第32話 事件の全貌

竜興宮は昔からある小さな宮で、4人はそこで情報交換をしつつ身体を休める事にした。


「天さん、武器商人さんやったんですね」


「そっ、国に認められた唯一のバイヤーだ。孔雀団しか他国との武器の取引は出来ない決まりだ」


 驚きを隠せない朱璃とは対照的に桜雅の表情は変わらなかった。


「なんだ。気付いていたのか」


「ただの商団にはあり得ない規模の資金力、情報量、加えてあの統率のとれた精鋭たち。そうとしか思えなかったが、朱璃の弓矢も景雪に頼まれて調達したと聞いた時に確信した。朱璃、彼らは表向きは商団だが、本当は禁軍の武器補給監に属する隠密部隊だ」


 朱璃がさらにポカンとした顔をした。


「天さんが隠密って……」


 隠密という名がこれほど似合わない人はいないのではないか。相当な地位にある人だということを遥かに超える衝撃である。


 朱璃の考えは正直に顔に出ており、他の3人はおかしくなり笑い出した。


「くっくっくっ まぁあれでも一応は役に立っているしな」

 泉李が適当なフォローをいれた後で事情を詳しく説明した。


「3ヶ月ほど前から火薬のが少しずつ上がって来たことで、どこかで大量の武器の売買が行われていると疑い始め、王と一緒に要注意人物を探っていたらしい。

 それで、孫卓言に不穏な動きがあることを突き止め、兵部侍郎に出世させて泳がせていたんだとよ」


 王という単語に桜雅がピクリと反応したが泉李は先を続けた。


「孫卓言は小者でな、裏で操っているのが叔父の公槿こうきんで、その公槿が手を組んでいるのが賀国の武器商人の軻銚かちょうという男だ。賀国の武器の密売にかけちゃあ名の知れた奴だ」


「賀国は10年ほど前の東西合併後、武器の輸出が大幅に制限され、密売の取り締まりも厳しくなっていると聞いているが」


「軻銚は賀国でも罪人として指名手配中らしい」


桜雅は泉李の話を聴きながら琉晟をチラリと見た。


以前、過去の記憶のない琉晟がたったひとつ身につけていたのが賀国特有の黒真珠のお守りだと聞いたのを思い出したからだ。


 琉晟は先程から朱璃の濡れた髪を優しく拭いており、その様子に一瞬にして黒真珠のことは桜雅の頭から吹き飛んでいってしまった。

朱璃は気持ち良さそうに、じっとしている。

いつも爺やに髪を乾かしてもらってるのだろうか。


 そんな桜雅の考えが手に取るようにわかる泉李は、つい笑いそうになり誤魔化すように先を続けた。


「実は孫家と軻跳の繋がりは分かったが、肝心の武器の密輸方法や、謀反計画の詳細の調査は難航していたらしい。それが突然3日前、向こうから仕掛けて来やがった」


「王の毒殺か」


「ああ。王族に対する謀反は元々計画していただろうが、景雪が俺たちと合流したと知り、まとめて潰そうとしたんだろう。公槿は景雪を死ぬほど恨んでるからな」


 朱璃は後ろの琉晟を振り返った。朱璃の心情を正確に読み取った琉晟は目を細めた。


『いつもの事だ。心配要らない』


 景雪は名官史と名高く尊敬されている反面、恨んでいる人間は驚くほど多い。

 一体何をしたのだろうと思うが、この3年で本人の性格に問題がある事に悲しいかな気づいてしまった。


 なにしろ、人を怒らせる事を最も得意とし、嫌われ恨まれることに一種の快感を得ている、特殊などうしようもない性格なのだ。いつか後ろから刺されるのではないかと本気で心配な朱璃であった。


