第25話 商談成立

「はっ!?」

ちなみにこの発言は桃弥である。


「関所超えるだけやなくて、景雪ら救出して、今回の黒幕倒して、王様と再会するところまで手を貸したるわ」


「なっ!?」

これはちょっと遅れての桜雅。


 2人の目が見開かれ、鋭さが増したのを飛天が可笑しそうに見ていた。


「本気で言っているのか?」


 桜雅が朱璃の腕を掴み、そばに引き寄せて飛天から隠した。

しかし当の本人だけは今の飛天の言葉を冷静に受け止めていたようだ。


「景先生は捕まったんですか?」

桜雅の背中からひょいっと顔を出す。


「そうや。劉莉己もな。皇子殿を追っている近衛の奴らも麓まで来てるし、ここで俺らの助けが無ければヤバいなぁ」


 景雪らが捕まったのは計算通り疑惑があるのだが、朱璃は気がついていない。


飛天の口車に乗りそうな朱璃に桜雅の声が鋭くなった。


「仲間を売ってまで協力を求める訳がない。朱璃行くぞ」


「ふーん……。それでもええけど。それで捕縛されて全員牢獄行きか。遅くても2日後には王が亡くなり新しい王の世になるっちゅうわけやな」


桜雅が飛天を睨みつけた。

謎の多過ぎる飛天の事を信用出来ない。朱璃を求めるには裏があるのではないかと思っている。

それなのに頼らざる得ない無力な自分への怒り。苛立ちと怒りの炎が桜雅の内から噴き出しそうになっていた。


 朱璃は初めて見る桜雅の激しい怒りに思わず息を呑んだ。


 朱色の髪がまるで炎の様に燃え、深みを増した瑠璃色の瞳は視線だけで全てを焼き尽くせるほどの怒気。

 

あまり感情の起伏の大きくない穏やかな性格だと思っていたが、内面にはこんな激しい気性も併せ持ってるいる事が分かった。


 そして今、この状況では無理もないが、桜雅は焦り、苛立っている。


 桃弥も次の一手に備え、桜雅だけでなく全ての動向に神経を集中させているのがわかる。どんな事があっても主君を守るという覇気に圧倒される。

 

朱璃は着物の上から無意識に景雪の玉を握りしめていた。

『お前が止めろ』景雪の声が響く。


「はーーい! はーい しつもーーん」

 呑気な声で朱璃が手を挙げた。


「はい、朱璃ちゃん」


「天さん。独身ですか?」


「そうや。実家の方からもそろそろ嫁さん連れて帰って来いってうるさいねん。朱璃ちゃんやったら大歓迎なんやけど」


「彼女になるってとこまでですよね」


「んーまー そう言うたな」

 明日の買い物の相談をしているかの様な軽いテンションの2人。桜雅たちとの間に温度差が出来ている。



「朱璃っ! 行くぞ」

 桜雅が険しい表情のまま朱璃の腕を引く。


「待って桜雅。天さん、私その条件のみます。でも、ことが解決したらって事にして下さい。簡単に解決する自信ありそうやし、それでもいいですよね」


「朱璃!」

 桃弥も我慢しきれず朱璃を怒鳴った。


「桜雅も桃弥も落ち着いてって。別に私、嫌々承諾する訳ちゃうで。天さん男前やし、結構いい人やし、私も20や、彼氏欲しいと思ってたところやし。ほら、こう言うの、棚からだんご虫っていうんやっけ。あはははっ」

 2人の肩を叩いて笑う朱璃は上機嫌の様に見える。


「天さん、私約束破ったりしません。だから天さんも約束守ってください」


 飛天はニヤリと笑った。

「朱璃ちゃん、なかなか言うてくれるやん。わかった。約束するわ。というわけで商談成立な」


  握手をする2人を信じられない思いで見つめていた桜雅たちは、そのあり得ない展開に逆に冷静になってきていた。

朱璃に何か考えがあるに違いない。


「3日で解決したるわ。だから、月曜の夜から、お前は俺の女やで。いいな」

 不敵に笑う飛天に朱璃はゆっくりとうなづいた。


 今のセリフ反則ーー。

俺の女なんて言われたことがない。免疫がないのだから冗談でもやめてほしい。

思わず赤面しているであろう自分の顔を隠した。


「と言うわけやからな。お前らこの方たちを丁重に扱え! わかったな」


「承知」


 飛天が周りの部下をぐるりと見渡してそう言うと、だれも否とは言わず 従う姿勢を見せた。


「楓、お前らは麓の部隊足止めしろ。松、秦景雪と劉莉己、それから宗泉李の行方を追え。乾、茜の団と合流して北陽の関を突破するから準備しとけ。葎、2人を船まで案内してやれ」

 

よく通る声で次々と指示を出す飛天は、まさに名将の風格を漂わせ、その指示に素早く従う様は優秀な部隊そのものだった。ならず者のあつまりと言う姿からは程遠い。


ひとまず最悪の事態は回避できた? 朱璃はゆっくりと息を吐いた。


 それぞれ複雑な想いをしている3人の元へ指示を出し終えた飛天が戻ってきて、ひょいっと朱璃を抱き上げた。


「怪我の手当てしとこか。ええ医者がおるねん。あはははっ、なんちゅう顔してんねん。まだ何もせーへんって。約束は守るって言うたやろ。してほしいんやったら別やけど」


「し、してほしくないです」


 顔を赤くさせて否定する朱璃に飛天が笑う。

 そしてちらりと桜雅たちを見てから、そのまま朱璃を連れて行ってしまった。



「むかつく……」


朱璃に対して飛天が言った言葉。

「何ちゅう顔してんねん。まだなにもせーへん。約束は守る言うたやろ」


 あれは自分に言ったのではないかと桜雅は思った。

朱璃が抱き上げられた時、咄嗟に手が出そうになった。

その時見せた 飛天の全て分かっている様な含みのある笑いに憤りを感じた。しかしなにも言い返せず飛天の後ろ姿を睨みつけることしか出来なかった。


「はぁ、何者だよ、あいつ」

 桃弥も何とも言えない複雑な表情浮かべていた。


調子のいい言葉に態度。ふざけたかと思うと自分達さえも戦慄させるほどの殺気で空気を振わす。


何もかも知っているかのような情報力、判断力、統率力、どれを取っても只の商団長ではない。


「お2人はこちらへ」

さきほどりつと呼ばれていた青年が2人の元へやってきた。他の者と違い、衣服やその雰囲気も文官の様で年は16、7歳に見えた。


「船というのは?」


「私たちは船で、往来します。あの吊り橋は見せかけです」


「ここへ来るまで船など見なかったぞ」


「見えたら意味ないでしょう」


無表情であったが、なぜか小馬鹿にされている様な気がして、桃弥はムッとして葎をみた。

葎は、そんな桃弥の視線など全く気にも溜めずにスタスタと歩きだした。


 葎は珍しく怒っていた。飛天が馬鹿なことを言うのはそれほど珍しい事ではないが、今回のは最悪レベルだと思っていたからだ。


 かなり不利な状況の皇子に力を貸すことで、こちらに火の粉が降り注ぐ事も十分ありえる。

その報酬があのちんちくりんな素人娘が1人というのは、あまりに馬鹿げている。


 飛天の考えが読めず、葎はため息をついた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る