第27話 神秘の洞窟

 飛天の部下は朱璃を丁重に扱い、船場まで連れて来てくれた。道中、商団の人たちから声をかけられたり挨拶をされたが、みな好意的であった。


 中には「お頭を頼んます」など言われ、朱璃が飛天の彼女になるという話は広まっている様子であった。

 多少複雑な気持ちで朱璃は愛想笑いを返しながら仲間の元に向かう。


「朱璃!」


2人の所に戻ると、桜雅と桃弥が飛んできて朱璃を抱きしめんばかりに取り囲んだ。


「大丈夫か?何もされなかったか!? あの孔雀ヤローー」


桃弥の剣幕に押されながらも、朱璃はとにかく自分は無事な事を伝える。2人に心配ばかりかけ、ここでも足を引っ張っている事が心苦しい。


「お医者様に足診てもらってん」


 湿布をした足をヒョイと上げ、ニッコリ笑う朱璃に桃弥は、ほっと胸を撫で下ろした。

しかし、桜雅の表情は険しいままだった。


「桜雅? 大丈夫? 傷が痛い?」

 そういえば桜雅も怪我をしていたのだと朱璃は慌てた。


 心配そうに顔を覗きこんでくる的外れな朱璃に桜雅がキレた。

「馬鹿かお前はっ。なんであんな条件を飲んだんだ!」


 怒鳴られた朱璃は思わず仰け反った。


 まだ怒っていたのか……。

 臣下が自らを犠牲にして主を守るのは至極当然のことだ。ましてや、皇子という高い身分にある桜雅なのだから、当然の事として受け入れてもいい筈なのにと朱璃は思った。

桜雅がどの様に育ったかは知らないが、この皇子、やっぱり変わってる。

彼と過ごした時間はとても短いが、根が真面目で優し過ぎる所が長所でもあり、短所でもあるのだろうと思った。

きっと辛いことも多いだろうなー。

兄貴分の面々から少しずつ図太さを分けてあげれたらいいのにと思わずにはいられなかった。


そんな桜雅が気にしないように、努めて明るく振る舞ったのに、あまり効果は得られなかったようだ。


それに、疑わず本気で信じているのなら桜雅の純粋さは育ちの良さからか?

さすが皇子という面ではある。


「大丈夫やって。天さん本気な訳無いやん。莉己様みたいな絶世の美女ならともかく、私に惚れるわけ無いってー」


桜雅は朱璃を凝視する。危機感の全くないお気楽さはなんだ……?


「まーまー。今はさ、条件飲んだふりして協力してもらおうぜ。それしかないだろ」


 桃弥の助け船に、少し落ち着きを取り戻した桜雅は小さく息を吐いて言った。

「分かった。だが、必ずこの契約は無効にするから心配するな」


「そうそう。お前はなんも心配いらねーよ」

 桃弥が朱璃の頭をぐるぐると撫で、きっぱりと言いきった。


「葎って奴から聞いたんだけどな、あの孔雀男はあんなだけど女に対しては百戦錬磨を誇るツワモノらしいぜ。まぁ顔だけはいいしな。そんな奴が本気で朱璃を欲しがるとは思えねー。兄上の弟子に取り入ろうとしているだけかもしれねぇし、ここは上手く利用させてもらおうぜ」


 熱くなる桜雅に流されず、冷静に分析出来たと満足げに力説する桃弥に反論したのは他でもない朱璃であった。


「ちょっと待ってーや。なんか、今の、すごく傷ついた。私には女の魅力がないって聞こえたんやけどどういう事?」


「えっ えーー。そういうんじゃなくて、そうじゃなくて」


 言い方が、まずかった? でも、さっき自分でも言ってなかったか!? なに俺が悪いのか?

