鼠【From:くらげ】

身長160.7センチ。体重43.3キログラム。B型。女。親も兄妹もなし。二十一歳か二歳か三歳。独身。中卒。名前はくらげです。本名じゃありません。絵を描いています。文章は苦手。料理も苦手。苦手なものはたくさんあります。得意なものはとくにありません。自己紹介は以上です。前回うっかり忘れていました。

終わり。



今日はFさんと会った。

小洒落たコテージのようなたたずまいの喫茶。絶品のクリームシチューをちまちまスプーンですくいながら私のちいさな作品のいくつかを眺める彼を私は上目がちに見ていた。なにも初めてというわけではないのにいつもひどく緊張する。彼の眼のなかにもしも青みがかった灰色を見つけたなら、私はいたたまれずすぐにでも立ち去ってしまったことだろう。けれどもやはり彼は褒めてくれた。ほとんどおおげさなくらいに。すべて買うよ、と彼は言った。私はうなずいた。彼はバッグから封筒を出した。足りなければ遠慮なく言ってくれていい。私は充分だと伝えた。お金にケチをつけるなんてことはできない。ささやかな自信や誇りはあるけれどそれがどれだけの価値を持つかということは私には皆目見当がつかない。でも私はその封筒の重みや厚みから無意識に計算機をはじいていた。あそこの借金。こちらのツケ。私には生活がある。そういうことなんだと思う。私の絵は切り開いた私の内臓の底に溜まった赤と黒の感情を筆に乗せて描いたものであり、人間の眼には吐き気を催させ、苛立たせ、忌避される類のもの。Fさん以外に欲しいと言った人はいまだかつてだれひとりとしていない。


私たちはしばらく話をしてから別れた。電車の窓からちいさな黄色い花が群生しているのが見えた。それは重たい都市のすぐ側にある骨壺みたいなコンクリートの隙間にあった。でもだからと言って、別になんていうこともないのだけれど。

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