新入生と宝探し⑤
「とは言っても、五階建ての本だらけな場所からノートを一冊見つけるなんて、校舎の全教室探すのと同じくらい無謀な感じがするっスよ」
先生や生徒に見つからないように出て来た扉からこっそりと建物内に戻り、状況を整理するために四階奥の人気のないスペースで作戦会議を始める。
確かにこの館内全てが捜索範囲だとしたら、校舎を全部探すのと同じかそれ以上に骨が折れると思う。けどそれは、やみくもに探し回った時の話だ。
「きっと隠し場所は、もっと特定していけると思うよ」
「えらく自信があるんですね」
不思議そうな顔をした小西くんが食いついてきた。
「図書館好きだからね。それなりに詳しくはあるし」
「さすが図書館の王子様」
「小西くん、そのあだ名を定着させるのは本当にやめてね」
恥ずかしいったらない。
「それに本棚を短時間で移動させた悪戯の方は、どうやったのか検討もつかないよ。でも、宝探しの方はどちらかといえば推理というより消去法だと思うんだ」
あの悪戯が男の子がやったことだってわかっても、悪戯の本当の意味がわかっても、じゃあ実際にどうやって沢山の本棚を短時間で移動させたかっていうことはさっぱりわからない。捜査の手法の一つとして、犯人の心理を推察して行動を予測するプロファイリングがあったりするらしいけど、そういったものも全然通用しそうにない。だって文字通り、実現が不可能な不可能犯罪だから。だとすると、本当のことを知る手立ては一つ。
犯人から真実を聞き出す。これが今思いつく一番確かな方法だと思う。
こんなに気になる謎、布団の中まで持って行きたくない。
考えすぎて眠れなくなりそう。
今日中に本当のことを教えてもらうためにも、本腰をいれて宝物を探そう。
決意も新たに、腕時計を見る。現在午後五時三十分。
完全下校時刻まで一時間半。寮の門限まで二時間半。
本当はここに監視カメラがあれば、何が起こったのか映像で残っているはずなんだけど。残念ながらこの図書館には玄関口にしか監視カメラが設置されてない。館内につける必要が今までなかったからだと思う。もしかしたら今回のことで、近々導入されることになるかもしれない。
「二人は宝物のノートがどんな見た目か知ってるの?」
「確かこうちっさめの、教科書よりもちっさいノートっスよね、くにおみん」
「うん。あと普通の大学ノートよりもページ数が多いように見えましたけど」
なるほど。
「それなら二階かな。二人とも降りよっか」
「何でそんな即決なんスか」
二人を先導して螺旋階段に向かうと、甲斐くんが驚いた声を上げながら後ろに続いてくれる。
その更に後ろから小西くんが怪訝そうな顔でついてきてくれるのを確認して、階段をゆっくりと降りて行く。
「そんな大した理由じゃないんだけど」
何だかちょっとズルをしたみたいになっちゃって、タネ明かしが恥ずかしい。
本当に地の利以外のなんでもない。
「ノートを本棚以外の何処かに置いたら、五階の悪戯騒ぎがあっても、時間が経てば誰かがノートが置きっ放しになっていることに気がついちゃうよね。それで生徒や司書さんが没収しちゃったら、教室じゃなくて図書館を隠し場所に選んだ意味がなくなっちゃうでしょ」
「そうっスね。最初から試験に合格させる気がなかったって話になるっス」
「だとしたら、ノートはやっぱり本棚に並んでるはずだよね」
「それでもバレるのは時間の問題だと思いますけど」
小西くんの言葉にそうだね、と頷く。
三階に到着。まばらに野次馬をしにきた生徒がたむろしているところを横目に見ながら、もう一段階段を降りて行く。
確かに、他の生徒にバレないようにノートを隠し続けるのは難しい。
でもたった一日隠すだけなら、やってやれなくもない。
多分最上階にあんな大掛かりな仕掛けをしたのは、下の階に目を向けさせない、目くらまし的な意味合いもあったんだと思う。そうすれば、事情の知らない他の生徒から一日二日ノートを隠すことはそんなに難しくなくなるんじゃないかな。
「普通の大学ノートよりも分厚いノートを隠すのに、本棚の表紙に挟んでカモフラージュするのは無理ですよね。本が不自然に膨らむから、すぐバレます。それに本とは違って背表紙に文字がない、サイズも違っているノートが並んでいたら、やっぱり誰かが気づくと思うんですけど」
小西くんの言葉にうんうん、と頷きながら階段を降りていく。
