。カメラ何処だろ?

「……さすがに素人が発見できるわけないか」

 キョロキョロしていたら、私の事を捕まえてる騎士さんに怒られてしまった。

 ああ、やっぱりカメラを見つけられたら困るのね、了解。

 ようやく決まったのか、歳を取った巌の様な大柄な男が腰の剣を握って歩み寄ってくる。

 それをちょっとカッコイイ金髪の似合う、若い騎士が何事か言って留めているのだが……。

 大方、若い騎士だけが私を殺すことに反対して、それ以外は口封じすべきだ、とか言っている設定なのだろう。カッコイイ人を擁護役にするとかますますテレビの企画臭い。

 さて、どうしようか。私はこのまま為すがままにされて、脅されてパニックになる。そして泣きわめく私の前で最終的にネタバラし。それがきっと用意された筋書きだろう。

 ……決めた。それを壊してやる。

 とは言ってもどうしようかな。私に出来る事なんてそんなにないし……。

「……あ」

 良い事考えた。どうせだから私の動画の宣伝しちゃえ。それでウィンウィンになる。

 私は大きく深呼吸をした。

 この状況で歌うのは初めての事だから緊張する。

 いつも通りカメラの前で歌う事に変わりはない。ただ見ている人数が、動画とは段違いなだけ。

 私の動画は一曲につき百再生行くかどうかだった。とってもきれいな声ですねとか、歌うまいですね、なんて感想がついて嬉しかったが、そこから大きく再生数が増える事は無かった。

 顔出しとかコスプレとか考えてみたけど、結局踏ん切りがつかずにやれなかった。

 いい機会だからそんなのとはおさらばしよう。

 曲は……そうだこんな混乱しきり、恐怖で摩耗した状況ならあの歌しかない。

 作中では死の恐怖に怯え、パニックに陥った民衆を歌で止め、安心させた歌。

 楽器も何もない状況で、アカペラで歌って人の心を喜びで満たした歌だ。

 何を歌うか決めればもうするべきことは決まっている。私は歌うんだ。だって……。

「歌が大好きだから」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る