同級生と遠足①
ロングホームルーム。
生徒がガヤガヤと席を立ちながら仲の良いクラスメイト同士で集まっていく。
遠足の班は今回、男女混合で五人から六人で作らないといけないらしい。あまり仲の良いクラスメイトがいないので、クラス内でまばらなグループが作られていく様子を自分の席から眺めていた。どこかのタイミングで席を立たなきゃいけないけど、それは班の人数が足りなくなったって話が出てからでも大丈夫。
そう思っていたら、ピンク色の髪をした女の子が学生鞄を持って颯爽と登場した。
「鈴之瀬さん?」
「おっすーあまつちゃん。昨日ぶり」
「今日は学校、お休みだと思ってたけど」
「まぁね。一応明日の遠足のこともあるし、病院に行ってきたんだよ。でもお医者さんからはもう大丈夫ですよって言われちゃったから、そのまま登校しちゃった」
ぱっと見た顔色は、確かに悪くないみたい。
「よかったね。遠足いけそうで」
「本当だよ!今年の遠足ってUSKなんでしょ?アタシ絶対行きたかったんだよね」
この辺りでは一番大きなテーマパーク、その名もUSK。テーマパークに縁遠かったので、どんな施設なのかはあんまり知らない。
前の空いた席に腰を下ろした鈴之瀬さんは、先生に「鈴之瀬伎、登校しましたー」と大きな声で報告する。盛大な遅刻だけど、時間がホームルームだからか、それとも遠足の準備だからか、先生も軽く手を上げて流すだけだし生徒の間でも悪目立ちしているような雰囲気じゃない。これだけ髪色が変わっていても、一年間一緒の学年だと流石にみんな慣れているみたい。
「ね、あまつちゃん。一緒に班組もうよ」
鈴之瀬さんが鞄を机に置きながら、改めてこちらを振り返る。
「鈴之瀬さんと一緒の班になれたら嬉しい、けど」
「けど?」
本当に良いの?
聞こうと思って、やめた。自信がないからって、鈴之瀬さんを困らせるのは違うだろうし。
「ううん、何でもない。一緒の班になってくれると、とっても嬉しい」
嬉しいという気持ちをきちんと伝えることの方が、ずっと大切だ。
昨夜、鈴之瀬さんともっと仲良くなりたいと思ったばかりなんだから。こうやってチャンスが巡ってきて、むしろラッキーなくらい。
「良かった〜!アタシもざっと見た感じ仲良い子がいないし、結構寂しかったんだ」
へへっと笑う鈴之瀬さんは可愛い。くりんと上がった長い睫毛が、笑った拍子にふわりと跳ねた。
「由良さんの班どうしよっかー」
目立つタイプの男子生徒がクラスメイトに向けて声を張って尋ねた。由良さんは今日もお休み。二年生になってから、まだ一度も顔を見ていない。遠足には、来れると良いんだけど。
「ならアタシたちの班に入ってもらうよ」
鈴之瀬さんが手を上に向けてユラユラと振りながらそう言った。
「ね、あまつちゃんも良いでしょ?」
男子生徒が、由良さんは鈴之瀬さんの班デース。と先生に報告している姿をバッグに、鈴之瀬さんが尋ねてくる。
「うん。もちろん」
由良さんと実際に話したことはないけど、仲良くなれたら嬉しい。
倶楽部のことも、由良さんならもっと詳しく話してくれるかもしれない。
「そういえば、鈴之瀬さんと由良さんは同じ倶楽部だけど、仲良しなの?」
「モチだよ。マブダチだよ?」
マブダチって、ダチはともかくマブってどういう意味なんだろう。マブの起源が気になる。
友達をダチって略すのには、なんだかそれじゃない感があるんだよね・・・と意識が逸れかけた時「ねぇねぇ」と上から声が降ってきた。
「俺らと一緒に班組んでよ」
明るい髪色の男子生徒。さっき壇上でみんなに向かって由良さんの班をどうするか聞いてた人だ。
「ってか由良と鈴之瀬はともかく、友坂って組み合わせ、何か意外だな。タイプ全然違うじゃん」
もう一人はガタイの良さそうな男子生徒。
座っている状態から見上げるていると、首が少し痛い。
確かに由良さんと鈴之瀬さんは学年、というか学内でも目立つタイプだから、そういう人同士仲が良いって言われるとわかるような気がする。その中に地味な容姿、成績も中の下な人間が割り込んでるのは確かに変わってる。変というか、妙というか。
一人だけ髪の色が黒だからかもしれない。髪を暖色にしたら、違和感がなかったのかも。
「な。絶対楽しくなるよう頑張るからさー」
班を組もうと誘ってきた男子生徒は、鈴之瀬さんに話しかけている。鈴之瀬さんが座っている席の横にしゃがみ込んで、彼女の顔を見上げながら両手を合わせている。
「えー?」
鈴之瀬さんの方は、いつもと変わらない笑顔だ。
「友坂もさ、俺たちと一緒だったら楽しめるって」
鈴之瀬さんが手強いと思ったのか、こちらに話を振ってくる男子生徒。そうだ、確かこの人は木下くんという名前だった。
「でもさー?」
木下くんにリアクションを取る前に、鈴之瀬さんがスクッと椅子から立ち上がる。
短くしたスカートがひらりと揺れて、中から黒いショートパンツの端が見えた。
そんなこと気にも留めていない様子の鈴之瀬さんは、端の方で数個の小グループを作っている男子生徒を眺めている。そしてその中の一グループのところまで、ゆったり歩み寄って、彼らを指しながらこちらを振り返った。