「そうだね。だから、サイズが同じ本と一緒に並べるのが得策だよね。周りに並んでいる本と同じように、コピー用紙とかでカバーを作ってノートに着けちゃえば、カバーの素材がちょっと違ってても一日くらいなら見つからないんじゃないかな」
小西くんが目を開き、なるほど、と頷く。
「ちょっと、二人ともわかったみたいな顔しないで下さいっス。俺にもわかるように説明して下さいっス」
甲斐くんの拗ねたような口調がちょっと可愛い。
「つまりね。A5サイズの教科書より小さい、A6サイズって文庫本と同じ大きさってことなんだよ」
螺旋階段の上から見た感じ、ほとんど人の姿がない二階に到着した。
この階には新書サイズの本と文庫本しかならんでいない。
今回検討が着くのが早かったのは、どの階にどんな本が置いてあるか、あらかじめ知っていたってだけのことだ。
「はー。俺あんま図書館とか利用してこなかったんで、知らなかったっス」
そういう人も多いだろうから、やっぱりちょっとズルをしたような気持ちになってしまうわけで。
「この階だけでも結構な冊数ですけどね」
小西くんがぐるっと階全体を見渡して呟く。
あと一時間半だと思うと厳しいかも。人手が三人だけなのも痛い。
「いやいやでもっスよ。これだけ絞り込めたら、放課後中に見つけられる確率も最初に比べたら破茶滅茶あがってるっスよ。いける。いけるよ、くにおみん。俺たちなら」
「わかったから、ひっつかないで。暑苦しい」
二人が楽しそうで微笑ましい。
でも小西くんが言うことも、もっともだ。
この階だけで万を超える蔵書が保管してあるはずだから、その一冊一冊を開いて回りながらノートを探すとなると、一週間とは言わないけど、二、三日かかりそう。手当たり次第創作するより、もう少し範囲を狭める方が得策なのは間違いない。
せめて棚番号くらいは検討をつけてあげたい。
「じゃあくにおみんは、ここから時計回りでよろしくっス。俺は逆から行くっス。あ、友坂先輩は休んでて下さいね」
「手分けするなら、手伝わせて」
「いやいや。先輩にはここまで範囲を狭めて頂いただけで充分っスよ。足を使う仕事は俺たちに任せて欲しいっス」
胸を張られてしまい、それ以上食い下がる必要もない。わかった。頑張ってね。と声をかけて、螺旋階段の方に引き返す。
足を使う仕事を後輩たちが頑張っているのなら、せめて上級生として頭を使おう。
あの時、男の子は他に何か言ってなかったっけ。
木を隠すなら、森の中。
宝探しには、宝の地図。
本当に、それだけだけ?
必死でノートを探す二人を遠目に観察しながら、男の子はもっと笑顔で、この宝探しを楽しそうに語っていた姿を思い出す。何でそんなに楽しそうなのか不思議に思ったくらい、幸せそうな笑顔だった。
そうだ。だからあの時、男の子に宝探しが好きかどうか尋ねたんだった。
その時、何て言われたんだっけ。
「『ぼくらはみんな、王子様である前に冒険家だからね』」
なるほど。これが最大のヒントか。
降って湧いたヒラメキが正しいのか確認するため、海外文学のコーナーに向かう。
著作の名前を確認しながら歩いていくと、お目当ての本が数冊並んでいた。世界的に有名なベストセラーだから、貸出数も多いんだろうな。
数冊手にとって、中身をパラパラとめくってみる。
「二人とも、見つかったよ」
「ええええ」
最初の棚を調べていた二人のところに戻って、ノートを手渡す。
甲斐くんは目を白黒させながら、ノートを掴んだ手ごと飛びついてくる。
「何が何でも早すぎるっスよ。俺たちの出番が無いじゃないっスか!さっきあんなに格好つけたのに!」
「何処にあったんですか」
甲斐くんの叫び声を無視した小西くんも、今回は飛びつく側のようで。甲斐くんと一緒になって取り囲まれてしまった。
二人の手をなんとかすり抜けて、改めてノートを差し出す。
「これって」
「中身はちゃんとノートだったよ。何が書いてあるかまでは確認してないけど」
中まで見ちゃったら、由良さんに申し訳ない。
星の王子さま。
ノートにかけられたカバーのタイトル。
作者は確か、冒険家でも知られている。
授業で習ったばかりのその本が、男の子が残した二つ目の印だった。
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