幕間①
先を歩く上級生に、ついてこいと言われて辿り着いたのは、学外にある小さな喫茶店だった。
こんなところに店を構えて採算は取れているんだろうかと、お門違いな心配をしてみる。
中に入ると、カウンターの中には四角い眼鏡をかけた男。そこに向かい合いように作りつけられたカウンター席に黒い髪の女が座っていた。男の方は多分この店の経営者だろう。何だか胡散臭さがプンプンと漂ってくる。こっちを見ると、眼鏡の奥の瞳をスッと細めて笑顔を作った。
「あら、新入りさんじゃない。いらっしゃい」
口調からも表情からも、信用ならない雰囲気が漂っているが、だからって挨拶されたのに無視するわけにもいかない。軽く会釈して「こんにちは」と口の中をもごつかせる。
「待ちわびたわよ、むつきくん。そしてそこの貴方も」
黒髪の女が愉快そうに俺たちを一瞥する。電話口で喋っていたのはこの女で間違いなさそうだ。
女は紺に白のラインが入ったセーラー服を着ていた。俺たちの学校も学ランにセーラー服だけど、色や形が全く違うので、他校の生徒なんだろう。そういえば坂の下のもっと街に近いところにある嬢様学校が、こんな感じの制服だったような気がする。
他校生がなぜ豊山学園に七不思議のように存在している部活動の部長なんてものを務めているのかはサッパリわからないけれど、なるほど、一つ合点がいった。
他校生が部長だから、学内に部室を持てない、ということか。
女はするりとカウンター席から降りて、奥にあるテーブル席へと移動する。その身のこなしがあまりに優雅だったことに驚いた。電話口の雰囲気から、てっきりガキ大将みたいな人間を思い浮かべていたからだ。
「マスター、俺はウィンナーコーヒーで」
「はいはい」
女に続いて奥の席へと向かう上級生は慣れた様子で注文を済ませる。ウィンナーコーヒーって確か、コーヒーの上に生クリームが乗っているアレか。今日はもう甘いものチャレンジはしたくない。かと言ってコーヒーを飲めるのかも微妙なところだ。いらぬ恥はかかないに限る。
「お茶とかってありますか」
「紅茶ならあるわよ。任せて、美味しいの淹れてあげるわ。冷たいのでいいわよね」
男に声をかけると、何だか妙にテンションの高い声で返された。コーヒーよりも紅茶の方に力を入れている店なんだろうか。
「栄、私にはロイヤルミルクティーをアイスでお願い」
「はいはい」
男の名前はサカエ、というのか。えらく親しげというか、何だか女の物言いが上からだ。ここの上下関係はどうなっているんだか。
「それで、貴方の話を聞かせて頂こうかしら。神様探し、だったわよね」
女は小さいノートを取り出しながら、話を進めようとしてくる。女の向かい側にさっさと座ってしまった上級生の横に並んで、その女と正面から対峙した。
女はよく見ると、とても整った顔をしていた。
顔がそもそも小さい。一つ一つのパーツもそれぞれがその場所にあるのが正解だと言わんばかりにきちんと並べられお行儀よく居座っているような印象を受ける。品の良さを物語る目元や口元、それに指先なんかも、きちんと手入れされているんだろうな、なんて思ってしまった。セーラー服越しでもわかる細い体躯も、何だか服装に合間って清廉ささえ感じさせる。
まるでモデル顔負けの容姿・・・
「って、モデルの真朱ひわ!」
「それ芸名なのよ。だからお外であまり『まそほ』呼びして欲しくはないわ。本名は玉利よ。よろしくね」
別段困った風でもなく、女はそう言った。
というか曲がりなりにも芸能人って奴が、こんな得体の知れない倶楽部の部長ってことにまず頭がついていっていない。それにこんな一般人とよろしくしてしまって大丈夫なのか?朧げな記憶を辿る限り、真朱ひわってまだ小学生とか中学生とか、とにかくそれくらいの年齢だったはずだ。とにかく高校生とかですらないことは確かだ。
「一応言っておくけれど、私、モデルのお仕事は半年程前に引退しているから。今は知名度の低いアイドルとして活動しているのよ」
幼さを一切感じさせない口調で、女はそう言った。
「あんたがアイドルだろうがモデルだろうが、そこは別にどうだって良いんだけど」
「そうよね。貴方からは私への興味なんて、微塵も感じられないもの」
女はさらりとそう言った。
耳たぶの少し下くらいまで伸ばした姫カットを耳にかける所作も含めて、芸術品みたいに見えるのは忸怩たる思いだ。
「だからこそ意外なの。自分で言うのも癪だけれど、モデル時代だって、そこまで名前が売れていたわけではないのに。何故貴方が私のことを知っていたのかしら?私が紙面に載せてもらっていた雑誌は男子高校生が見るものじゃあないと決めつけていたのだけど、偏見だった?」
「あんたを知ってたのは、あんたの載った雑誌を、あんた目当てで購読していた知り合いが、近くにいたからだよ」
「あら、そうなの。それは嬉しい限りね」
今までの微笑とは違って、本当に嬉しそうに女は笑った。
「はい、ウィンナーコーヒーとアイスティー、それからアイスロイヤルミルクティーよ」
男がそれぞれの前に注文した飲み物を届けにくる。ストローの刺さったそれを一口啜る。紅茶の良し悪しなんてよくわからないが、これが美味しいものだということはわかった。これはこの男の警戒レベルを少し下げても良いかも知れない。
それにしても、この男と、この元モデル、なんとなく口調が似ている気がする。
「さて、飲み物も来たところで。本題に戻りましょうか」
女の言葉に、覚悟を決めた。
