同級生と遠足②

 遠足当日。

 昨日の夜はソワソワして、勉強があまり手につかなかった。

 日記にも、明日は鈴之瀬さんや由良さんと仲良くなりたいと書いてしまって、読み返してからとても恥ずかしくなった。この日記を読み返す数年後、きっと苦笑いしてると思う。

 そんなこともあって、いつもより二時間も早く布団の中に入ってしまったから、朝の起床もだいぶ早くなってしまった。

 具体的には普段より三時間くらい早かった。

 おかげで今になって、ちょっと眠い。

「おっはよ、あまつちゃん」

 グラウンドに到着した本日私たちの学年をUSKまで送迎してくれる大型観光バスの前でボーッと、まばらに集まり始めた周りの生徒の顔を眺めていると、朝から元気な鈴之瀬さんが私に向かって駆けてきてくれた。まだ集合時間の三十分前なんだけど。私と同じで朝早く起き過ぎてすることがなくなっちゃった仲間だろうか。

「おはよう、鈴之瀬さん」

「あれ、なんかちょっとお疲れ気味?」

「朝、早く起きちゃったから。鈴之瀬さんも、今日は来るのとっても早いね」

「だってバスの乗り順、早い者勝ちなんでしょ?なるでけ早く来て、一番後ろの席キープしたいじゃん」

 ああ、そういうこと。

「班のみんなが集まってから乗るようにって言われてたっけ」

「そうだっけ?あ、でもほら山上くんと石田くんはあっちの方にいるよ。やっほー。おっはよー」

 そう言いながら二人に向かって手を振る鈴之瀬さん。本当だ。ボーッとし過ぎていてちゃんと見つけられていなかった。

「鈴之瀬さん、早いね」

 石田くんが近寄ってきてそういうと「またそれー、さっきあまつちゃんにもそう言われたんだけど」と鈴之瀬さんがムッとした顔をする。

「昨日大遅刻かましてたからだろ」

「さすがに遠足の日は遅刻しないってーの」

「そこは通常授業の時も定刻に来るようにしようよ、鈴之瀬さん」

山上くんの小声のツッコミに食いつく鈴之瀬さん、に食いつく私。

「後は由良さんだけなんだよね」

 石田くんの言葉に、私は鈴之瀬さんを見る。

「由良さん、来られそうなのかな」

「朝モーニングコールしたら、大丈夫って言ってたけどなー。一応もっかい電話してみよっか」

「必要ないから」

 後ろから声がして、肩がびくっと垂直に上がった。

 恐る恐る振り返ると、金髪で小柄なマスクをした女生徒が私たちの後ろに立っていた。

「おはよう」

「おはよう、ございます」

「おっはよ、由良ちゃん」

 由良さんからの挨拶に思わず敬語になってしまった。鈴之瀬さんは本当に由良さんと親しいらしく、軽く挨拶を交わしている。

「山上くんと石田くん、だよね。今日はよろしく。あと、友坂さんも」

「はい、こちらこそ」

 何だろう。凄くオーラが強い人だ。

 私や鈴之瀬さん相手には普通に軽口を言い合っていた男性陣も引きつった顔で声をかけようとしない。

「じゃあほら、とっととバスに乗り込もう?後ろの一列は我が班の手中也―」

 鈴之瀬さんがスキップでもしそうな勢いでバスの中に入っていく。私も男子陣も由良さんも、後に続いて乗り込んだ。

 まだ他の生徒が乗っていないバスはがらんとしている。一番後ろのシートのど真ん中に腰を下ろした鈴之瀬さんは少し踏ん反り返りながらご満悦そうな顔だ。

 その鈴之瀬さんの左隣に私と由良さん、反対側に男の子二人が収まる。由良さんと鈴之瀬さんに挟まれる構図というのは、中々どうして緊張するものがある。

「由良ちゃんの方はもう体調大丈夫なの?」

「大丈夫よ。ちょっと喉がイガイガするけど、このくらい、のど飴でも舐めていたら問題ないから」

 マスクをしていると、どうしても病人感を強く感じてしまう。本当に無理をしていないと良いけど、と少しだけ顔を覗き込んでみる。少し大きめのマスクから出ている少しつり目がちな勝気な目と、マスク越しでもわかる小さな鼻が、細いけれど形の整った眉。お人形のように可愛らしい人だ。

