第26話 みな、事情ってものがある


「よくまぁ、この足であの岩場を横断して来たね」

 医者だと紹介されたのは、昨日 飛天と一緒に市場で助けてくれたもう1人の男だった。


「蘭さんがお医者さんやったなんて驚きです!」


 目にも見えないは速さでチンピラ達を伸している(しかも素手で)のを目の当たりにしているので、信じられない気がしたのだ。朱璃はそこまで考えて泉李も医者だった事を思い出した。

この国の医者は、豪傑揃いなのか?というか、それが常識?


「ほんま、よー腫れているな。無理したらあかんで」


治療の様子を覗き込みながら飛天が眉を寄せた。


「私、おんぶしてもらってたし、そんなに無理してません。でも、すごく足ひっぱって……。景先生と莉己様が捕まったのは私のせいです」


 しゅんとなる朱璃に先程見せた能天気さはなかった。


「朱璃ちゃんがそんなに責任感じているとは思わへんかったなぁ。ていうか、巻き込まれてるの朱璃をちゃんの方やん。いくら景雪の弟子でも今回の事は無関係ちゃうんか?」


 飛天はどうして 陵才の所に置いてこなかったんだと心の中で悪友を叱咤する。明らかに足手まといになる弟子を連れ歩くなんて奴らしくない。

 

そんな飛天の気持ちを知ってか知らずか、朱璃が首を振った。


「桜雅はここに来て最初に私を助けてくれた命の恩人なんです。今日まで生きてこれたのは景先生と琉晟のお陰です。私、少しでも役に立ちたくてついて来たんです。それなのに守られてばかり……囮にすらなれなかった」


 3年間修行して、少しは役に立てると思っていただけに、未熟な自分を思い知り情けなくて堪らなかった。


「そんで、俺の女になるっていう条件、すんなり受けたんか」

 

朱璃の思ったより重い身の上と心情を知って飛天は内心失敗したと思っていた。

かわいい弟分と悪友をちょっと困らせてやろうと思っただけだったのに。

 これほどまでに義理を感じているとは……。


「はい、天さんには本当に感謝してます。不束者ですが宜しくお願いします」

 真剣な表情から朱璃が本気なのだと分かる。


「しまったなぁ……」

 朱璃には聞こえない声でぽつりとつぶやく。

 案の定、後ろから視線が突き刺さる。痛い、痛すぎる。何とか冗談に出来ひんやろか。天井に目を泳がせる飛天。


「でも、いいんか? そら俺は格好ええし。性格もええし、金もある。一目惚れしても全然おかしくないけどな。朱璃ちゃんもお年頃やし、ほれてる男とか、心に決めた男とかおられんの?」

 

蘭雅に睨まれながら必死で解決策を、探る。


「ふふふっ、いません」

もちろん飛天の思惑も分かるはずがなく朱璃は首振り、少し前の世界での自分と重ねていた。


中学生のころ迄は 医者になれるよう期待に応えたくて頑張った。

しかし、いつしか、「朱璃はもういいよ」と言われるようになった。


 看護師になりたいと言ったら、「大丈夫、気にしなくていい、素敵なお婿さんを探してあげるから心配しなくてもいい」と認めてもらえなかった。

  親からの愛情は感じていた。

  だから、不自由なく育ててもらったのに、反抗するのは良くないと思っていた。


 ただ、期待もされず、何もしなくて良いと言われるのは、だんだん自分が空っぽになっていく気がして怖かった。


 それでも、親が決めた人と結婚するのだと思っていた。それが私にできるただ1つのことだから。


 こっちでも同じ事だ。彼等を救う最善の方法としての選択ならば、迷いはなかった。


 3年前、異世界に来てしまった事については何一つ分からない。色々悩んだり悲しんだりした事もあったが、朱璃は第2の人生だと思って割り切ろうと思えるようになっていた。


 そして、2度目の人生の理由を、心の何処かでずっと探している朱璃は、役に立ちたいという思いが強すぎて自己犠牲を厭わないところがあった。

 

そんな朱璃の心情を、出会って間もない2人が知る由もなかったが、ほんの一瞬見せた哀愁を浮かべた瞳に気付く鋭い洞察力は持っていた。


 飛天が口を開きかけたその時、出航準備が整ったと報告が入った。


 蘭雅が、飛天より先に口を開いた。


「朱璃ちゃんも仲間の所に戻って出発に備えておくといいよ。この子を連れて行ってやって、食事とかも用意してあげてください」


そう言って蘭雅は朱璃のために松葉杖を持って来て朱璃の身体にに合わせる。

朱璃が器用に杖を使うのを見て頷いた。

 

「うん。上手」

 優しく朱璃の頭を撫でた。


「蘭さん、手当てしてくださってありがとうございました」


 丁寧に頭を下げて部屋を出て行く朱璃を、優しい笑顔で見送った後、ゆっくりと飛天へ向き直った蘭雅からは、あの穏やかな春の日差しのような空気は消えていた。


「さーて。どういうことか説明してくれるね」

 

部屋の温度が少なくとも2、3度下がったのを感じ、飛天が観念した。


「そやかて……、あいつ、全然俺に気が付かへんねんで。怖い顔して睨むし……。小ちゃい頃、ひーちゃんひーちゃんって俺にくっついてきて あんなに可愛かったのに……」


「……」

 

無言の視線に耐えられず、再び口を開いた。


「んで、ちょっと困らせたろかなぁって。それに景雪の弟子やっていうし、あいつが目を剥くとこも見たいなぁーって。朱璃ちゃんの弱みに付け込む気はなかってんで。あんなに責任感じているとは思わなかったし」


「あの若さで、あんなに潔く死を受け入れるなんて、余程の理由があるのだろう。可哀想に」


「えっ?いやっ、別に 死ねなんて言うてへんやん。俺の女になれっていうただけやん」


「同じことだ」

小声で反論する飛天をばっさり切る。


「ひっひどい」


 泣き崩れる飛天を無視し蘭雅は続けた。

「何か事情がありそうだな。でないと景雪が弟子にする筈がない」


 飛天を見て蘭雅がにやりと笑った。

「おまえ、確実殺されるな」


さっきと打って変わって楽しげな蘭雅とは対照的に、飛天の顔はますます青くなる。


「景雪のやつ、月華の姫の事から少しは立ち直ったのかも知れないな。だったら……、まだ、可能性はある。あいつがその気になれば……」

 しばらく、思考していた蘭雅がすくっと立ち上がった。


 いままでのふざけた雰囲気は一転し、高貴な覇気が蘭雅を包む。


「私は先に行く。あいつ等の事 頼んだぞ」


 悠然と立ち去る蘭雅に飛天が答えた。


「御意」

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