幕間②

「ねぇ、明星くん」

「相変わらずひわちゃんは人使いが荒いね」

 この店内に入ってから聞いたことのないような優しい声音に、びくりと肩が震えた。

 声の主は、女の横に座っていた。

 つまり、自分の真向かいに座っていた。

 小学生くらいの子供だった。

 一体いつから、そこに座っていた?

 背中に一つ、冷たい水が滴り落ちる。

「驚かせちゃったかな」

 気遣わしげな視線に、奥歯が鳴る。

 率直に言って、気味が悪い。

目の前の子供が。無邪気に笑う子供が。

とても薄気味悪く、そして悍しく思える。

「神様と渡り合おうとしている貴方が、人間の子供に怯えていてどうするの」

 呆れたような顔で、女が言った。

 人間?この目の前にいる子供が?

「子供扱いは頂けないなぁ」

 のんびりと子供はそう言うが、その真意はわからない。

「はじめまして、僕は明星だよ。そこにいるむつきのお兄ちゃんさ」

 その言葉に隣を見るが、上級生は一つ首を縦に動かすだけだ。

「アンタはなんなんだ」

「推理ドラマに出てくる犯人みたいなこと言うなぁ。ぼくは探偵役には向いてないんだけど」

 ふわふわとした笑顔で明らかにおどけてみせる子供。こちらの緊張を悟ってのことかもしれないが、むしろ警戒心は上がる一方だ。

「ぼくはね、狐に憑かれた人間なんだよ。正確には、殆ど妖怪って言った方がよかったりして」

「妖怪?」

「そ。だから、ほら」

 その言葉とともに、子供の小さな掌から、青白い炎がボッと音を立てて空中に出現する。

「ほらこれ、狐火。綺麗でしょう」

 マジック、にしては唐突がないし突拍子もなかった。

「はてさて、どうかしら。これで私が貴方の神様探しに十二分に力を貸せるとわかった?」

女が偉そうにそう言うが、凄いのは女ではなくそこの子供、じゃあないのか、そこの狐、でもないのか。狐人間だろう。

「貴方とは逸話と関わっている年数が違うのよ。経験の差を、ちゃんと理解してくれたかしら」

 なるほど、そこで威張っていたのか。

「ひわを信用できないのは、正直わかるが」

 隣の上級生がボソボソと呟く。

「あらあらあら、むつきくん。何か言ったかしら」

「コイツはこう見えて、そこのマスターと組んで妖怪や人外相手に商売している奴だから、その辺は俺が保証するよ」

 そこのマスターもグルか。

 ・・・そりゃそうか。

 今もこちらの様子を素知らぬ顔で受け流しながら食器を磨いている男をちらりと伺う。

 グルじゃなきゃ、よくわからない高校生(?)の軍団に場所の提供なんてしないだろう。

「あんたらがそういう話に強いってことも、ここで神様探しを断られたら後がないってことも。良くわかった」

「そう。それは何よりよ」

 腹の立つ頷き方だ。

「神様探し、よろしく頼みます」

 何より腹が立つのは、この顔に頭を下げなきゃいけないことだ。

「はい、頼まれました」

 女は意外にも、茶化すでもなくそう言った。

 サラサラと、ペンが紙を滑る音が聞こえてくる。

「それじゃあ、具体的な作戦を考えましょう。とりあえず、友坂あまつには我が倶楽部に入部してもらうとして」

「はぁ!?」

「おい、お前って奴はまた」

 女の言葉に、勢いよく顔を上げて本日二度目の口が滑った。しかし今回に限っては、隣の上級生もこちら側に加担する。

「あらあらあら、いいじゃないの。相手の手の内がわからないのよ?私たちの土俵まで登ってきてもらわないことには、戦いようがないじゃない」

 何やら不穏な会話を始めようとしているが、それは本意じゃない。

「友坂あまつに無茶をして欲しいわけじゃない」

 それを聞いて、女はくすくすと笑いながら手を口元に当てた。

「いやね、人間相手に手荒な真似はしないわよ」

 こんなに信用できない言葉もあったもんじゃない。

「安心なさい。貴方がそんなに嫌がるなら、友坂あまつに直接神様の居場所を聞いたりだとか、そういう強硬手段は避けるわ。それに、むつきくんの話を聞く限り、直接話を聞いたところで、今回はそれがむしろ遠回りになりかねないし」

 全く、良い勘をしている。

 多分この女の言う通り、友坂あまつへの直接的な干渉は殆ど無意味と言って差し支えないだろう。

「かといって、今回の神様探しを友坂あまつ抜きに進めるのは難しいでしょう。神様の居場所がその人の側なら尚更」

「それは、そうかもしれないけれど」

「なら懐に入れてみるしかないじゃない?」

 どうしてそうなる。

しかないわけない。

もっと他にやりようはあるだろう。

「諦めろ新人。コイツは敵も味方も、とりあえず食べてみないと気が済まないんだよ」

「人を赤ん坊みたいに言わないで欲しいわ」

 そんな何でもかんでも口に入れちゃう、みたいに言われても。可愛らしさのカケラもない。

「それに、そろそろアレの時期だし」

にっこりと笑顔を深める女。

「アレって何のこと?」

「入部テスト、だよ」

 問いには狐人間が答えた。

「入部テスト?」

「そう。来るもの拒まず去る者追いかけ回す私の趣味ではないけれど、希望者をすんなり入部させていたんじゃあ俱楽部活動に支障をきたすかもしれないから。毎年春に一度だけ入部希望者に向けてテストをしているのよ」