「白桜雅の起こした謀反なら、その後見人であるしん家もろともろとも潰せる上に、教育係の俺たちもついでに始末できる。そう考えたのだろう」


「王は? 毒が入っているとわかって飲んだふりを?」


「いや、それに関しては、たまたまお忍中で影武者立ててた時で難を逃れたんだ。ま、本人でも気がついたとは思うが、とにかく悪運の強いやつだよ。ったく」


「……」


 桜雅が大きな溜息をつき、泉李が慰めるように肩を叩いた。何度経験しても慣れる訳はない。


「実はそのお忍びってのは軻跳捕縛で、捕縛後に王毒殺の一報が入った」


「王様自ら捕縛に行ったんですか」


「大方見学にでも行ってたんだろ」


「見学って」


「そういう人なんだよ」


「そっ、まぁそのお陰で命拾いしたかもな。で、軻跳連れてその足でうちに駐在していた賀国の外長官のところにぶっ飛んでいきやがった。向こうも祇王暗殺に自分とこ者が絡んでいると知って、そりゃ驚いただろうよ。しかも王自ら来たもんだから恐縮しまくって一刻もかからぬ間にカタがついた」


 ハッタリ効かせて物事を有利に運ぶのはあいつの得意分野だからなと苦笑する泉李に、桜雅が何となく遠い目をしている気がした朱璃は、王の人柄が、少し分かった気がした。


後で琉晟が、朱璃の分かる様に補足説明してくれた。

全貌はこうだ。


国内だけの謀反ならば証拠をつかんだ時点で、捕縛し処分すればいいが、他国の密売人が絡んでいたのでそうはいかない。


国王の暗殺は賀国の差し金とも考えられ、無視すれば祇国が舐められる。と言っても現在国内の平穏も図れていないのに他国と争いは起こしたくない。幸い賀国の方でも内戦が激化し他国といざこざを起こしている場合ではなかった。


利害一致で今回の件はすべて祇国の采配に口を出さないと言うことで丸く収めてきたのだ。もちろん軻跳の身柄も押収した武器も全て好きなようにしても良いという、賀国にとってはかなり不利な条件も飲ませて来たとの事。


さすが王自ら出向いただけのことはある。結構無茶な事をする王かも知らないが、朱璃は好感が持てた。

ただ、側近の人たちは大変だろうなと密かに同情する。


「今頃、飛天らが武器を押収しただろうし、軻跳の身柄もこちらにある。死にかけている筈の王も健在だ。容疑者の桜雅も姿を現したとなると、孫家ももう言い逃れは出来ない。今頃近衛隊の奴らが孫邸を包囲している」


「景先生と莉己さんは?」


「公槿(黒幕)に逃げられない様にここまで水面下で動いていたんだ。あいつらは公槿を油断させるのに多少は役に立ったな。後は適当な所で帰ってくるさ。心配はいらん」


 めんどくさいから孫邸でゴロゴロしている可能性もあると泉李が笑ったので、朱璃はホッとした。


楽をするためにわざと捕まったのだ。しかも、国随一の参謀兼、剣士兼、鬼畜兼、性悪……の2人組である。もう既に公槿を泣かしているかもしれない。


「そろそろ俺たちも行くか」


4人は雨上がり後のヒヤリとした空気を感じながら、夜道を孫家に向かって馬を走らせた。




「桜雅様!」

孫邸近くに気付かれないよう張った軍陣に到着すると、陸左林軍将軍が駆け寄ってき膝を突いた。


「ご無事で何よりです」


若かりし頃は『白髪の獅子』と国内だけでなく近隣諸国からも恐れられていた猛将は歳を重ねた今でも静かな覇気を纏う。


 桜雅はゆっくり頷いた。

「ああ。心配かけてすまなかった」


「いいえとんでもありません。桜雅さまの御身が危うい時に助力になれず申し訳ありませんでした」


 頭を下げる将軍に桜雅は首を振った。

「いや、王が影武者だったことも知らされず、それでも真実を突き止め、孫兵部侍郎の策略に騙されたふりをして京城に囚われし重臣たちを救出してくれたと報告を受けている。御苦労であった。さすが柚安殿だな」


