第14話 近況報告

しばらくしてやっと落ち着いた面々に、陵才が茶を勧め、4人が円卓を囲んだ。


朱璃と琉晟は陵才の勧めを丁重に断り、静かに部屋を出ていった。分をわきまえた行動であったが、桜雅は何となく寂しく思った。


知らぬ顔をして茶を啜る景雪に3人は視線を向ける。

「たった3年でよくここまで教育出来ましたね。本人もさぞかし努力したでしょうけど、感心しました」


「俺は何もしていない」

予想通りの答えを返して来る。


「そんな事分かっています。琉晟の努力の賜物でしょう。彼は本当によくやってくれましたね」

泉李も桜雅も意義はなかった。聾者の琉晟は、さすがに言葉だけは教えられなかったが、それ以外はほとんど彼が面倒を見たに違いない。


「それにしても……、お前って奴は……」


朱璃と出会った時から感じてきた違和感。理由は気付いたが、景雪の意図が掴めない。泉李が尋ねようとする前に景雪が言葉を被せてきた。


「あれに商の才はないな。騙されて身ぐるみ剥がされるのがオチだ。というより、何だ?その玉子売りって。訳が分からん」


桜雅のボケのせいであやふやになってしまった事を思い出し景雪は再び不機嫌になった。


景雪を言葉を軽く無視して泉李が言う。

「じゃあ、どうして商人言葉を教えたんだ?」

「意味は無い」


「では、朱璃をどうするつもりなんですか? 光州へ、王都に戻るのは彼女のためなんでしょう?」

ニコニコとしていても莉己の眼は笑ってない。


「お前の考えている通りだが、方向は違う」

「と言うと?」

「あいつはアホだ。使えん」

「……では学があったのですね」

「むこうの世界でもそう言う家に生まれ育っている。本人もそれを望んだ」


「待ってくれっ、私にもわかるように話してくれないか」

 景雪と莉己の会話の内容が全く見えず、しびれを切らした桜雅が珍しく話に割り込んだ。


「同感。てめら何企んでるんだ」

 泉李も真っ黒な2人に朱璃の身の危険を感じたようだ。


「はいはい、そう怒らないで。朱璃を禁軍に入隊させるんですよ」

「……はあ??禁軍?武官としてか」

泉李が眉を釣り上げた。


一方朱璃が女だったと言う衝撃からまだ立ち直れていない桜雅は、武官にするなど頭が追いついて来ず、口をパクパクさせただけだった。


「まさか霧じゃねーだろうな」

味方をも欺き、その実態は王族ですら不透明と言われる、隠密という立ち位置である霧。

「そこまで鬼畜じゃありませんよ。景雪も」

「………」

 いや、お前もそのつもりだっただろうと声に出そうになる。

「なにか?」

「いや、あー。まー。それでアホで使えないってことだな。ま、俺も賛成だ。どう考えても向かない」


 桜雅は内心泣きそうになっていた。3年前、震える少年を助けた裏で、霧(隠密機動)に使えるかもと考えていたなんて。この人たち本気で怖いと言っていた桃弥の気持ち今ならよくわかった。でも、その線はなくなったなという事だろう。よく分からないが朱璃がアホでよかった。


「学があるとは?」

「家が診療所だった。将来的にも家業を手伝う準備を始めたばかりで知識は多くないが、興味深い」


「医部か……それなら納得がいく」

「いや、枢府本部もしくは禁軍」


どちらのしても、国の中央に属するかなり重要な部署であり、選ばれたものだけが所属できるエリート部隊だ。仕事は王城の警護や、王を始めとする国の重鎮たちの護衛など重要なものばかりである。

そして中央に近ければ近いほど、女性は少ない。いや、いないに等しい。


「過去に女武官がいなかったわけではないが、並みの男よりごっついのばかりだぜ」


「はんっ」

 景雪がバリバリ煎餅を食べながら、鼻でわらった。


「宗将軍とあろうものが、外観で判断するのか?」

「……秋の武術大会で上位入賞できると?」

「当然だ。バリバリ、俺と琉晟が鍛えたんだバリ」


2ヶ月後に行われる武術大会の上位入賞者は無条件に養成院へ入ることができる。そして卒院後は禁軍などへ配置される。


 よっていくら剣や弓などの武術が優れていても、それだけで務められるものではなく、厳しい訓練に耐え、規律や複雑な人間関係にも耐えうる強い精神力が不可欠だ。並大抵のものには務まらない役職ゆえに一癖も二癖もある変わり者も多い。


そこに朱璃を、入れる? 武術大会で入賞!?

