2-9 自白

 娘はわずか十二歳の生涯でした。娘は……マデリーンは殺されたのです。

 ジョンストンに。

 かわいそうに、怖かったでしょう、苦しかったでしょう。まだこれからだったというのにジョンストンはあの子を犯して、その命を奪った。そしてまるでごみのようにそこいらの道端に捨てたんです。私の大事なマデリーンを。

 私は十六であの子を産みました。電気工をしていたあの子の父親とは、あの子がまだ幼い頃に別れました。仕事先で女を作って、その女と一緒にどこかへ逃げたんです。私はそれからはひとりでマデリーンを育ててきました。裕福ではありませんでしたけれど、不自由な思いはさせまいとして、大事に育ててきました。いつかは結婚して、子どもを産んで、私は孫のお守りをおしつけられるんだ――そんな、ただ普通の幸せを彼女に望んでいました。親ならそう思うものでしょう? 生きていたら、孫がいたっておかしくないのくらいの年齢ですよ……。

 ジョンストンには子供がいないから親の気持ちなんかわからないんです。聞くところによれば子供も生まれる前に殺しているそうじゃないですか。そんな人間に、命がけで産んだ子供の愛おしさがわかるものですか。

 大事な私のマデリーンをただ一時の欲望のはけ口にされたこの口惜しさ。

 わかりますか? 男にはわからないでしょうとも。女はね、命を宿した瞬間から骨身をけずって命を育むんです。この世に押し出すのだって命がけですよ。そうしてやっと命というものはこの世に芽吹くのです。

 マデリーンは殺されるために生まれてきたんじゃない……。

 あの子はちょっときれいな子でした。白雪姫スノウホワイトじゃないけれど、肌が白くて髪は黒く、唇は赤かった。父親に似て、甘ったるい顔つきで、夢見るような目をしていました。ちょっとちやほやされたものだから、本人は舞い上がってモデルになるんだなんて言ってました。そんなこと、思わなければ殺されないで済んだかもしれなかったのに……。

 その日、マデリーンは夜遅くなっても家に帰ってきませんでした。また悪い仲間とよくない遊びをしているんだと私は思っていました。そのころ、あの子は私の言うことを聞かず、年上の少年たちと遊び歩いていました。彼らからマリファナを教えてもらったようで、部屋からポッドをみつけたこともあります。そのことできつく叱りつけたので、ますます私に対して反抗するようになっていました。

 ですから、その日もまたいつもの連中と遊んでいるのだろうと思い、私は彼らがたむろしているバーへとあの子を迎えにいきました。古い話ですし、田舎ですから、今とは違って若い子たちに酒を与える人もいたのです。ただではないようでしたけど……。

 あの子はいませんでした。私はマデリーンは一緒ではないのかと遊び仲間を問いただしました。しかし、彼らもあの子の行方を知りませんでした。その日はマデリーンを見かけていないというのです。その日の朝、学校へ行くといったマデリーンを送り出したのを最後に、私はあの子を永遠に失ってしまいました。

 警察に行方不明の届けを出してから、一か月が経った頃でしたか。マデリーンのものらしい遺体が発見されたから確認してもらいたいと呼び出されました。警察から連絡があった時、私は複雑な思いでした。とうとうこの時が来てしまったかという思いと、マデリーンがみつかって嬉しいという思い。生きているという希望を捨ててはいなかったけれど、気持ちの半分では諦めかけてもいました。死んでいるとわかった時のショックを和らげるために、心が準備をしていたのでしょう。

 それでも、マデリーンの遺体と対面した時の衝撃といったら、何と言ったらいいか。私の大事なマデリーンは、変わり果てた姿になっていました。あの白い肌はいまやどろどろに溶けてなくなって、骨がみえていました。夢見るような目にはうじがわいて、美しかった黒髪は泥がこびりついてぐしゃぐしゃに絡まっていました。

 ……私は叫んだと思います。よくは覚えていません。顔をみてあの子だとはわからなかったけど、ピンクのTシャツとプラスチックのパールネックレスは確かに彼女のものでした。ネックレスはあの子が気に入って普段身につけていたものです。長いものを二重にも三重にも巻いて手にまきつけてブレスレットかわりにしていました。

 マデリーンはレイプされて殺されたと聞いて、私は発狂しそうになりました。子供をレイプして殺すだなんて人間のやることじゃありません。畜生だってそんなことはしませんよ。犯人は畜生以下の存在です。

 マデリーンを殺した犯人はなかなかつかまりませんでした。警察は何の手がかりもつかんでいなかった。ずい分たってからあの子のTシャツから犯人のDNAが採取されましたけど、当時はDNA鑑定なんてものはまだなかった頃でした。