目の前の女の趣味が悪いという情報が強すぎる。

去るもの追いかけ回すって。

それは悪党の台詞だろう。

整理すると、入部希望者を篩いにかけるということか。

 隣の上級生は借りがあるから入部したと言っていたが、こんな奇妙な部活動にわざわざ望んで入りたがる人間もいる、ということか。

「だからね、その入部試験、友坂あまつにも受けてもらいましょう。それが一番手っ取り早いわ」

「だから、がどこにかかってるのか全く理解できない。もっと順を追って、言葉を尽くして説明してくれ」

 ジトッと女を見ると、察しが悪いわね。とこちらが非難される。

 この女と喋っていると、ストレス値がどんどん上昇していく。

「そんなの、友坂あまつに逸話の存在を知らしめ為、に決まっているでしょう」

 心底馬鹿にするような顔をされたが、察しの悪い身としては、その言葉でもいまいちピンとこない。

「ひわちゃん、入部テストの内容を教えてあげないと、わかるものもわからないよ」

「言われてみればそうね」

 この女と狐人間は、どうやら割と対等な力関係があるらしい。

 そして隣の上級生は、二人よりも低い立場ってことなのか。時折口を挟むけれど、余計なことは一切喋らない。この女の台詞量を削るという意味で、もう少し出張って欲しいところだ。

 そんなことを考えていると、こほん、というわざとらしい咳が聞こえてくる。

声の主である女は、唇の端をきゅっと上げて人差し指を立てた。

「入部テストの内容はズバリ、宝探し、よ」

「子供騙しのように聞こえるけど」

「あらあら侮ってはダメよ。宝の地図が用意されていない宝探しって、難易度は結構高いのよ?」

 どうやら本気で宝探しをするつもりらしい。

「因みに、その宝っていうのは決まってるの?」

「もちろん、この作戦ノートよ」

 もちろんって。

 さっきっからメモを取るように開いていたそのノートは、作戦ノートという名前だったのか。

「そしてこれを隠すのは、ここにいる明星くん」

「はーい。今年も任されました」

 緊張感のない試験官もいたもんだ。

「入部希望者が、この作戦ノートを由良綴という女生徒に届けたらテスト合格。その試験に上手く友坂あまつを誘い込むのよ」

「その方が手取り早い、だっけ」

「ええ。逸話に遭遇させるのに、これ以上手っ取り早い方法はないんじゃないかしら」

 なるほど。試験官がその、逸話とやらそのものだからってことか。

 この女はどうやら話を端折る癖があるらしいということは、この短時間でよくわかった。

「貴方はその友坂あまつや今年の入部希望者が、無事このノートを見つけ出すことを祈っているといいわ。ノートが綴ちゃんの手元に届かなければ、そもそも今回の計画は開始しないわけだもの」

「何だそれ」

「うちのブレインは彼女ってことよ」

 ブレインって脳みそってことか。そんなにその由良って奴は頭のキレる生徒なんだろうか。

「少なくとも思いつく専門のひわよりは、まともに話ができると思うぞ」

 こちらの疑問を知ってか知らずか、隣りの上級生が口を挟む。仮にも部長を、思いつく専門と言い切ってしまっていいのか。

いいか。

リーダーはどっしりと構えているのも仕事だと聞く。裏方で策を巡らせるのは部下の役目で、リーダーは人心掌握や仕事分配に長けている人間に任せた方が仕事は上手く回るのかもしれない。本当に頭の良い人間は、思考労働以外のことをさせない方が効率が良いのかもしれない。

 そう考えると、目の前の女は確かに部長という肩書きに向いているような気がしてきた。無駄に偉そうな態度ももちろん含めての意味で、だ。

「今、何か失礼なことを考えてはいなかったかしら」

「気のせいじゃない」

 さっきっからこのテーブルにいる人間は、人の思考でも読めるんだろうか。

 狐人間がいる空間だから、有り得なくもないところが恐ろしい。

「由良って生徒とあんたら以外にメンバーは?」

「鈴之瀬伎っていう女生徒がひとりいるわ」

 また女か。

「実のところ、鈴ちゃんも綴ちゃんも体調不良で今学校を休んでいるんだけれどね」

「それは、大丈夫なのか・・?」

 確か最近巷では季節外れのインフルエンザが流行っていると聞いた気がする。

「あら、案外優しいのね」

 作戦に支障が出ないか、という意図の質問だったんだけど。ポジティブに解釈されたらしい。あえて訂正するようなことはしないが、自分が善人だと思われているようで少し気色が悪い。居心地も悪い。

 善人か悪人かと言われれば、多分善人だと思うけど。

 潔白かと言われれば全くそんなことはない。

むしろ身の上は罪人に近いんじゃないか?

 思考が暗い方向に逸れそうになったところに、パンッと乾いた音が響いた。

 顔を上げると、女がにこやかにこちらを見ていた。

「それじゃあ話がまとまったところで。宝探しの決行は明日とします。友坂あまつには宝を巡って、狐と戦ってもらうとしましょうか」

 女の言葉に、ごくりと固唾を飲んだ。

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