「その探して欲しい神様っていうのは、具体的にどういう存在なのかしら?氏神なのかそれとも付喪神なのか。もしくは何か探りを入れられる糸口のようなものはあるの?そもそも貴方は、その神様を探し出して何がしたいのかしらね?」
神様がいる、いない、とかっていう問答を予想していたがそんな根本的な質問はされなかった。神様がいるという前提でもって、矢継ぎ早に質問される。
その反応に、俺の方がいぶかしむ気持ちを覚えずにはいられない。
が、ここで立ち止まっては拉致があかない。
すーはー。
深呼吸を一つ。
ここに来る道中で考えてきた受け答えの中から、今最適な答えを模索する。
「探して欲しい神様に、直接会ったのはだいぶ昔。向こうはもう、こっちの顔も覚えていないと思う。見た目は白い獣みたいな生き物。大きさはそんなに大きくない。小型の犬とか大型の猫とか、それくらいだったはず」
「そう」
「神様を探して欲しいのは、どうしても会って聞きたいことがあるから。居場所の方は、検討ついている」
女はこちらを楽しそうに眺めながら、手元のノートとにペンを滑らせている。
どうやら左利きらしい。
「で、その居場所ってどこなのかしら」
「友坂あまつっていう人のところ、だと思う」
「友坂あまつ?」
女が反復した名前に、それまで口を開かなかった隣の上級生が声を上げた。
「うちの学校の二年生だな。落ち着いた雰囲気の女子だったと思うぞ。あと、年下の女子から人気が高いらしい。逸話に絡んでいそうな感じはしなかったがな」
「そうなの」
一つ納得したように頷いた女は、今度は悪巧みを思いついたような笑顔を浮かべた。とてもじゃないが紙面に載せて良いタイプの表情じゃない。
「興が乗ったわ。その話、支払う対価によっては引き受けましょう」
対価、ってのはつまり金、か。
金を支払うっていうのは、助けてもらう側からすると至極当然な話だ。しかし相手が胡散臭さとヤバさの両方を兼ね備えているとなると話は別だ。支払うだけ支払って何も解決できませんでした、と言われる可能性が十二分にある以上、簡単に頷くわけにはいかない。
「高価なものを差し出せなんて言うつもりはないわよ」
こちらの沈黙を勝手に解釈した女は、つまらなさそうな顔でそう言った。
「それに高校生相手に商売するほど、身銭に困ってもいないわ」
曲がりなりにも芸能活動をしていた時期が、紙面を飾っていた時期がある人間なんだから、そういうことも言えてしまうのかも知れない。
「金じゃないなら、何が欲しいんだ」
「そうね、貴方の残りの高校生活、とか。如何かしら」
「はぁ?」
思考より先に声が出た。
「そうね。もっと前向きに解釈しましょう?これは対価ではなく勧誘ということにしてみようかしら。逸話蒐集倶楽部への勧誘。因みにそこにいる彼も、私への対価としてこの部活動に所属しているのよ」
細い指が隣の上級生を指差す。上級生は溜息を一つ溢しながら「成り行きだよ」とぼやいた。
「私としては、破格だと思うのだけど。だってよく考えてもみなさい。神様探しなんてそんな奇天烈な話、他に誰が真面目な顔をして聞いてくれると思う?そんなの馬鹿話だと、切って捨てられるのが関の山でしょう。そして貴方は一人で何年も無駄に青春の貴重な時間を浪費して、恋も友情も碌すっぽう育めないままで燻り続けるの」
具体的かつ一番嫌な予想を易々と並べ立てる女。
「いやだわ、怖い顔しないで頂戴。だって、貴方もそう思ったから、むつきくんを頼ったんでしょう」
わかっている。一人で時間を消費する道を簡単に放棄したってことは。一人で解決しようとせず、簡単に他人の手を頼っているってことは。かといってそれを改めて他人の口から聞かされるのは、気分の良い話しじゃない。
「蛇の道は蛇に、逸脱した話は逸話蒐集倶楽部に。貴方の選択は間違っていないと私は断言できるし、常人が選ばない可能性に賭けたその思い切りの良さ、私は好きよ」
「嬉しくないな」
「あら、残念」
さして残念でもなさそうに女は受け流す。
「で、どうするの。こちらとしては、貴方のような信頼のおけない人間の相談事に手を貸すメリットは、そのくらいしか思いつかないんだけど?」
要するに、互いの信頼関係ができていないからこそ、確固たる雇用関係を結んでおきたい、みたいな話か。こちらが金銭の話を躊躇った理由も把握済み、と。いけ好かない女だ。
「わかった。神様探しが上首尾に運べば、この倶楽部に入部する」
「意外ね。もっと突っ張るかと思ったわ」
それくらい、後がないってことなのかしらね。
という女の呟きは、聞こえないフリをする。
後も先もありゃしない。それは、あの人だって同じはずだ。
「でもその前に、アンタに聞くことがある」
「そうこなくっちゃね」
こちらの言い分なんて予想通りなんだろう。それはそれで腹の立つことだが。
「アンタが神様探しの力になれるって根拠を見せて欲しい」
こっちは残りの高校生活が掛かってる。得体のしれないものに賭けるしかないにせよ、幾分か希望は持たせてもらいたい。
正直、神様がいるって前提で話を始めた女を見て、なんとなくこの部活動の本質、逸話の定義はわかった気がするが、この目で確かめないと安心は出来ない。
「もちろんよ。私が口ばっかりの女じゃない、というところを示してあげるわ」
そこまで言い切られると、フリのような気がしてくるんだが。
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