とか思っていたら、由良さんと思いっきり目が合ってしまった。

「あ、あの、改めて、今日はよろしくお願いします」

「こちらこそよろしく、友坂さん。最近あの部活に入ったんだっけ」

「いえ、入ったわけじゃないんですけど」

「そうなの?」

 そんな会話を始めていると、チラホラと他の生徒も乗り込んで来た。私たちが一番後ろの席を陣取っているのを見て、早過ぎだろーと笑っている人も何人かいたりした。

「あ、鈴之瀬。おはよう」

「おはよう、木下くん」

 木下くんも、朝からとっても元気である。それに挨拶をする鈴之瀬さんは反比例してさっきより元気がなくなってる気がするんだけど。

「俺さ、トランプとか持ってきたから、バスの中で遊ぼうぜ」

「って言われてるよ、山上くん、石田くん」

 木下くんのアピールを男性陣に投げてしまう鈴之瀬さん。拒絶の意志がわかりやすい。

 しょぼしょぼと山上くん石田くんとトランプを始めた木下くんが何だか少し可哀想に、っていうかトランプはやっぱりやるんだね。

 これは鈴之瀬さんと仲良くなるだけじゃなくて、本当にトランプで遊びたかったというのもあるんじゃないだろうか。何だかそれはそれでやっぱり失礼かもしれないけれど、可愛く思えてしまう

「友坂さん」

 くいっと制服の裾を引っ張られて横を向くと、鈴之瀬さんが私のことを見上げていた。わぁ、とっても睫毛が長い。そして顔が小さい。

「話を戻して悪いんだけど、本当に入部したんじゃないの?」

「はい。鼓くん、えっと部長代理さんでしたっけ、から勧誘してもらったんですけど。返事は保留させてもらっているので」

「ふーん。そうなんだ」

「あの、入部が嫌とかそういうわけじゃなくて。今まで部活動に入っていたことがないから心の準備ができていないっていうか」

「ああ、別に気にしてないよ。私は入部したって聞いてたから、ちょっと不思議に思っただけ」

 誰だろう、そんな誰の得にもならない嘘を吐いたのは。

 ほとんどの席に人が座り、先生が乗り込んで来て点呼を取る。

 風邪が治りきらなかった生徒もちらほらいるみたいだけれど、ほとんどが出席していた。

今年は同じクラスではないけれど、鼓くんもきっと遠足に参加しているんだろう。今年は問題を起こしてないと良いけど。班が違うから、すれ違うことはあっても話すことはないかもしれない。

バスが発車する。見慣れたグラウンドから普段は開かない北門をくぐって目的地公道に出た。見慣れた景色はすぐ、名前も知らない高速道路の中へと入っていく。

「そういえばさ」

 早速リュックの中からお煎餅を取り出す鈴之瀬さん。タイミングが早すぎるとも思うし、チョイスが何だか高校生らしくないような気もする。

「二人は聞いた?神様探しの件」

「神様探し?」

 由良さんと顔を見合わせる。

「私は部長から聞いたわよ」

 部員のみんなには回っている話らしい。

「そっか。何だか匿名でタレコミがあったらしいよね」

 私の方にお煎餅の入った袋を傾けながら、鈴之瀬さんが言う。これはお煎餅を食べてもいいよという、お裾分けみたいなものなんだろうか。

「ありがとうございます」

「良いってことよ。由良ちゃんも食べる?」

「私は良いわ。のどに引っかかりそうだから。気持ちだけもらっておく」

「そっかー」

 言いながらマスクをちょっとつまんで、下に出来た隙間から喉飴を口に入れるような動きをする由良さん。喉、相当辛いのだろうか。

「学内に神様が紛れ込んでるーとか何とか言っていたけれど、それを探してる人がいるんだってさ」

 二枚目のお煎餅を咥えながら喋る鈴之瀬さんは実に器用だ。

 匿名のタレコミの話を部外者の前でさらっと開示してしまって良いのかも謎だけれど、その内容も実に謎だ。神様が紛れ込んでいるって。それは生徒や教師に扮して、ということなんだろうか。それとも無機物の可能性もあったりするんだろうか。