 当時、似たような事件が何件もあって、警察にとっては数ある事件のひとつでしかなかったでしょうが、私にとってはたったひとつの出来事でした。

 事件のことはいつでも頭にありました。忘れるわけがない。愛する我が子を守ってやれなかった口惜しさ、犯人への憎しみ。いつかこの手で犯人をつかまえて八つ裂きにしてやりたい。ずっとそう思っていました。

 DNA鑑定が捜査方法として認められるようになると、マデリーンの衣服からDNAが採取されました。それでも、犯人のDNAがわかったというだけで、犯人がわかったというわけではなかった。事件は解決したわけではありませんでした。

 そんな時、手紙を受け取ったのです。手紙を書いた人は、マデリーンを殺した犯人が物流王と言われる大金持ちのジョンストンだと教えてくれました。はじめは信じられなかった。でも手紙と一緒に、いろいろな資料が入っていました。警察の資料もあったと思います。それによると、マデリーンはモデルにならないかと声をかけられ、男についてトラックに乗ったとありました。マデリーンらしき少女を見たという目撃者の証言です。ジョンストンは若い頃、トラック運転手をしていたというではありませんか。マデリーンが行方不明になった当日、ジョンストンが仕事で私たちの町にいたという記録も含まれていました。マデリーンは別の州で発見されたのですが、その町にもジョンストンは仕事で訪れていました。

 資料を読んでいくうちに、私はジョンストンがマデリーンを殺した犯人だと確信しました。やつはけだものです。マデリーンの他にも何人もの少女を犯して殺しているんです。わかっているだけで六人ですか。そんなに……。手紙にはもっと多い数字が書いてあったような気がしますが、記憶違いかもしれません。

 手紙は誰からもらったか、ですか? さあ、差出人の名前はなかったように思います。その手紙はもう捨ててしまいました。同封されていた資料はきちんと取ってあります。証拠として使えそうだというのならぜひ使ってください。

 どうやってジョンストンに近づいたかですか? それはジョンストンが自宅で面倒をみてくれる付き添いの看護師を探していると聞いたから、チャンスだと思ったのです。看護師の資格がないだろうですって? ええ、そうなんですが、どうせ世話さえしてくれたらいいというだけのものだったのでしょう、資格のことは聞かれず、採用となりました。神がやつに天罰を与えようと私をお選びになったのだと今ではそう思います。

 ジョンストンという男はろくでなしです。人を人とも思っていない。私に対しても自分の世話をするロボットか何かのように思っていて、感謝なんかされたことはありません。私は復讐の機会をうかがっているだけで、感謝されようだなんてはなから思っていませんが、普通に看護師として面倒をみる人間だとしたら、不満を持ったでしょうね。実際、私の前には何人もの看護師が辞めていったそうですから。

 奥さまに対しても非常に冷たくあたられました。あの弁護士のノーマンさんと奥さまとの間に関係があって、ジョンストンを殺してその遺産を奪おうとしていると思いこんでいたようです。ノーマンさんは奥さまに気があったかもしれませんが、奥さまのほうで相手になさっていませんでした。奥さまはノーマンさんに失礼のないように接していらしてましたが、特に男女の親しみは示されていなかったように思います。だから、関係はなかったと思います。

 慈善活動に熱心でいらして、天使のようにお美しい、心も美しい奥さまがどうしてあんな男に我慢して結婚していらしたのか不思議でなりません。まあ、夫婦には夫婦にしかわからないことがありますから他人の私がどうこう言えることではありませんけど。

 ジョンストンが書いた新しい遺言状の証人サインを神父さまが拒んだので私がかわりにすることになった時は正直戸惑いました。何だか悪だくみがありそうな気がして……。でも遺言状の内容を読んで、ジョンストンが死ねば遺産はすべて慈善団体へいくようになると知って、こんな男でも死ねば遺産がいいことに使われるのならと迷いなくサインしました。何ならサインした瞬間にでも死んでくれてもよかったのに。

 そうです、私はジョンストンを殺すつもりでした。そのために看護師としてもぐりこんだのですから。ヒ素を盛り続けていたのは私です。

 ジョンストンは奥さまとノーマンさんを疑っていたようですが、見当違いもいいところです。ドクターに「誰かが殺そうとしている」と知らされ、ジョンストンは奥さまたちの病室への立ち入りを禁止しましたけど、毒を盛っていたのは私ですから。

 ドクターと私と神父さましか病室に入れなくなっても私は毒を盛り続けました。私の仕業だと気づかれても構わないと思っていました。ジョンストンさえ死ねばいい、そういう気持ちでいたのです。

 いつからヒ素を盛り続けたか、ですか。それは私が邸に来てからですが……。え? もっと前から盛られていた形跡がある? そうですか、でも私で間違いありません……。


パメラ・フォスター

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