2-8 告白

 わしは南アフリカで生まれ育った。両親はとうもろこしの農場を経営していた。兄弟は兄がひとりきりだ。

 二十歳の春だった。農場を手伝うのに嫌気がさし、わしはアメリカに渡った。何をしようというのでもない。何ができたわけでもない。結局、アメリカでもあちこちの農場を渡り歩いてその日その日を食いつないでいた。

 そのうち父が亡くなった。父の農場は兄が継いだ。素朴さだけが取り柄のような兄はわしとはまるで違っていた。向上心というものがまるでない。田舎の農場主におさまってその日暮らしていけるだけの糧があれば満足する、そういう人間だった。わしは違う。欲しいものは際限なかった。金、女。だが、日々のパンさえ手に入れるのさえ難しい。アメリカでわしはそんな生活を送っていた。

 トラック運転手をしながらアメリカで食いつないでいたある日、わしは兄から手紙をもらった。農場でダイヤモンドがみつかったという。わしは急いで帰国した。

 わしは兄に、農場経営をやめようと話をもちかけた。ふたりでダイヤモンドの鉱山事業をしようとも。利益は五分五分。だが、兄は首を縦に振らなかった。父が亡くなってから、いや亡くなる前から農場を守ってきたのは自分だ、お前は何もしてこなかった。ダイヤモンドの眠る農場は自分のものだ、お前にはびた一文やらないと、兄は言ってのけた。兄弟なのだから助け合っていかなくちゃならないというのに、しかもわしは当時困っていたというのに、救いの手をさしのべるどころか、払いのけるという。自分勝手で強欲な奴だとわしは兄に憤った。兄は農場は人手に渡すと言った。ダイヤモンド鉱脈つきの土地だから莫大な金額になる。土地を売った金はわしにはやらないと兄はぬかした。やる義理はないとも。農場は兄のもので、わしには何の権利もない。農場の売却を止めることもできなかった。

 ――わしは兄夫婦を殺した。

 ダイヤモンド鉱山を手に入れ、わしには大金が転がりこんできた。その金をもとでにわしはアメリカで運送事業を始めた。トラック運転手をしていたわしは、物流にビジネスの勝機を見出していた。作った物を誰かが運ばなきゃならん。物はどんどん作られる。あの広大な大地の隅々にまで物資を行きわたらせるのに、運送業は不可欠だったってわけだ。

 事業は大成功し、わしはさらに金を手にいれた。金のある人間には金が入ってくるものだ。

 わしは物流王と呼ばれるようになった。今の地位にのぼりつめるまで踏み台にしてきた人間は数知れない。わしを恨んでいる人間は星の数ほどいるだろう。仕事を失って家庭を失って自殺したような人間にとっては、わしが殺人犯人だろう……。

 ――初めて女を抱いたのは十四の時だった。相手は農場で働いていた黒人の女だった。三十がらみの、男とみれば誰とでも寝る女だった。女には娘がいた。わしはその娘とも寝た。娘は妊娠した。黒人女との間に出来た子どもを産ませるわけにはいかない。私は彼女と、その母親とを殺した。娘はまだ十二だった……。これが悪夢のはじまりだった。

 彼女は、夢に出てくるようになった。生まれてくるはずのなかった赤ん坊を腕に抱いて、白い歯を見せて笑いかける。その股ぐらからは血が流れ出ている。私は夢の中で彼女を犯す。彼女が息絶えるまで犯し続ける……。すべては夢のようだった。

 わしは少女たちを犯して殺した。何人殺したかわからない。十人か、ダースか、それ以上か。季節農業労働者として、トラックの運転手をしたりしてアメリカ中を放浪していた頃だ。

 少女たちは行く先々で適当にみつくろった。酒や煙草をちらつかせると彼女たちは黙ってわしについてきた。まわりからちやほやされて自尊心の強そうな子にはモデルにならないかとでも声をかければ無防備にわしの手の中に落ちてきた。欲望を満たした後は、始末に困って殺した。死体はそこらの道端に捨てた。トラック運転手をしていたから、どこに捨てれば見つからないですむかなんてことは心得ていた。

 兄夫婦を殺して大金を手に入れてからは、少女たちを見ても何とも思わなかった。金を造るほうが楽しかったからな。だが、金が黙っていても手に入るようになると、またあの邪まな欲望が頭をもたげてくるようになった。

 わしは最初の結婚をしていた。相手はボストンじゃちょっと名のある家の娘だったが、金に困っていた。むこうは金が欲しい、わしは名前が欲しい、互いに利益のある結婚だった。愛はなかった。わしは、普通の肉体関係では満足できない体になっていた。商売女は心得ている。彼女たちで満足しておけば……あの娘があらわれなければ……。

 彼女は美しかった。わしにむかって無邪気に笑いかけてきた。その笑顔がわしを誘っていた。少女だというのに、すでに女の媚を得ていた。

 わしは彼女を犯し、他の少女たちの時と同じようにそこいらに捨てた。三十年以上も昔の話だ。わしはその時、へまをしでかした。死体を処理する時、男に見られたのだ。逮捕されるだろうかと怯えたが、警察は別の男を逮捕した。少女の父親だという話だった。

 わしはまた金に執着する生活に戻った。金はいい。わしを裏切らない。わしは最初の妻も殺した。男を作ったのだ。男を作るだけならいいが、わしの金を食う男だった。男もついでに殺してやった。

 ――教会に通う十五歳の少女を暴行して妊娠させ、中絶を迫ったという話は本当だ。



 ジョンストンが罪の告白を終えたとたん、その心臓が皮膚を突き破って飛び出してきた。どす黒いタールのようなものを全身から滴らせ、鼻をもぎ取りたくなるほどの罪の腐臭を放っている。

 ジョンストンの罪をその身に引き受けるには、アルは悪臭をまとったその心臓を口にしなければならない。その心臓をつかみ取ろうとした瞬間、アルの手をかすめて心臓を奪った人間がいた。パメラ看護師だった。

 初老とは思えぬほどの素早い身のこなしで宙に浮いた心臓をつかんだパメラ看護師は、ジョンストンの心臓を地獄の底にむかって勢いよく投げつけた。

「地獄へ落ちろ、このくそったれが!」

 心臓はたちまち赤黒いタールの渦にのみこまれ、その姿を消してしまった。パメラ看護師による思わぬ邪魔が入り、アルは罪喰いに失敗してしまった。

 ジョンストンの汚れた魂をのみこんで満足したかのように地獄の門はゆっくり閉じようとしていた。取り戻しようがない。

 アルが諦めた瞬間、渦の中心から心臓が勢いよく飛び出してきた。全身を包んでいたどす黒い粘液はすっかり取り払われ、つるりとした表面を大小の血管が覆い尽くし、力強い鼓動を打っている。さっぱりしたとでもいいたげな心臓は、ジョンストンの胸の上で躍ったかとおもうと、皮膚をゆすってその下へともぐりこんでいった。

「長生きしろ、ジョンストン!」

 閉じようとする渦の奥からサタンの高笑いが聞こえてきていた。サタンはジョンストンの罪を洗い流し、健康な心臓を返して寄越したのだった。

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