 助けを求めようと桜雅をみると、目を逸らされた。


「桃弥が私のことどう思っているか、よー分かったわ」


 いや、だって、自分でも惚れるわけ無いやんとか言ってただろー。

 結局本気でプンスカ怒る朱璃に反論できず、桃弥は、肩をおとした。

女って難しい……。


桜雅は2人のやり取りのお陰で少し冷静になった。

そして取り乱した自分が信じられなかった。兄上の安否も分からないこの状況なのに、朱璃の事になると何故か冷静でいられなくなっている。


騒がしい2人とは対照的に自己嫌悪のため無口になる桜雅であった。




「凄いっ綺麗!!」

 洞窟に入ってからもう何度目かの感嘆の、声を上げる朱璃の機嫌はすっかり直っていた。

もちろん桃弥の慣れない美辞麗句のおかげではなく。出港後直ぐに入った鍾乳洞ならおかげであった。


 あまりの純白の美しさに朱璃は瞳を輝かせ魅入っていた。


「どうしたらこんな凄いのんが出来るん?」


「この辺りの土地には石灰石が多く含まれていて、地下水の一滴一滴が岩を溶かして作ったのが鍾乳洞だ。30万年もの月日がかかっていると言われている」


「30万年……。凄い……」

 桜雅の解説に再びこの神秘の洞窟に言葉を失う朱璃であった。


「ほんまに、凄いなーー。私の生きた20年とかほんの一瞬で、ちっぽけなものなんやなー。はぁ、童顔だとか、胸が小さいとか、甘いもの食べたら直ぐ身につくとか、本当にしょーもない悩みやわ」


