ランデブー

 7分ほど経って前方にきらきらと光る機影が見えてきた。

 細長い胴体、細長い後退翼の主翼。その根本に4基のジェットエンジンが埋め込まれている。

 ぱっと見Tu-16のようだったが、どうやら3M爆撃機らしい。現実世界でも実物はお目にかかったことがない。生産数が少ないし、一番長く使われた給油機型もとっくのとうに退役していた。珍しい飛行機だ。よく見ると胴体の爆弾槽に給油用のドローグポッドをつけていた[1]。

「メルー、なんともなかった?」ネフが訊いた。

「うん、なんともなかったよ」メルーはおっとりした声で答えた。

「よかった」

「あら、新しい子ね」

「ジュラっていうの。カティっていうパイロットが乗ってるの」

「あらあら」

「ジュラ、お先にどうぞ」

 メルーはだいたい600km/hでまっすぐ飛んでいる。私はスロットルを引いて速度を合わせ、受油プローブの展開ボタンを押す。機首側面から鉤状の突起がせり出す。メルーが垂らしている給油パイプの先端にはバドミントンのシャトルに似たドローグがついている。そこへ差し込むように機体を動かすが、互いに気流のに揺られているので簡単ではない。狙い澄まして少し増速、ドローグをつかまえた。

「いい食いつき。たくさんお飲み」とメルー。

「感謝するよ。あんたたちがいなかったら飛んでいられなかった」

「飛んでいられるって、いい気分でしょう?」

「ああ。ねぇメルー、私たちはどうやらついさっきこの世界に放り込まれてしまったみたいなんだ。もとの世界に戻るにはどうしたらいいか知らない?」

「私も戻ったことがないから確かなことは何も言えないけど、ただ、可能性があるとすればあそこね。雷鳴の淵。あそこへ行ってごらんよ。あなたたちも雷に打たれてこっちへ来たんでしょう?」

「そうだ。確かにそうだった。雷雲の中で一瞬視界が奪われて、そのあと急激な下降気流を感じた」

「同じような体験をしてる子が多いの。だからあそこにある厚い雷雲に期待するんでしょう。実際、あそこへ入った子たちはこっちには戻ってこないんだわ。戻れたのかもしれないけど、とても恐ろしい場所だから、普通に考えたら、乱気流と雷に揉まれて墜落してしまったんだと思う」

「それはどの方角にあるの?」

「今で言うと9時方向。でもとても遠いよ。2万キロ以上離れているの」

「それは……」燃料を満載しても5回以上給油を要する距離だ。しかもそれは現実世界の計算であって、ここでは空気の薄い高空で燃費を稼ぐわけにはいかない。気流がどうなっているのかもわからない。飛行機が飛べても私の体力が続くかどうかも怪しいところだ。

「ひとっ飛びで向かうのは無理そうだな」私は言った。

「私でも無理だよ」

「そういえばメルーはどこで燃料を補給しているの?」

「空母だよ」

「空母?」

「といっても海に浮かんでるやつじゃなくて。ちょっと形が似てるからみんなそう呼んでる。船みたいに大きくて、飛行船みたいにゆっくり飛んでいる。で、その上にちゃちな飛行甲板を乗せているの。だから空母。でも速度が出てるから船の空母みたいに長い甲板は要らないんだわ。この世界には海雲というとても重たい雲があって、それがどうやら現実では大地から採掘する資源を供給しているの。そして空母だけがそれを汲み上げて燃料や部品に加工する機能を持っているの」

「この世界には海や陸地が存在しないってこと?」

「うん。少なくとも、誰も見たことがない。どこまで降下していっても1気圧の空が続いている。反対に、どこまで上昇していっても宇宙には出ない。私は自分で試したわけじゃないけど、そうみたい」

「飛行場ってものがないんだね」

「そうね。この世界で『足場』と呼べるものは空母くらいなのよね。だからこの世界の飛行機は基本的に飛び続けながら給油をして、武器と修理の用がある時だけ空母に降りるんだわ。私なんかは、ほら、燃料をどっさり抱え込む時だけだけど」