「アタシたち、このモブくんたちと同じ班になることになってるから」
モブくんたちって、どういう日本語なんだろう。小首を傾げるようにして、にっこりと笑顔を作る鈴之瀬さん。
「だから、ゴメンね」
その笑顔からは容赦ない拒絶の意思が伝わってきた。
「え、何でソイツらなわけ」
「何だ、もう決まってたのかよ。ほら、俺たちもサッサと他当たろうぜ」
鈴之瀬さんを誘っていた木下くんは不満があるみたいだったけど、もう一人のガタイが良い男子生徒、ああそうだ村井くん。彼は村井くんだ。村井くんはそんな木下くんを引きずるようにして、他の女生徒が集まる反対側の壁際に向かっていった。
木下くんが本当に鈴之瀬さんと一緒の班になりたかったという気持ちは痛いほど伝わってきた。でも村井くんの気持ちもわかる。さっきの鈴之瀬さんの笑顔は、怖い笑顔、だった。
同じ班になることが決まっていても、ちょっとヒヤッとしてしまったくらい。鈴之瀬さんは笑顔で人を凍りつかせるのが上手だ。
「あまつちゃんもモブくんたちも、それで良いでしょ?異論ないよね?」
由良さんの時も思ったけど、それって事後報告って言うんじゃないかな。
モブくんたちと呼ばれた二人は、顔を見合わせてしまった。突拍子も相談もなく遠足の班が決められてしまったんだから、文句もあると思う。大ありだよね。というか、いつまでも自分たちをモブって呼んでいることに、戸惑いよりも反感があるのかも。
「鈴之瀬さん、クラスメイトの名前くらい覚えよう。二人は山上くんと石田くんだよ」
席から立ち上がって三人に近付きながらそう言うと、鈴之瀬さんはニパっと効果音が聞こえてきそうな笑顔を見せる。
「自然が溢れた良い名前だねぇ。明日の遠足ではよろしくだよ」
にっこり笑っているけれど、それならさっきの木下くんと村井くんだって、名前が自然で溢れていたよ。それに一緒の班になることが決定してるみたいな言い方だし。
「班って言っても、最初と最後だけ一緒に居ればいいんだよね?そっちも男同士で気兼ねなくテーマパーク楽しみたいだろうし、アタシたちも女同士で仲良くやりたいもん。邪魔にはなんないと思うよ?」
あっけらかんとそう言う鈴之瀬さん。
「まぁ、そういうことなら」
と山上くんがしぶしぶ了承してくれる。
「俺たちも女子グループを誘いに行く勇気なかったし、むしろ、ありがとう?」
石田くんは少し照れたように笑ってくれた。
同級生の、しかも男の子を相手に失礼かもしれないけれど、その笑顔はちょっぴりかわいい。
「いえいえ、どういたしましてー」
鈴之瀬さんはそう言い残して、黒板の前にいる学級委員長に班の報告しに行ってしまった。というかそもそも、ありがとうを言わないといけないのはこっちだと言うことを思い出す。
「山上くん、石田くん。一緒の班になってくれてありがとう」
一礼してから自分の席に戻ると、戻ってきた鈴之瀬さんがまた前の席に腰を落ち着けた。鈴之瀬さんの席は他の女の子グループが占領しているから仕方ない。
「明日の遠足、楽しみだねー」
るんるんという効果音でも付きそうな口調で、鈴之瀬さんが笑いかけてくれる。
「鈴之瀬さんは木下くんと同じ班になるのが嫌だったの?」
「木下?」
一緒に班を組みたいと言ってくれていた相手の名前も覚えていなかった。
木下くんは鈴之瀬さんのことを親しく思っている感じだったけれど、実際はそんなことなかったのかな。
「さっき一緒の班にって誘ってくれた男の子のことだよ」
「ああ。あの人ね」
クラスメイトをあの人って。ちょっと他人行儀な言い方に、何だか違和感がある。物凄く距離があるっていうか。
「だって、アタシはこれを機にもっとあまつちゃんと仲良くなりたいんだよ?なのに押しの強そうなあの人と同じ班になっちゃったりしたら、絶対テーマパーク一緒に回ることになっちゃうじゃん。そしたら由良ちゃんともあまつちゃんとも話す時間減っちゃいそうじゃない?」
「確かに」
鈴之瀬さんの隣りで話続ける木下くんの姿が容易に想像できた。
でもそれはきっと、木下くんが鈴之瀬さんともっと仲良くなりたいからだと思うんだけど。
「鈴之瀬さんと同じグループなら、他にどんな人がいてもきっと楽しいんじゃないかな」
「えーあまつちゃん、それはアタシに対するハードルが高過ぎだよ」
「そう?」
「でもそういうことなら安心して。期待には応えるのがこのアタシ。あまつちゃんを他の人の二倍楽しませてやるゼ」
「ありがとう。頼もしいな」
去年の遠足は、仲良しグループに混じって参加するのが申し訳ない、とグルグル悩んでしまった。しかもそれが原因で熱が出て、結局遠足に参加していない。
初めての遠足で、一緒の班になりたかった人と回れることになったのは、だからやっぱりとても嬉しい。
「明日、由良さんも来れたら良いね」
「大丈夫大丈夫。由良ちゃんにメッセージ送ったら、熱は下がってるって言ってたし。後は喉の調子だけなんだって」
病み上がりに遠足は大変かもしれないけど、由良さんとお話しするのがもう楽しみで仕方ない。
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