第29話 焼きとうもろこしと夏祭り

「遅いな」

「遅くすぎないか」

関所に到着してから、もう2時間以上は経っている。

^_^狭い馬車の中で待っているのも辛くなっていた桜雅と桃弥であった。


完全に日が落ちてからも随分となる。

飛天の正体はわかったが、結局 今何をしようとしているのかは判らず仕舞いであった。


「上手くはぐらかされた。ここまで誤魔化されるとなんか、王の暗殺計画でさえ計算じゃないかと思えてくるな。あ、ごめん。お前が容疑者で追われる立場には流石にしないか……100」


桃弥が手持ち無沙汰のため始めた腕立て伏せをやめて座り込む。


あの逃亡劇が予定通りとは、考えにくい。

2人は頭を抱えた。


「あーーくそっ! ムカつくぜ」

突然ヒステリックになる桃弥に桜雅が怪訝な顔をした。


「……すまん。今、兄上だったら自分で考えろって、 人に頼るなと言うんだろうと、思ったんだよ」


桃矢が自分の頭を小突いた。


「俺は、昔からそうだ。いつも、すげぇ人と一緒だから自分で考え無くても何でも上手くいく。言われた通りにしていれば問題ないって思っちまう。そうやって甘えてる」


「……。それは俺も同じだ。彼等から学ぶ事は多いが、いつも答えが1つで、正しいわけではない。頼ってばかりでは駄目だ。状況を把握し判断できる先見の明をもたねば……。

そういえば莉己からの宿題があったな」


「兄貴たちの旅順のことか。最後が通天。旅順と今回のこと、関係あるのかもしれないな」


「ああ、あの景雪が何の意味もなく、こんなデタラメな旅をするとは思えない。今回の鍵が隠されているかもしれん」


馬車からぜったい出るなと葎に言われている。

時間をもて余している2人は地図を広げ、再び悩み始めたが、気がかりな事が1つあった。


「朱璃の奴も遅いな」

焼きもろこしの匂いに耐えきれず、少し前に朱璃が飛び出して行ってしまったのだ。


関所の前は足留めを食らった旅人や商団で大賑わいになっていた。しかも商人根性か、この場で商売を行う者もいて、一角では祭りの夜店のようになっているのだ。


「迷子になっているんじゃないだろうな」

まだ2日しか行動を共にしていないが、朱璃の性格、行動パターンが少し掴めてきた桜雅達は少し不安になった。


目立つからついてくるな。焼きもろこしを3本買ってすぐに戻ってくる。

そう言われて一人で行かせたが、やはり一緒に行けば良かった。


「朱璃が歩けば棒に当たるって行ってたな……琉晟が……」


心配そうに小窓から外を見る2人。

じいやが3人に増えていることには気がついていなかった。



さて、爺やたちの心配をよそに焼きとうもろこしの匂いに誘われて、朱璃はフラフラと歩いていた。

足留めをくらった関所で、しょうがないから商売している商い根性が好きだなぁと思いながら。

人は夜店を見ると(夜店ではないが)ワクワクするのは何故だろう。


「ねぇちゃん美味しいよー1本どう?」

 芳ばしい香りに惹かれ朱璃はくし焼を購入し、食べながら移動する。

「おいしー」


 夏祭りを思い出した。

「よーこしゃーよーら、よーこしゃーよーよー」

 幼い頃からずっと慣れしたしんだ祭り囃子が、自然に口から出てきた。


 盆踊りも、小さい頃からわりと上手かった。小学4年生くらい迄は母と妹と行った近所の祭り。

 綿菓子、かき氷、ヨーヨー釣り、くじ引き。

 かき氷はいつも妹の好きなイチゴ。友達が食べていたブルーハワイが食べてみたかったけど言えなかった。高学年になって初めて友達と行った時、念願のブルーハワイを食べて感動。今でも忘れられない味である。


