第6話

事件の捜査のために山形県天童市に来た西世田谷署の小山田刑事たちは、被害者が警察官時代に関わった二件の少年事件の関係者を当たっていた。

一件目の少年は立派に更正し、父親の工場で働いていた。二件目の少年は、暴力事件を起こして逮捕されたが、その後のことは天童署でも分からないとのことだったが、元同僚の話だと、その少年のことは何かと気にかけていたということだった。調べによると、父親は韓国人で、母親は部落出身者で、少年は小学生のころからいじめられたり、差別されたりして、相当鬱屈した子供時代だったということが分かった。


その家は、町外れにぽつんと建つ古びた一軒家だった。表札には末盛とある。

築年数は相当経っているようで、外壁の塗装は剥がれ、茶褐色の色が侘しい感じの家だった。玄関の呼び鈴を鳴らすと、なかから人が出てきた。

50歳代の女性である。

「警察の方ですね。私はここの妻の妹ですが、姉の夫は入院中でして、何を話せば良いのか・・・」

「息子さんはどうしましたか」

「姉がもうずいぶん前に死んで、独り身の私がこちらに住んで父親と子供の面倒を見ておりました。息子の盛夫はこちらの定時制高校を出てすぐに東京に行っております」

「じゃあ、息子さんとの連絡は無いのですか」

「はい、東京に行ってから数回はあったのですが、数年前からは全然話ていません」

「こちらにも帰ってないと」

「はい、そうです」


彼女の話によると、息子の盛夫は、中学校に入ると粗暴になって、たびたび暴力事件を起こした。とくに小学校六年生のとき、病気で母親を亡くしてから、どんどん粗暴になっていたということだった。

だが、本来は頭もよく、優しさのある男の子だったと、少年の叔母に当たる女性は話した。ただ、被害者との関わりは、少年本人と警察官だった被害者のふたりの間のことで、家ではほとんど口を聞かないので、知らないとのことだった。




小山田たちは、父親が入院している病院を訪ねた。

総合病院の相部屋の一室にその父親はいた。


「息子さんとは会っていないのですか」

「もう何年も会っていません。でも、東京で成功して、自分の会社を持ち、有名人になってテレビにも出てますよ」


小山田たちは驚いた。

粗暴な少年がひとり東京に向かい、都会という荒波を乗り越えて成功者になっているという事実。

こんなこともあるのかと、内心うれしかった。

同じ警察官として被害者は、人殺しの犯人を捕まえることしかない自分たちとは違って、過ちを犯した少年と真摯に向き合い、正しい方向に向かわせていたことを誇りに思った。


少年の父親は末期の癌だった。医者からも告知されていた。父親は出来れば死ぬ前に息子に会いたいと言った。親としては当然の思いだろう。小山田は、父親から聞いた息子の会社の住所と電話番号で、東京に帰ったらすぐに息子に会いにいき、そのことを伝えると約束した。


「可哀相ですね、あの父親。息子に会いたいだろうに」

「息子の気持ちも分かる気がする。悲惨な思いでしかない故郷に帰りたくないということだろうな」

「息子は父親が重病だということを知らないみたいですね」

「だろうな。早く知らせたいよ」


小山田たちは、帰りの新幹線でこんな会話を交わしていた。





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