転回【From:ヒラメキン】

 あたしは週に一度仕事で使って溜まった汚れものの洗濯物を抱えてコインランドリーに出かけるのがお決まり。


 今日がその週に一度の日になった。


 だいたいは天気と気分次第だから、正確に言うと週に一度とは限らないのだけれど。とにかく今日はステキな冬の夜だった、風が柔く吹いて、月がピカピカ光ってた。指でつまんで、爪の先にネイルみたいに乗せたらいい感じかも、とか窓から顔を出しながらくだらないこと考えたりしてたら、ふと外出する気になったというわけ。それになんと流星群がすぐ近くまできてるのだという。結論から言うと、ひとつも見なかったんだがね。

 あーあ。こんな日は海や山にいられればいいのだけれど、あたしは深夜にそこへたどり着けるだけのあらゆる方法に見放されているので、おとなしく洗濯機をぐるぐる回すことにした。


 夜中の、とりわけ夏の、便所サンダルをつっかけて出かけるコインランドリーがあたしは好き。といってもいまは冬なのだけれど、狭くて、ガタガタやかましくて、色々な虫が好き勝手に出入りするあの感じが、あたしは好きなんだよね。

 まあしかし一風変わった人が深夜のコインランドリーには実に多い。やってきては着ている服を脱いで洗濯機に放りこみ、パンツ一丁で競馬新聞を読みはじめる猥褻オヤジもいれば、あたしの目の前に椅子を運んできては真っ向から遠慮会釈なくじろじろ眺めてくる四十くらいの嫌な顔をしたオバさんもいる。前には声をかけてくる不埒な輩もいた。けれど、割にそいつは意気地なしで、ちょいと脅しつけてやってからというものの姿を見せていない。

 こういった不愉快な常連とたびたび顔を合わせながらも、泣きじゃくるメイクガタガタの女子大生風女子や、突然逆立ちをはじめて顔を真っ赤にしながら小数点をぶつぶつ口ずさむ筋骨隆々の男など、無害な、それでいておもしろい人たちに出くわすこともあるから、やめられなかったりするわけだ。


 ところで、今日また愉快な人に出会ったのでお話する。


 コインランドリーには両替機がないため、小銭をつくるためにしばしば店の前の自販機で飲みたくもないジュースを買ったりするのだけれど、今日も自販機の前に立ってどれにしようかなと考えていると、なんと!つり銭切れである!

 こりゃ困ったことになったぜよ、とあっけにとられていると、先にいいですか、と後ろから男の声がした。

 おどろき、あらごめんなさいと謝って飛び退いた死角からじろじろ観察してみると、彼はイマドキ風のキノコみたいな頭をしたスタイルのいい若き青年で、可愛らしいキャラクターをあしらったラメでキラキラのサンダルをつっかけている。

 これは、どっちだ?とそのサンダルを見ながら考えていると、ふいにつま先がこっちをむいた。

「あの、すいません。両替ってできませんか。」

「ごめんなさい。あたしもちょうどそのことで困っていて。」

 沈黙。

「このへんで一番近い自販機って、この通りのむこうにあるやつですかね?」と彼は白い指先を闇のむこうに向けながら言った。

「おそらく。」

 行ってみましょうか、とあたしは言っていた。ほんとうに、気付いたら言ってた。言ってから、あ、と思った。

 行ってみましょう、と彼は頓着せずに言った。

 ちゃんと見ると、彼はとても端正な顔立ちをしていた。なんだか綺麗すぎるくらいだった。あたしはいわゆるイケメンというものが苦手なんだな。ほんとの話。顔立ちが整っていれば整っているほど、すーっと心臓の温度が下がっていく。理由はわからない。けどもしかしたら、人間は自分にないものを持っている人に惹かれるとか言う、あれが関係してるのかもしれないな。同族嫌悪って言うのかな。つまりさ、あたしだってたぶん贔屓目に見てもそこそこの美女なわけで、鏡にむかえばそれなりに見栄えのする目とか鼻とかおでことかがあって、それらが空虚なものだということを身をもって知っているわけよ。そして、それらがもたらす自惚れの強さと、自惚れた人間のあまりの退屈さに思い当たる節があるぶんだけ、辟易していたのかもしれないね。

 そりゃルックスがいいってのもなかなか大変なことがあるもんでさ、実際の話ルックスがいいにも関わらず、それを自覚していない役柄だとか、あるいはすっかり自覚しているんだけど開き直っちゃうような役柄を演じなくちゃならないわけよ。まったくのところさ、無関心でいるということは許しちゃくれないわけ。あっちこっちから首を突っこまれてさ。それについて自分がどう思ってるかってことを詮索されるんだよな。嫌になることだってそりゃあるよね。

 サバサバしてるとか、小悪魔だとか、自意識過剰とか、どっちに動いたってなんらかの意味を与えられてしまう。それってちょっと疲れちゃうもんなんだよ。たしかに不細工ではない。チヤホヤされもする。けどさ、それだって別に自分で選んだことじゃないわけよ。わかる?わからない?わからなくて結構。言われてもわからないことってあるよね。これはその一例というだけの話。

 

 あたしはこのドラマみたいな状況を鼻で笑い飛ばしながら、彼と連れ立って白線沿いを歩いた。


「貴方は今日が星降る夜だと知っていますか。」


 出し抜けに彼は言った。

 おや、とあたしは思った。

「知ってますよー。流星群ですねえ。」

「ぼくはね」と彼はややかぶせ気味に言った。「雲のむこうの流れ星に願ったんです。地上に落下する星のかけらが散り散りの輝く粒子となって、ぼくと、まだ見ぬだれかの瞳に人生をまるきり変えてしまうような素敵なロマンスを灯しますように、って。」

 おやおやおや。

「貴方は、もしかして織姫さまかい?」


 ざわっと鳥肌が立った。

 季節はやはり冬の頃である。


「あ、自販機ありますよ〜。」

「これは、まるで僕らのためだけに降りてきた、地上の、オリオン。」

 あたしはこらえきれず吹き出した。

 ひひひひひ!

 変人だ!気に入った!

 あたしは変人が大好きである!

 おのれ、遅れをとってなるものか!負けじとこちらも咳払いをする。

「まさか、あれが噂に聞く長方形型侵略破壊兵器『赤いコカ・コーラのオリオン』……!むむむ、実に手強そうだ。が、退くわけにはいかぬ!我らナイトオンザアースの名にかけて!いくぞ、コスモス少佐!後に続けぃ!」

「しからば承知した!いざ参らん!」


つり銭切れ。

ガッデム!


ええい乗りかかった船だ!と結局あたしは彼の歩むポエム道に悪乗りし、彼の言うところの星座をめぐる旅に、終着点なる最寄りのコンビニ(第九の惑星)まで付き合った。


「星の運命に従って、ぼくたちは必ずまた逢うことになるでしょうな。ちなみにラインはやってますか。」

「やってません。」

「そうですか。では銀河の導きによってふたたび逢いましょう。たとえば、来週の木曜日とかに。」

「その日は仕事で忙しいんで逢わないでしょうね。あ、それじゃあここで!」

「お達者で!アディオス!」

 彼はしゅびっと敬礼してみせた。

 あたしは彼の衛星軌道上から無理に飛び出す気もなくなっていた。すくなくともしつこい男ではなさそうだし。友達にならなれるかもしれない。


 いや、どうだ?


 あたしはぐるぐる回転する乾燥機のなかの衣服を見つめながら、ひとりで思い出し笑いしたり、はっと正気に帰ったりした。


 今日もこれから配達。


 HiRame

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