「空母に降りれば私も機体の外に出られる?」

「船によってまちまちよね。でも出られると思う」

 数時間で済むならいいが、長丁場になるなら食事と睡眠を取る場所が必要だ。用も足さなければならない。

「雷鳴の淵に向かうとして、道のりの途中で空母が見つけられるだろうか」

「わからない。空母は海雲を求めて移動しているし、海雲も移動している。まずは空母を探す方がいいと思う」

「どうやって探す?」

「空母は移動しているけど、それぞれ縄張りのようなものを持っているの。だから、その中を探すのが合理的よね。私が知っている縄張りをいくつか教えてあげてもいいけど」

「条件がある?」

「ううん、そうじゃないよ。私たちはそんなに狡猾じゃない。私もそろそろ在庫が少なくなってきたから、あとの2機の給油が終わったら、補給のついでに案内してあげてもいいよって言おうとしたの」

「そうか、それならぜひ頼みたい」

「フォアナイナースはどうする? 一緒に来る?」

「行くよ。あなたはSu-35でしょ。そのレーダーで警戒してもらえたらありがたいからね。さっきのスパイク[2]はとてもパワフルだった」とイトナ。

「じゃあ、決まり」メルーはそう言って左にバンクをとった。私も合わせて機体を傾ける。スピードを保ったままゆっくり大きく旋回。MFDに燃料計を呼び出して主翼タンクのバルブを閉じる。全てのタンクを満杯にすると機体が重くなるから、アテがあるなら少なめにしておいたほうが身軽だ。

「ねぇ、あんたたちは現実世界のことをよく知っているみたいだけど、私と同じように転移してきたの?」私は訊いた。

「あなたと同じかどうかわからないけど、そうね、もともと現実世界にいたのは同じ。フォアナイナースも、他の飛行機も、時期の開きはあるけど、みんな転移してきたのよ」

「他の飛行機って、そんなにたくさんの飛行機がここにいるってこと?」

「そうだね。広いから密度は大したことないけど」とメルー。翼を水平に戻して旋回を止める。

「定針。右方向に2度05秒、距離1880kmのポイントをマークして。空域の中心」

 私はMFDのタッチパネルを操作してデータを打ち込もうとしたが、それはすでに入力されていた。

「プロット……今!」とメルー。それに合わせて各機目標座標を確定。号令をかけるのはタイミングを合わせないと距離がずれてしまうからだ。定針したわけだからまっすぐ飛んでいれば目的地に着くのだが、風向きを考慮して少し左に機首を向けているのだろう。

「ごめんね。私古くてデータリンク使えないから」

「ねえ、メルー、この針路って」とネフ。

「そうだよ。スロストの縄張りを通ることになる」イトナ。

「残念だけど4機一緒となると燃料的に迂回していられないんだわ。他の給油機を見つけられれば話は違うけど」

「スロスト?」

「ブルーカナードのSu-35。厄介なやつでね、見つけたらきっと掛かってくるよ」とネフ。

「燃料の取り合いになってて、折り合いが悪いんだ」イトナ。

 嫌な予感がした。ネフとイトナの声のトーンかを少し低くなったせいだ。



―――――

[1]3MN-2は3M戦略爆撃機をベースとした空中給油機型の一種。爆弾槽からひとつドローグを垂らすスタイル。基本的にはTu-22M爆撃機への給油を想定している。Tu-16を想定したより古いタイプでは翼端同士を接して給油するシステムを積んでいたこともある。94年に退役したが、Il-78がポシャっていたらまだ飛んでいたかもしれない。

 2M,4Mから連なるミャシーシシェフ爆撃機はツポレフTu-95系と姉妹関係にあり、比べて航続距離が短いと言われるものの3MNは燃費重視のエンジンを積んでフェリー距離がだいたい11000km。Tu-95が15000kmくらいだから短いことは短いけど致命的ではない気がする。

 機体規模、搭載量、飛行性能も同じくらいで、脚(M系は補助輪自転車タイプ)とエンジンの配置を除けばシルエットもわりと似ている。


[2]レーダーロックのこと。戦闘機の場合、STTモードで指向すると明確にスパイクとなる。レーダーパルスを集中して目標に向けて鋭利な走査範囲を形成することからスパイク、すなわち「刺す」と表現するものと思われる。

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