 というか紛れ込むってどういうことなんだろう。事の経緯がとても気になる。

その話が教室で聞いた只の噂話であれば、胡散臭いなぁ、の一言で片付いてしまう事だけれど、今回はそういうわけにはいかない。対象が神様ではなかったけれど、最近逸話に絡んだ似たようなことに首を突っ込んでしまったばかりだ。

明星くんの人とは思えない力を見せてもらった後だと、胡散臭い、なんて言えるわけがなかった。

「何か手掛かりでもあるわけ?」

「さぁ。そこまでは部長、言ってなかったからなー」

 由良さんの質問に、ざっくりとした返事をする鈴之瀬さん。見るとその手に握られていたお煎餅の袋はもう空になってしまっていた。鈴之瀬さんはもしかしたらお煎餅が好物なのかもしれない。

「二人は部活動に所属しているくらいだし、こういう不思議な話に出逢うのには慣れているの?」

「慣れてるっていう程じゃあないし、慣れたくもないわ」

「そうだよね。でも、逸話がらみで部員全員部長に色々と借りがあるから」

「借り?」

「だからそういう意味ではこの部活動が恩返し、みたいなところもあるの」

「そうなんですか」

 由良さんがそう締めくくる。ということは、部長さんが一番こういった話には免疫があるということなんだろうか。一体どんな人なんだろう。もしかしたら、廊下ですれ違ったりしているんだろうか。

「学内で神様って言ったら何だろう。二宮像とかかな」

「うちの学校に二宮像はないから」

 鈴之瀬さんの言葉にピシャッとツッコミを入れる由良さん。

「神様って言われても、全然ピンとこないですね」

「だよね。あ、でも。あまつちゃんってこの間の入部試験の宝探し、ほとんど一人で見つけちゃったんでしょ」

「そうなの?」

 鈴之瀬さんの言葉に、由良さんの大きな瞳が私を興味深そうに捕らえる。

「あの時は甲斐くんと小西くんを少し手伝っただけなんですけど」

「でも、図書館に隠されているっていうのも、どの本棚にあるっていうのも推理したのはあまつちゃんだって聞いてるよ」

「へー、やるじゃん」

 由良さんが少し驚いた顔になる。この様子だと、入部テストの内容も回答も知っているみたいだ。

「たまたまですよ。運が良かっただけです」

「運も実力のうちなんだから、素直に褒められとけばいいんじゃない?」

 由良さんがくすりと一つ笑う。その笑顔がとても大人っぽくてこちらの方が驚いてしまった。

「そーそー。その調子で今回も神様をサクッと探してみちゃおうよ、あまつちゃん」

「あの時は今回と違って明星くんから沢山ヒント貰ってましたから。そう毎回上手くはいきませんよ」

 あれ、そういえば。

 一つ心に引っかかりが出来る。

 そのことを深く考える前に、鈴之瀬さんのふぁーっという遠慮のない欠伸が聞こえてきた。

「はー。私昨日あんま眠れなくてさ。ちよっとだけ寝てても良いかな」

「良いですよ。目的地に着いたら起こしますね」

「あ、じゃあ私も良い?」

「由良さんはむしろ気遣いなく寝ちゃってください。体調が悪くなったらすぐに声を掛けてくださいね」

 両側の二人が目を閉じてしまったのを見届けてから、私も目を瞑る。今日は無駄に早い時間帯に目が冴えてしまっていたから、今になってこのバスの揺れがとても心地良い。

 前のシートに備え付けてある飲み物やお菓子を置く小さな机を手前に引いて出し、その上に突っ伏する。体重をかけたら潰れてしまうかな、と思ったけれどそんなにヤワな作りじゃなさそうだ。安心してそのままもう一度ゆっくり目を閉じた。

 バスの心地良い揺れに、クラスメイトたちの賑やかで楽しそうな声がどんどんと薄く揺らいでいく。

 そうだ、何で明星くんはあの時、無関係の私にヒントなんて出したんだろう。

 思い浮かんだ疑問は溶けて、そのまま意識は黒く沈んでいった。

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