「勿体ないお言葉です」


 桜雅がこの2日間、どれほど大変な思いをしたかと思うと、それを表にも出さず、まず臣下を労う心意気に彼の成長を感じ、老武官のほほが緩んだ。


 3年間の国内外の情勢を探る旅の中で、心身ともに増した風格が、さすがを王族と思わせた。


 桜雅の後ろに控えた元部下、皇子の教育係、宗泉李の顔が少し誇らしげに見えるのは気のせいではないだろう。


「して、守備は」


「はい、気づかれぬよう孫邸は取り囲んでおります。中に孫公槿がいる事は確認済みで問題ありません。孫卓言は北陽の関破りの騒動から姿が見えず捜索中です。それから……」


 ここに来て始めて将軍の顔が曇った。


「秦景雪と劉莉己が捕縛、いえ身柄を拘束され何処かに移された様です」


「……とっくに逃げていると思っていた。それは逃げれなかったのか? 逃げなかったのか?」


 後ろから聞こえる数名の溜息を代表して桜雅が尋ねた。捕縛されたという言葉についてはあえて突っ込まない。


「分かりません。孫卓言の屋敷をほぼ半壊状態にした後十二分に休憩をとり、一旦屋敷を出られましたが再び戻ったようで、その時に……」

桜雅が後ろの3人を見た。景雪らの行動は自分では理解不能だ。


 心の友?泉李と、優秀な側近の琉晟、そして唯一の弟子の朱璃は、顔を見合わせていた。


「きっと理由があったんですよ。たぶん。たぶん」

彼らをもってしても、行動が読めない。それが秦景雪。


柚安が穏やかな笑顔で残念そうに言った。

「実は先程、孫家の家人の者が必死の形相で伝えに参りました。『忘れ物を取りにかえったら捕まった。助けに来い』だそうです。因みにその者は何処に居るか知りませんでした」


 何を忘れたのだ……。国の地盤を揺るがす重要機密か、最新刊の春本か……。

どちらもあり得そうだ。


そんな中、桜雅の冷静に物事を対処する能力は日々培われていた。


「では、引き続き2人の行方を追ってくれ。それから孫卓言も早急に捕らえよ」


「御意」

 また、桜雅皇子の成長を垣間見た瞬間だった。


 そして、彼の武勇伝の一つとして後世でも常に上位の人気を誇る『月光の洞窟』の幕が上がろうとしていた。勿論そこに居た誰も分かるはずはなかったが。


柚安が部屋を出て行こうとした時、1人の武官がただならぬ様子で報告に来のが始まりだった。


「孫卓言が北陽の関所付近にいた商団一行を人質に取り、白桜雅皇子の身柄を引き渡すよう要求して来ました」


「なんと愚かな」


 心底呆れ、軽蔑した声が左将軍から漏れた。


 窮地に立たされた卓言がしそうなことではあったが、低レベルな行動にそこにいた全員眉をひそめた。


「人質の数は」

「おんな子ども含め20名程です」


 王に子が居ない現段階では正式な第1王位継承者である桜雅の身柄と天秤にかけるまでもない。


「卓言の居場所が明らかになったのは良かったな」

「直ぐさまひっ捕らえて来ますゆえ」

再び左将軍が身を翻した時だった。


「待て。私が行く」


 迷いもせず人質の救出を選択し、自ら向かおうとする桜雅に将軍は言葉を失う。


「それはなりません」


「民をみすみす犠牲にするわけにはいかない。それに王が戻られるまでの時間稼ぎ位にはなる」


「……」

 そう言って不敵に笑う桜雅には、有無を言わさぬ覇気があり将軍は再び膝を折った。


 桜雅の言動は予想通りであり仲間内では止めるものは居なかった。むしろ悪あがきする卓言に嫌気がさし、出向いて決着をつけた方が早いと判断した。


 もちろん、卓言の手の内にあると思われる忘れ物を取りに行った2人もついでに連れて帰ってくる予定である。

 

そんな中、朱璃が珍しく眉間にしわを寄せて何やら思案している様子を琉晟が見ていた。

小さな不安が琉晟の胸に残ったが、ああいう形で実現するとは、さすがの爺やでも思いもよらなかった。

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