第13話 再会
その日の午後、景雪御一行様が予定より1日早く到着した。
早速、桜雅たちが景雪らのいる離れ家に向かったのだが、途中で少し慌てた様子の琉晟に出会った。
3人の姿を見て頭を下げた琉晟にどうしたんだ?と泉李が声を掛ける。
『申し訳ありません。大したことではありません』
手話でそれだけ伝え、桜雅たちが過ぎ去ると足早に屋敷を出ていった。
「彼が慌てるなんて珍しいですね。何かあったのでしょうか」
3人は顔を見合わせ、先を急いだ。
客間ではだらりとくつろいで茶を啜っている景雪がいた。
「……琉晟が慌てて出て行ったがどうかしたか?」
「過保護なだけだ。ほっとけ」
興味のなさそうな景雪の言葉だけではよくわからない。気を使ってか、陵才が事情を補足した。
「もう1人のお連れ様がまだ着かれていないのです。1日早く此方へ向かわれたそうなのですが」
「もしかして、朱璃なのか」
「ふーん、その名は忘れていなかったか」
やはり、怒っている……。桜雅は覚悟を決めた。
「済まなかった。事情はどうあれ、景雪に押し付ける事になったのは、本当に悪かったと思っている」
頭を下げる桜雅に莉己も加勢した。
「遅くなりましたが、約束通りちゃんと迎えにきたのですから許してください。それとも、もしかして朱璃を手放すのが惜しくなったとか……。本人も望んでいるなら それはそれで構いませんが」
「莫迦を言うな。あんなに口うるさいやつは熨斗でもつけて返してやる。ったく誰に言葉を習ったと思ってるんだ。こんな事なら片言程度にしておくんだった」
ブツブツ文句を言う景雪だったが、その割に表情は柔らかい。莉己と泉李が含みのある笑みを浮かべた。
「まぁ、朱璃の事は本人ともよく話し合って、今後の身の振り方を考えましょう」
「そうだな。いつまでも景雪の手を煩わせてはいかんしな。お前に小言を言えるなら、言葉には全く不自由ないだろうし、どうせ武術も仕込んだんだろ」
「好きにしろ」
景雪の不機嫌さが増しているのは、旧知の仲のである2人には手に取るように分かる。
朱璃を好みの女に育てちゃうぞ計画もあり得ないことではないのかも……とそんな景雪を見ながら泉李は思った。
桜雅は彼らの会話に口を挟まなかったが、約束どおり自分が面倒をみるつもりでいた。
この世界でたった1人になり、不安一杯で、すがってきた朱璃の手を離してしまった事をずっと申し訳なく思っていた。彼らのことを信頼しているからこそ預けたのだが、自分もそばに居たかったのだと今はっきりとわかった。
その時、櫂家の家人が廊下から声を掛けてきた。
「失礼いたします。お連れ様がお戻りなのですが、お怪我をされているご様子で。今すぐお医者を、お連れ致します」
「怪我をしているのかっ」
桜雅が慌てた。
「あー俺、一応医者だから呼ばなくていいぜ?」
泉李がそう呑気に行っているう内に廊下が騒がしくなってきた。
「大丈夫やから降ろしてってー」
琉晟に抱き上げられ手足をバタバタさせているのは、話の流れ上 朱璃に違いない。
「……! 玉子売りの!?」
桜雅の驚いた声に、琉晟の腕の中にいた娘が暴れるのをやめ、少し眉をさげて微笑んだ。
実は、朱璃は深く反省していた。玉子を渡しに行った時に気がつき、思わず逃げてしまった事を。
空気を読んだ琉晟に降ろしてもらった朱璃が、あらためて恭順の礼を取る。
「先程は大変失礼致しました。3年前に助けていただいた朱璃で御座います」
やや緊張した面持ちではあったが、ふわりと照れたように微笑む可憐な娘に3人とも言葉を失った。
朱璃を元々男だと思っている桜雅は論外だが、泉李ですら市場であった時に気がつかないほどの変貌ぶりだった。
丁度女の子が大人の女性に変貌を遂げる時期であったとしても、ここまで変わるものなのかとさすがの莉己でさえ我が目を疑った。
「ふんっ、ざまぁみろ」
いったい、何に対して「ざまぁみろ」なのか突っ込む気にもなれず、景雪の誇らしげな顔を見つめと、三人の驚く様子に機嫌もすっかり良くなっている。
「驚いたな。本当にあの時の坊主か? あんまり綺麗になったんで市場でも全然気が付かなかったぜ。 あはははっ いや~まだ信じられねぇ」
こんなに大きくなってと、朱璃の頭を優しく撫でる泉李に朱璃は恥ずかしそうに微笑んだ。そして、いくつに思われているのだろうと思う。
「朱璃」
ビーナス莉己様だ~と変わらぬ美貌に見惚れる。