 たしかに、かなりしょーもない……。

胸が小さいのを気にしてたとか一応女の自覚あったんだな言いかけたが、桃弥は我慢した。少しは学習したのだ。


 ともかく、さっきまでの不機嫌さが考えられない はしゃぎっぷりに少々呆れつつも、そんな朱璃を見ていると桜雅も桃弥も肩の力が抜けてきた。



「ほんま可愛いなぁ。朱璃ちゃん磨けば綺麗になんで~。そう思わん?」


 同意を求められても、と嫌な顔を隠そうともしない葎だったが、飛天は全く気にしない。


「景雪様に本気で殺されますよ」


「でもな、向こうの方から俺に惚れたんやったら話は別やろ? あんな条件呑むくらいやねんから、俺の事そんなに悪く思ってへんとちゃう? 寧ろ好意を持ってるとか」


 飛天の事をこよなく尊敬している葎だったが、このめでたさと女好きだけは例外であった。

 しかし、自他共認める遊び人の飛天が本気になって落ちなかった女は今まで居ないのも事実であり、ただの自信過剰ではない事も知っていた。


それでも葎は表情を変えず言い切った。

「無理だと思われます」


「えーーなんでーー?」


「カンです」


  信頼する側近の横顔を不満げにみていた飛天だったが、直ぐに自力で勝手に立ち直る。


「でもまぁ、このままやったら本気で命危ないし、朱璃ちゃんと仲良しになってこーっと」


 軽い足取りで朱璃達の元に向かう主人を、溜め息をついて見送る。

 たまにはいい薬になるだろう。

 そして、自分は半日後に繰り広げられる関所破りに向けた準備を整えるべく、船底にむかうのであった。



「気に入ったようやなー」


「出たな~孔雀男」

 人懐っこい笑顔浮かべでやってきたす飛天から朱璃を庇うように立つ護衛2人に、飛天は内心苦笑する。めっちゃ警戒されとるな。


「開けてみ」

 朱璃が飛天に渡された小さな袋を言われた通り開けると、うずら卵くらいの大きさの純白の石が出てきた。

「鍾乳石?」


「そう、あれや」

 天井にある無数の氷柱状の鍾乳石を指指して飛天は言った。


「綺麗やろ。石灰石自体はただの石なんやけどなー」


「何十万年もかけて、こんな美しいものを作り出すなんて自然って凄いですね……」


「ほんまやなーー。ここ通る度に、人間の一生なんて小っちゃなもんやと思うな。80まで生きてもこの位しか出来ひん」


「これだけ……」


「そうや。なんか一杯一杯になって考えるんのアホらしくなってくるやろ」


「ほんまに……」


 朱璃は石を見つめて、少し笑った。

 八宝菜のうずら卵が頭に浮かび、それを浮かべた自分自身のアホさに笑ってしまったのだ。

 結果、いい具合に肩の力がぬけた。


 船はゆっくり地下川洞窟を進んで言った。


「朱璃ちゃん、腕出してみ」


「腕?」


 言われたままに素直に出された腕に、飛天はクルクルと何かを巻きつけた。


「……?」


 幾つもの黒い玉が付いていた。

「あ、あの、これ……」


「朱璃ちゃんに出会えて感謝してんねん。お近づきの印やと思って受け取って」


「えっ でも……」

 高価そうな玉の腕環に朱璃が慌てたが、飛天は鍾乳石を袋に、戻しながら先を続けた。


「ほんまは、これで造ったものあげたいんやけどな、石灰石は装飾には向かへんし、とか言って煉瓦貰っても困るやろ? ほんで何かないかなぁって思いついたのがそれやねん」


 朱璃は黒い玉を見つめた。漆黒の美しい玉。


「黒瑪瑙いうてな、聖なる力を宿した石って言われてる。辛い時、苦しい時にあきらめず、前に進むための忍耐力や意思の強さを与えてくれるんや。成功の象徴とも呼ばれている。朱璃ちゃんの瞳とお揃いで、ほんまに綺麗や」


 朱璃の曇りのない漆黒の瞳に惹かれた時、この石を思い出した飛天は、眩しく感じて目を細めた。

 曇りのない漆黒の美しさは、純真無垢な魂ゆえの強さ。


 朱璃は褒められ慣れていないので、一瞬で頬が赤く染まった。

この人って、俗に言う天然タラシ?

いや、計算してる?


「ほんまに可愛いなぁ」


 朱璃の頭を撫でる飛天は優しい笑顔を見せており、赤く染まった顔で礼を言う朱璃も、乙女の顔になっていた。



 少し離れたところからその様子を見ていた桃弥が、小声でいう。


「流石、女の扱いに慣れてるっつーか、心得ているっつーか。あいつも満更でもないって顔しているし、ちょっとまずくねぇ?」


「何がだ」


「何がって、ほら、朱璃の奴、男に免疫なさそうだしコロッといっちまうかもしれないだろ」

 意外にも女心のわかる桃弥だった。


 まずいぜ、まずいぜと慌てる桃弥がなぜか癪に触る桜雅は憮然とした顔で言った。

「免疫ないって、3年間景雪と琉晟と一緒に暮らしているのだからそれはないだろ」


「そりゃあ外見に関しては免疫がついてるかもしれねーけど、あんな風に女として扱われる事が慣れてねーだろ」


 確かに……拳骨げんこつで叩かれている光景が目に浮かんだ。頬も思いっきりつねられていたな。


「景雪はアレだけど、琉晟は大切にしていたぞ」

「確かにそうだけど琉晟はさ、じいや的存在。過保護なだけだ」


 じいや琉晟を想像し、意外としっくりしたことに桃弥の才能を感じつつ、桜雅は朱璃と飛天が楽しそうに話しているのをみつめていた。胸がざわざわしているのは無視する。


「それは、朱璃の問題で、俺たちがとやかく言う問題ではない」


 無理してんなーと桜雅の顔色を伺いながらそう思うが、口には出さない桃弥。


「しかし、飛天のことはまだ信用できない。気をつけるように言っておこう」


 守らなければという2人の気持ちを知るわけもなく、飛天の話に楽しげに耳を傾けていた朱璃は、戻ってきた2人に引き離されてしまうのであった。


洞窟をぬけるまであと3時間。

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