駆け込み煩悩【From:ヒラメキン】
冷たく晴れた仕事明けの早朝7時前、言われたとおりにすっぴんのままで駅にむかうと、ベンチに座って落ち着きなく髪をなでたり膝のあいだに手を挟みこんだりしている鮫ちゃんを見つけた。
鮫っち、おはよう!と言っても反応がかんばしくない。
どしたの、と聞くと、緊張しちゃって、と言うから意外だった。
「鮫ちゃんでも緊張したりするんだねえ。大会とかで慣れっこなものかと思ったよ。」
「しますよ。それとこれとは種類が違いますから。しないんですか?緊張。」
「うーん。あたしは門外漢だからね。野となれ山となれよ!」
時間にはまだ余裕があったので、お腹がすいていたあたしは松屋に行こうと提案した。
「えっ。食べるんですか。」
「うん。だって腹ペコだし。」
ネギカル丼をむしゃむしゃ食べるあたしの前で、鮫ちゃんはため息をついていた。
時給で換算したら2500円。
おいしいな、とあたしの頭はそればかりであった。
「ほんとうにこういう仕事の経験ないんですか?」
「ないよん。」
「よくそんなに落ち着いていられますね。」
「モデルったって、ネットの片隅に載るだけでしょ?そんなの気になるもんか。そもそも、あたしはファッションサイトなんてちっとも見ない!」
「でもカメラマンさんとかメイクさんとかに見られるなんて恥ずかしいじゃないですか!私、どんなポーズとろうか昨日お風呂で考えてたんですよ!」
「そんなんむこうから指示がとんでくるでしょうよ。操り人形みたいに言われたことやってりゃいいのさ。行く前から気負ってたってしゃーないぜ。案ずるより産むが易しってね。」
「なんだか頼りになるような、ならないような……。」
発端は数日前にららぽーとで鮫ちゃんと買い物をしているときのことだった。
スノーボードの服を見たいと言った鮫ちゃんに付き合ってスポーツ用品店のなかをぐるぐる回っていたところを、とつぜん女の人に声をかけられたのである。
そこで、提案というより懇願という感じで、モデルをやってくれませんかと言われたのだった。
その人はちいさなアパレルブランドをやっている人らしくて、ECサイトに載せる宣材写真のモデルを探していたのだという。そこで目についたのがあたしたちふたりだったというわけ。
たしかにあたしたちはどっちも身長が170近くあるので、女性のなかを歩いていると目立つっちゃ目立つ。
それに彼女のブランドはなんだかジャージとかトレーナーとか、いわゆる、えー、スポーツカジュアル?だかなんだかをコンセプトにしているらしく、そういう意味でも「細すぎない」健康美たる私たちを適任だと思ったとのこと。
なんせちいさな会社だからあんまりお礼を弾むことができないけれど、と彼女が恥ずかしそうに言ったとき、やってもいいな、とあたしは思った。そしてそのことを伝えた。鮫ちゃんもなしくずし的にうなずいた。
電車は湾岸沿いをずーっと走った。
現場に到着すると、わかりやすく撮影隊の姿があった。あたし、ちょっとびびる。
さっそく化粧をほどこされ、鮫ちゃんとたがいのいつもと全然違う顔を指さして笑った。
撮影はやっぱり終始なごやかで、楽しいままあっという間に時間は過ぎていった。昼前には終わった。
マミコさん(声をかけてきた人。聞くと、社長兼デザイナーとのこと!かっこよすぎるぜ……)は撮影で使ったおそろいのジャンパーをあたしたちにプレゼントしてくれた。
またなにかあったら、と名刺を一方的に受け取り双方気持ちよくお別れ。
あたしと鮫ちゃんは帰りがけに焼き肉を食べ(緊張から解き放たれた鮫ちゃんは豪快に喰らっていた)、ゲーセンでプリクラを撮ったり(あたしはもう何年振りか知れない)、ドンキでバドミントンのセットを買って公園で遊んだりして、へとへとになって帰ってきた。
鮫ちゃんはちょっと休んだら、近所の山へ友達とのぼりに行くみたいです。男の子と、女の子と。なんだか話をする鮫ちゃんの顔がきらきらしていて、これは、青春!と年寄りくさいことを思ってみたり。
さて、今日は大晦日。
鯉ちゃんがそろそろ駅に着くとのことなので、くらげちゃんと一緒に迎えに行ってから、三人で手巻きずしや年越しそばの材料を買ってくる予定。
今年が終わる。いろんなことがあったけれど、いまが楽しいからあたしは幸せだ。
来年も楽しく過ごせたらいい。そういえば元号も変わるんだっけか。平成は苦しいことが多かったけれど、この借りは新元号で返してやるさ!かかってきやがれってんだ!
では、きっとこれが今年最後の記事になるでしょうから、あたしから。
みなさん、今年はお世話になりました。来年もどうぞ、よろしくお願いします。
それでは鯉ちゃんから連絡が来たので、迎えに行ってまいります!
よいお年を!
HiRame
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