 首から下げたお財布にお小遣い、くじ引きの5等はチカチカ光るキーホルダー。


「……しまった……」

祭り囃子なんか思い出さなければ良かった。

思い出はきちんと片付けて仕舞ってあったのに、急に溢れ出てきて収拾がつかなくなってしまった。


頭の中の祭り囃子が鳴り止まない。人混みの熱気にあてられた時のように、周りの音が小さくなった。

のどの奥が焼けるように痛い。

あーーあかんやつや……。


「大丈夫か……? おーい、お嬢さん」


はっとすると目の高さに中年男性がいた。

慌てて目をこする。


「迷子かな?」


首を振る。こんなところで何泣いてしまうなんて 恥ずかしい……。情けない……。


「あーー。そうだなーー。ここは歩行者の邪魔になるから、ちょっと端に寄って」

 立ち上がった男は無精髭の中に茶色の優しい瞳をもった大きな熊さんだった。


優しく道端の方に連れて行かれ、朱璃ははっと我に返った。落としていた警戒心を慌てて拾おうとした時、大きな手で頭を優しく撫でられた。


「よーし。いいぞーいっぱい泣け。我慢は良くない。涙が身体の中に溜まると病気になる。パンパンになったら爆発するぞー。ほーら早く出してしまえ」


 朱璃は上を見上げた。ほーら泣け泣けと数分前に会ったばかりの人が言う。

「泣かないのかー? そうか見られたら泣けないか」


 男がくるっと後ろを向き、大きな背中がどーんと現れた。


「かべ?」

「おうっ! 壁だ」


 そもそもなんで泣いた? 朱璃は自分に問いかけた。

そっかー夏祭り。


「涙止まりました。すみません。もう大丈夫です」

いい歳して通りすがりの方に迷惑かけれないと冷静になった。

 熊さんがくるっとこちらを向いてじーと見つめ、また、くるりと背中を見せた。


「だめだ。まだいっぱい溜まってる。そもそもなんで泣いた?」


なぜか自然と大きな壁にポツリと呟いてしまった。

「思い出してしまって……。小さい頃行ったお祭りみたいだったので」

「そうかー。故郷の祭りはこんなだったか」

「はい」

「いい思い出か?」

「はい……。とっても」

「そうか。良かったな。帰りたいのか?」


「……帰りたくないと言えばウソかもしれません。でも、もう帰れないと思うんです」

「そうかーー帰れないのか」

「はい。帰れないです」

「そうか。寂しいな」

「……寂しいです。でも……今は寂しくないです」

「そうかーー。それはどうしてだ?」


 家族にもう会えないと考えると、たまらなくなる。

でも、それは帰ってこない過ぎし日の思い出と同じ。

今、私が生きているのはこの世界。この世界で生きている朱璃が私なのだ。

そして1人では生きれない私に力を貸してくれた、大好きな人達に少しでも恩返ししたいのだ。


「寂しい時もありますが……楽しい時も辛い時も……寂しい時も1人じゃないんです。……だからここにいると幸せで……私も何かしたいと思って……」

 

「そうかー。わかった 」

 くるりとこちらに回った熊さんは笑った。


「なんだ泣いているかのか。お前」

「……」

もう涙を隠さず、朱璃は目の前の優しい瞳を見上げるように見つめた。


「俺は前に進むことを選んだお前はえらいと思う。難しく考えないで、今はしたいと思う事をすればいい。

ここで生きると決めた自分を信じろ」


「……はい」

 目元の笑いジワを見つめ、彼の言葉はきっと彼の人生経験から発せられたものなんだろうと感じた。じわっと胸に染み込むような感覚がある。


「それとな、時々は泣いた方がいいぞ。お前もともと泣き虫だろ」


「……」


「ほら図星だ。泣き虫は治らん。無理してるから、お前、背が伸びなかったんだ」


「……えーー!!」

 うそでしよー?! 何それっどういうこと?!

 かなりのコンプレックスであるチビの原因が、そこー?


 思わず固まったまま男をじっと見つめると、ふっと意味ありげに笑われた。

えーー


「本当なんですか?」


「ああーまぁ、気にすんな」


 どういう意味? 聞き流せないゆゆしき問題だよね、これはっ。

 もう少しつめ寄ろうとした時だった。

 なにやら後方が騒がしくなった。けんか?


「はぁー。お前、本当に迷子じゃないんだな。じゃあ、そろそろ仲間のとこに帰った方がいい」

「あのっ、焼きもろこし買いたいんです」

「焼きもろこし? その先にあったが、お使い途中か?」

「はい」


「さっさと買って帰った方がいい。嫌な風が吹いてきやがった。送ってやりたいが、のんびりしてられなくてな、一人で大丈夫だな」

 男が後頸部をさすってそう言い、朱璃の背を押した。


「は、はいっ、ありがとうございました」


 礼を言うのが精一杯だった。何故なら男が急いでいるのが分かったからだ。自分のせいで随分足止めしてしまったに違いない。


 申し訳ない気持ちで一杯になり、朱璃は去っていく男の後ろ姿に頭を下げた。

「名前も聞けへんかった。せめて独身かどうかだけでも聞きとけばよかったーー」


 熊さん、実は朱璃のドストライクだった。(一応未来の彼氏飛天のことは完全に忘れている様子)

 そして言う事を聞き、急いで焼きもろこし購入して商団に戻ったのだった。

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