桜雅の顔が曇った。


「ふふふっ ワクワクしてきましたね」

「ちいさなそよ風でも、やがては周りを巻き込む竜巻になるというのか」

「いや、せいぜいつむじ風程度だろうがな」


 自慢げな顔をしている景雪に、朱璃の実力は本物なのだろうと信じる事はできたが、まだ素直に受け入れられない桜雅であった。


 今、国の最後の砦となる禁軍や枢府に大きなテコ入れが必要な時期に来ている事は、桜雅も理解しているつもりである。あの、玉子売りの朱璃がその鍵を握ると言っているのか。

 心から信頼する側近らが何やら嬉しそうなのだが、禁軍の改革だけが嬉しいわけではなさそうだ。


桜雅が理解できない胸のモヤモヤと格闘しているのをよそに、泉李は久しぶりに見る覇気のある景雪の顔に胸が熱くなっていた。

実は禁軍云々は今はどうでも良かったのかも知れない。朱璃を景雪に預けて正解だった。朱璃を拾ってきた桜雅グッジョブ。


「何をにやけている。煎餅が不味くなる」

 景雪に睨まれる。

「いや、別に。そういや、朱璃はどうして怪我をしてんだ」

「溝にでも落ちたんだろ。相当鈍くさいからな」

「まさか」

「アホだと言っただろう。9割がアホで出来ている。琉晟が付いていないと生傷が絶えない」


 景雪が弟子を素直に褒めるわけないが、ひどい言いようだ。

「そんなところまで師に似る必要はないのに、気の毒な」


「俺は溝には 落ちん」

いつのまにかごろんと横になっている景雪を見て桜雅は納得した。ある意味景雪は1割の力で生きてるなと。


 その時、朱璃が怪我した理由を追求していたら、これから起きようとしている大事件も未然に防げたか、もしくはあれほどの窮地に追い込まれることはなかったのだが、この時は誰もが重要視しなかった。(もちろん朱璃自身も)


久しぶりに再会した親友の事、予想以上の変貌ぶりの朱璃の事などあまりにも喜ばしいものであったので、誰もがいつもの冷静さを欠いていたかもしれない。


「ふふふっ。(彼女は君だけでなく)琉晟にも良い薬になった様ですね」

莉己に笑顔でそう言われた景雪が嫌な顔をした。

朱璃を預かってから琉晟に世話係をさせたのはそれを期待したからだが、自分も一緒にされるのは心外だった。


3人の様子を見ていた桜雅は色々と尋ねたいことはあったが、素直に答えてもらえそうにないので、その中で1番当たり障りの無い質問をした。

「景雪、なぜ朱璃は1日早く此方に向かったんだ?」

  実は莉己からの宿題(景雪たちの京城に向かう道順について)のヒントになるかもと思ったのだ。


「知らん」

 更に機嫌を悪くなった景雪が知らん顔をするが莉己と泉李が無言で返事を促した。

バリバリと煎餅を食べ終えてから渋々口を開く。


「最近俺に逆らいやがる。一体誰に育ててもらったと思っているんだ。バクのくせに生意気な」


 ぶつぶつ言う景雪に莉己が笑顔で返す。

「琉晟でしょう」

 何か言いたげな景雪の言葉を遮る。

「彼女が1日早く出た理由は桃弥への悪戯に気付いて助けに向かったのでしょう。中和剤をもって。その途中で何かしらの騒動に巻き込まれて、薬だけは人に頼んで届けてくれたのだと思いますよ」


「あいつはすぐに面倒事に首をつっこむし、自分でも起こすし、面倒みきれん」

「今回、原因をつくったのは君です」

「……」

 莉己のスイッチが入ってしまった。

「それにしても、今回はさすがに可哀相でしたよ。彼ももう子供じゃないのですから、誇りを傷つけるよう悪戯はすべきではありません」

 1番楽しんでいたのは何処のどいつだと、思っても もちろん口にするほど馬鹿ではない。泉李は澄まして茶を飲んでいたし、桜雅はなるべく音を立てないよう口の中の煎餅を噛み砕いていた。


「あいつは思慮が足りん」

「弟を愛しているのは分かりますが、手段を選ばないと捨てられてしまいますよ」

「気持ち悪い事を言うな」

 久しぶりに景雪イジメを楽しんでいる莉己の邪魔をしないように空気になる2人であった。



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る