「3年間も音沙汰なしで、本当に申し訳ありませんでした。元気そうで安心しましたよ。しかもこんなに美しくなって……」
2人の優しい眼差しと言葉に朱璃の胸が熱くなる。
「サナギがこんなにも美しい蝶に変わる様を、この目で見れなかった事が悔やまれます」
優雅な手つきで、朱璃の頬に掛かった滑らかな黒髪をそっとかき上げ微笑む莉己に、朱璃はこれまで以上に顔を真っ赤にして首をプルプルと振った。
「そ、そんなっ 滅相もございません」
「おやおや、後ろの唐変木は教えてくれなかったのですか」
頭から湯気が立つほどになっている朱璃の反応が、素直で愛らしいと泉李も目を細めた。
「世辞を真に受けるな。めでたいやつだな」
茶を啜りながら言葉の冷水を浴びせる景雪を朱璃が口を尖らせ軽く睨んだ。
その変わり様が少し子供っぽく、泉李の顔が自然とほころぶ。
「世辞じゃねぇよ。本当に綺麗になったさ。あいつの言う事なんて気にすんな」
そう言いながら「怪我を見てやろう」と朱璃の足元にしゃがみ込む。
「大した怪我じゃないんです。琉が大袈裟なだけでっ」
後ずさりする朱璃を琉晟が押さえ込んでこ座らせ、左足を診やすいように泉李の前に差し出した。
「ちょ ちょっと琉っ」
その声を無視して、泉李が左足関節を触診する。
「いつ怪我をしてんだ? 玉子売りの後に何かあったのか?」
「いえっ大したことは……った」
内側を指圧され、余りの痛さに思わず声が出てしまう。
「骨は大丈夫だが、靭帯がやられてるな。捻挫は暫く痛いぞ。冷やしてたみたいだが、まだ冷やした方がいい」
小川で足を冷やしている処で琉晟に見つかったのだ。
「冷水を持ってきましょう」
「すみません」
陵才が部屋を出て行った。
「どこで油を売っていてかと思えば、玉子を売っていたとはな」
とっくに着いているはずの朱璃の姿が見えなかった事に、実はかなり心配していた景雪が突っ込んできた。琉晟の視線も先程からかなり痛い。朱璃は首をすくめた。
「すみません。心配かけて、ごめんなさい」
事情を説明すると再び雷が落ちるのは目に見えていて、朱璃は斜め上の天井を見つめた。見事な欄間~。
その時思いもよらない処から助け舟がはいった。
「どう言う事だ? 朱璃は男だったぞ。いつから女に………異世界では成長すると女に変幻するのか…?それとも雌雄同体の人間もいるとは聞いたことがあるが、朱璃がそうなのか?……」
数分前「玉子売りの娘っ」と叫んでから今の今まで、呆然と朱璃達の会話を聞いていたらしい桜雅だった。
突っ込み担当の桃弥が不在なので、泉李が「そんなわけあるか」と本来なら言うべきだったが、朱璃の反応に興味があり見守ることにした。
他の者も同じように思ったのだろう、しーんと変な沈黙が流れる。
やがて、すくっと立ち上がった朱璃が真っ直ぐに桜雅に近づいた。
因みに心の中では、絶妙なタイミングでツッコミ済みである。
(なんでやねんっ変幻って私は妖怪か雌雄同体ってミミズかナメック星人か!?えーショックーー桜雅あほな子なん!?イケメンなのに残念過ぎる)
ゆっくりと深呼吸。
「3年前、助けていただいた事は大変感謝していますし、桜雅様がえらーい皇子様だと言う事も知っていますけど……流石にちょっと傷ついたんで、一発、いいですよね」
真顔の朱璃が拳に「はぁー」と息を吹きかける。
「ああ、いいぜ。、今のはこいつが悪い」
泉李が桜雅を、後ろから押さえる。
「うっ……待ってくれ。悪かった。今のは失言だ。あまりに驚いて」
「朱璃 遠慮は要りませんよ。若い女性に対して今のは失言では済まされません。教育係としてお恥ずかしい限りです」
「ですよね。いくら恩人でも、それとこれとは別ですからね。一発いかせていただきまーす」
その瞬間、呑気な声とは裏腹に鋭い拳が空を切った。
桜雅は潔く受け止めようと奥歯を噛み締めた。
しかし拳はその勢いを裏切り、ピタッと眉間のまえに寸止めされる。
「……!」
目の前の拳から向こうにいる朱璃にピントが合わせると、真っ直ぐに自分を見つめる朱璃の漆黒の瞳に吸い寄せられた。
パチン
桜雅の眉間を中指で弾くいい音が響き渡った。
朱璃に無心に見つめてい桜雅の間の抜けた驚きの表情に、莉己が耐えきれず吹き出す。
やがて、ふだんは静寂で雅な離れ家は、使用人が様子を見に来るほど賑やかな笑い声に包まれたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます