第5話 自己紹介(2)

『……』

やばい……。破壊力あり過ぎる。

正直いって、朱璃は莉己の微笑みに当てられていた。美しい上に色気があるなんて卑怯だ。

思わずカーと体が熱くなるのが分かった。女としては、神様の不公平加減に不満も言いたくはなったが、レベルが高すぎて羨ましいとは思えなかった。一先ず目の保養とばかりに見つめる。

 

3人は 真っ赤になる朱璃の純粋な反応が可愛くて微笑ましく感じると同時に、いつか少年が世の中の不条理に出くわすことを気の毒に思わずにはいられなかった。うん、人生経験は大事だ。


「ウブな少年を苛めるなよ。夢に出てきたら可哀想だ」

 泉李が腕を伸ばし、朱璃の頭を撫でる。


「聞きずてなりませんね」

 笑顔が怖い。泉李はニコニコ笑って平気そうだが、左隣からの体感温度が下がっていくのに耐えきれず、桃弥があわてて自己紹介を始めた。


「俺は秦桃弥しんとうやだ。と・う・や。よろしくな」

  右手を強く握り、握手をしてくれた青年に、朱璃はふたたび微笑んだ。

  おおー末っ子キャラだ。懐っこい。


 桃弥は右手にすっぽり入る小さな手を感じつつ、自分を見つめる漆黒の大きな瞳に父性をくすぐられていた。

「なんで桜雅がこいつを置いて来れなかったか分かる気がする。……あれ? お前弓矢出来るのか?」

 一瞬周りの空気が変わった。しかしそれには気が付かず、朱璃は何を言われたか分からず目をパチクリさせた。

  小指の付け根の硬くなっているところを桃李が触れてきたため、合点がいった。

『あ、それは弓道で』

それは通じないかと思いなおし、矢を引く動作をやってみせた。

「やっぱりな。小さいのに偉いな」

 

 いつのまにか泉李や莉己にまで手を見られており、慌てて手を引っ込めた。弓道が出来るといってしまって警戒されただろうか。


 それにあまり見られて、女だと気がつかれるのも困る。朱璃は自分が男に間違えられている気がしていた。彼等は悪い人ではないだろう。否 むしろ、とても良い人達だと思うが、まだ信用しすぎてはいけないと自分に言い聞かせていた。


男と間違えられているのは身の安全のためには好都合である。

それでも怪しさ全開の自分に良くしてくれる人に申し訳なさも感じており、引っ込めた手を無意識に固くて握った。


  どうしてこんなことになっている? なぜここに居るか、これからどうなるのか、居なくなった自分の事を心配してはいないか……。

  考えないようにしているのに次々と頭に浮かんでくる色々な事。喉の奥が痛く奥歯を食いしばった。


「しゅり」

 何度目かの桜雅の呼びかけにハッと顔をあげた朱璃の目に、心配そうな顔をした桜雅が映った。


『あ……。申し訳ありません。大丈夫です』

「なんか、ごめんな……。飯食うかっ? 酒、酒にするか?」

「未成年に酒を勧めるな。ガキには甘い物がいいに決まってるだろ。干し芋食うか?」

「ダサ、干し芋ってダサ」

「ダサとか言うな。大好きなくせに」


『……!? あ、あの…』

 整った顔が目の前に突然現れた。

「あれは気にしなくていいですよ。はい」

 莉己に赤い果実?を持たされ、食べるように促された。

 

カリッ

 甘酸っぱい果汁が口いっぱいに広がる。

 やっぱりリンゴ。知っているお馴染みの味だった。

 カリッ

 喉の奥に染み込んで、飲み込みづらかったが懸命に流しこんだ。


  桜雅の大きな手に頭を包み込まれるように撫でられると涙は余計止まらなくなり、程よい塩っぱさが加わったリンゴは甘さを増していく。


「大丈夫だ。心配するな」

分かるはずがないのに、桜雅がそう言っているように朱璃には聞こえた。


そして、数分後し我にかえる。

やってしまった……。

『すいませんっ。私ったら17にもなって恥ずかしい。

ちょっと色々考えてしまったら頭がパーンってなってしまって。えと、何いってんだ私。とにかくみっともないですよね。本当にすみません』

通じないとは思っても、謝らずにはいられず一気に勢いよく喋りはじめる。


「……立ち直り速くねぇ?」

 ポロポロと涙をこぼし、声を押さえて泣く姿を見てもらい泣きしかけていた桃弥がつぶやいた。


時間としては1~2分泣いた後、 男らしく ゴシゴシッと袖で涙を拭き、キッと顔を上げて喋りだした朱璃の切り替えの早さに一瞬ポカンとなった桜雅も同意した。

 

彼等はこの朱璃の得意技に今後何度も出くわし、ツッコミを入れ、そして救われる事になろうとは夢にも思ってはいなかった。


「ま、干し芋でも食え。先ずは腹を満たす事だ」

『ありがとうございます』

美味しいそうに干し芋をかじる朱璃に空気が和み、とりあえずこれからの事を話し合うことになった。

 

「経路を確認するぞ」

 泉莉かを紙の地図を取り出し広げた。

 もしかして地球説の手がかりになるものはないかと朱璃も地図を覗き込み思わず声を上げた。、


『えっ、あっ!? 漢字!』

 その地図には 正確には漢字になる一個手前の様な文字が並んでいたのだ。


「どうした? もしかして何か分かったのか?」

 朱璃が文字を指差し、読んでみた。

『由治河ゆじかわ』

 相変わらず不思議な発音に4人は顔を見合わせる。


「ヨウ ヂー ウェヴア」

  ゆっくりと桜雅が読み上げる。

 なるほど、読み方が違う。日本語と中国語みたいなものか。ザッと地図を見たところ1割位は朱璃の知っている漢字だった。後は微妙に違うもの、全く見た事の無いものなどまちまちだったが。

 それでも全く分からない言葉よりもマシだ。なんとか意思疎通の手がかりを掴めたことは小さな前進であった。


  桜雅が自分の名前を地面に書いて見せた。

 やはり少し形が違うが、朱璃は想像力を駆使して

「さくらにみやび 桜雅 かな」

  意志の強そうな凛々しい瞳に、すうっと伸びた美しい鼻筋。笑うと意外なほど優しく見える口。整った顔立ちだけでなく 何処か高貴な雰囲気を漂わす青年にぴったりだと納得した。間違っていたとしてもこれ以上ぴったりな漢字はないと朱璃は満足だった。


  木の枝を渡され、次に朱璃が名前を書いた。

「朱璃……」

 彼らも、当てはまりそうな字を推測しなくてはならなかったが、すぐに莉己かを書いた文字に3人は驚きの表情を見せた。

  実は朱璃も桜雅と始めて出会った時、大いに驚き、こんな偶然があってもいいのだろうか…と。


  朱璃の朱は朱色。桜雅の夕焼けの髪の色。そして、璃は瑠璃の璃。桜雅の瞳の色。

  朱璃のいた世界では珍しい髪と瞳を持つ青年との出会い。運命的な出会いだと思えた最大の理由だった。


  桜雅もまた、朱璃との出会いで 何かが変わる漠然とした思いがあった。それは不安ではなく期待。12、3才の少年との出会いが何故か大切に思えた。

  このまま放り出す気はさらさら無かったが、今まで以上に朱璃の運命を左右する自分の選択に慎重を要した。

  今の自分達の置かれている状況、そして異国から来た朱璃の事。


  笑い声の方に桜雅は視線を向けた。今度は桃弥の名前を書いているのが見えた。身振り手振りを加え和気あいあいとしている。

  それでも、莉己や泉李が未だ朱璃を警戒しているは分かっていた。彼らの立場上、いくら可愛い少年であっても、突然現れた不審人物なのだ。

 そして何も言わずに桜雅の選択を試している。


  朱璃を守り、そして監視できるところ。

この世界で生きていけるように教育も出来る事。

やがて桜雅の脳裏に1人の人物が浮かび上がった。

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