第30話 準備完了

 その頃、馬車の中で大人しく待っている事しかできなかった桜雅と桃弥は不安と苛立ちを募らせていた。


「1人で買い物なんて行かせるんじゃなかった(きっと、焼きもろこし以外のものも食べまくってるぞ)」


「ああ、悪いやつらに絡まれているのかも知れない。くそっ俺が焼きもろこしを買いに行けば良かった(あんなに可愛い娘が1人でうろついていたら、そら声もかけられるだろう)」


「えっ、 そっち?」


「なんだ」


桃弥の残念そうな顔の、意味がわからず 桜雅が眉間にしわを寄せた。


「いや、まぁ、いいや。とにかく、俺が探してくる」


桃弥が外に出ようとした時。葎の声が聞こえた。


「桜雅様、出発致しますのでご準備ください」


「葎、実は……はあ!?」

 馬車から飛び出すように出た桃弥が思わず声を上げた。


何故なら孔雀団の団員達は、それぞれ武器を片手に意気揚々と馬に乗り、まるで戦闘準備をしているようだったからだ。


「騒ぎを大きくしてどさくさに紛れて他の商団も入れてやります。ですが、お二人はそのまま南へ、竜興宮へお向かい下さい」

 相変わらずの無表情で葎が言う。


「ちょっと待ってくれ。関所はもしかして強行突破するのか?」

「はい、もちろん」

「……飛天は?」

「そろそろ戻るでしょう」


 自信満々に詰所へ向かった飛天が頭をよぎる。すんなり通れると言ってなかったか?

っていうか飛天は何をしているんだ? 突っ込んでいい所なのだろうか。


「朱璃様は?」


「あっ、えーと、その……焼きもろこしを買いに……すまない」

 葎の無言に焦り、桃弥が再び探しに行こうとした時だった。


「あれって…….」

 夜市の方から飛天の姿が見えた。流石に服装は押さえてあるが。それでも遠目からでも一目で確認できる。


 いいのか!? あんなに目立って……。光ってるし……。

 狭い馬車の中でひっそりと隠れていたのが少し悲しくなった桜雅と桃弥であった。


「くそー。暑いのに頑張って損したーー」

 飛天は明らかに不機嫌だ。一体何を頑張って来たのだ?


「だから言ったでしょう。やはり他商団の中には該当者はいませんでしたよ。じきに天気が崩れます。早くして下さい」


 どうやら、飛天の交渉が失敗するのは葎からすれば想定内だったようだ。考えてみれば、馬もかなりの数を調達しているし、団の中でも動揺は見られない。むしろ関所破りする気満々で準備をしているように見えた。


 この無表情でとっつきにくい青年が、かなり有能な人物だと評価が上がったと同時に、再び飛天の信頼度がダウンした。


「はいはい」

 肩を竦めながら飛天が2人を見た。

「朱璃ちゃんは?」

「焼きもろこしを、買いに……すみません」

「……しょうがない姫さんやな~。探して来るからいつでも行ける様にしといて」


 桜雅と桃弥は朱璃を止めなかった事を心から反省していた。朱璃の行動を予測するのはやはり難しい。

 あの景雪と琉晟が振り回されていた気がしたのは気のせいではなかったかも知れない。



 やがて、焼きもろこしを食べ食べ、飛天にが朱璃連れて戻って来た。


「すっごく美味しいで~、はい」

 笑顔で焼きもろこしを手渡され思わず受け取ってしまったが、一言叱っておかなくてはと桜雅が口を開きかけた時


「ホンマうまいで、食ってみー」

 飛天まで勧めてきた。

 桜雅は出鼻をくじかれたが、飛天の機嫌が直ったことはホッとした。


「飛天様」

 飛天から渡された焼きもろこしを拒否し、葎はめずらしく眉をあげていた。


「んな怒んなってーー。朱璃ちゃんのお陰で尻尾掴んだで」

「本当ですか?」

「玉子や」


 飛天は少し笑って言った。

「荷が腐るからって海産物は通してもらったらしいけど、玉子も割れたらあかんっていう理由で通れたんやって」

「……分かりました」


 葎はさっと身を翻し、本陣の方へ行ってしまった。飛天の雰囲気もガラリと変わっており、桜雅達に緊張が走った。


「何か分かったのですか」

「それは後で説明するわ。それよか、葎から聞いたな。竜興宮へ行け」


 何が言いたげな桜雅を無言で制する。

「油断するな。今までの奴とは違う。お前の命本気で狙って来るで」


 ここで何としても桜雅を捕らえたい。例えそれが死人であっても良いと言うことなのか。

 朱璃には聞こえない様に小声ではあったが、飛天の声色には今までにない鋭さがあった。桜雅だけでなく、桃弥の顔色も変わる。


「朱璃ちゃんは俺が預かるからな。心配せんでもええ。竜興宮で会おう」

「判りました」

 桜雅の言いたい事は言わずとも伝わっていた様だ。


 不意にいつもの調子に戻って、にやっと笑う飛天に不思議と安心感を覚えた。

 奇妙な再会を果たした兄のような存在だった人は、外見こそ100倍ほど派手になっていたが中身は変わっていなかった。

 隣の桃弥も同じ事を思ったのだろうか、2人の肩の力がいい具合にぬけていた。


「んじゃあ、そろそろ行こか。ほんまに雨が降ってきそうやしな」

 飛天の言葉に、朱璃が残っていた焼きもろこしを慌てて食べ終えようとしているのが目に映り、桃弥が呆れた様に言った。


「お前な~。食ってる場合かよ」

「腹が減っては育児は出来ないって言うやん」

「誰が子守すんだよ。それをいうなら戦だ。莫迦」

「え~育児やん。2人のやんちゃな息子のお母さん設定」

「じゃあ、俺はお父さんやな。お父さん達は仲よー先に行くさかい、息子達は後からゆっくりおいでや」


 飛天はそう言うと、ひょいっと朱璃を抱えて自分の馬に乗せた。

「えっ 私馬乗れます!」

「えーのえーの、しっかり掴まっときや」

 強引に朱璃を連れて行ってしまった飛天を見送った2人。


「あんな親父は嫌だな」

「同感」


 関所の方が騒がしくなってきた。いよいよ始まった様だ。

「いくぞ」

「 承知」


吊り橋で桜雅を逃した孫卓言には後がない。

この商団の中に桜雅がいることは予測しているだろうがアジトには乗りこまず、出て来るのを待っていたに違いない。そこへ飛天がこの関所に来ていることを自ら宣伝して回った。

 当然、桜雅らを狙ってくるが、それは計画どおりなのである。


 弟皇子の桜雅ですら囮にする飛天の非情さは、むしろ2人を安心させた。なぜなら、飛天の役職が予想通りだと証明されたからだ。それは間違いなく王の無事を意味する。


加えて、危険の伴う囮としての役割を託されたことは、自分たちの力を認めての事だと2人のテンションは上がっていた。


「お客さんがきたぜ」

「とっとと終わらせるぞ。いい加減、蚊帳の外はごめんだ」

「だな」


桜雅と桃弥の力をもってすれば孫家の私兵は持に大した問題ではない。本当に恐ろしいのは、雇われた暗殺部隊。

 飛天の言わんとする意味を正確に理解した2人の瞳が力強く輝いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る