新入生と宝探し③

 引きつりそうになる顔の筋肉を、なんとか一度引き締めて。

 そこから口角を上げてみせる。

「できる範囲のことなら協力するよ。あの男の子のことも気になっていたし」

「わーい!先輩、ありがとっス」

「学園の地理とかあんまり詳しくなかったので、有り難いです」

 悪い笑顔が良い笑顔になってくれて良かった。

 本当に良かった。

「探してる宝物っていうのは、由良っていう女生徒のノートなんスよ」

 甲斐くんは小西くんとハイタッチをした後、こちらにもハイタッチを求めながら、最初の質問に答えてくれる。掌をパチンと合わせてみせると、嬉しそうにニヒヒと笑ってくれる。

「由良って、由良綴さんのこと? 」

「由良さんって先輩の知り合いなんですか」

 同じ要領で小西くんもハイタッチしてくれるのかと思ったら、ふっと視線を外されてしまった。

 甲斐くんが分け隔てないだけで、後輩と先輩の間でハイタッチは精神的にキツイのかもしれない。少しさみしいけれど、上げた手を下ろしながら小西くんの質問に答える。

「知り合いっていうか、昨日クラスメイトになったんだよね」

 とはいっても由良さんは体調不良でお休みだったから、直接顔を合わせたわけじゃないけど。今年はこんな時期から風邪が流行っているみたいで、他にも数人、チラホラとお休みをしている人が学年中にいたらしい。この教室でも由良さんを含めて三人、欠席者が出ていた。

 そもそも何で由良さんのノートが宝物になるんだろう。

 確かに由良さんは成績優秀で、よくテストの順位発表でも上の方に名前を見かける。授業ノートを見たいという生徒は多いのかもしれない。ともすればそのノートを宝物だって思う人も、もしかしたらいるのかも。だから由良さんのノートが宝物という扱いを受けていることに対しての疑問はないんだけど。

 疑問としてあげるとするなら、どうして由良さんが自分のノートを実態のよくわからない部活動に貸してあげているのかな、というところだと思う。

 由良さんといえば、成績優秀で授業態度もとても良いらしい。本当なら優等生として噂されても良いくらいなのに、実際の噂はちょっと違う。ボブにした髪を金色に染めていることで、先生からも生徒からも問題児だと思われているらしい。問題児のくせに変に真面目で成績が良い。そんな風な噂だった。

 でも見た目で問題児扱いされているのは、由良さんに限った話じゃない。

 この学年は問題児が多いと先生たちによくどやされるのは、そういった見た目で問題児扱いを受けている生徒が多いからだと思う。

 噂として知っている範囲でも、髪の色で先生たちを悩ませている女生徒はもう一人いる。その人は確か、明るいピンク色の髪だったような。これはさすがに廊下ですれ違った時に驚いた。ほとんどショッキングピンクって感じの色だったから。とてもよくその女生徒には似合っていた髪型だったことも含めて記憶に残っている。

 話がちょっと逸れてしまった。

 軌道修正して、と。

 金髪が原因で先生たちに問題児認定されている由良さんだけど、顔立ちがとても可愛らしくて身長も少し小さいということで、一年前は生徒の間でちょっとした有名人だった。

 でも由良さん本人はそれがあまり楽しいことではなかったらしい。由良さんじゃなくても、顔立ちや身長は結構な人のコンプレックスになる。この中性的と言うか、女子にしては凛々し過ぎる顔が少しコンプレックスになっている身としては共感できる悩みだ。周りは褒めているつもりでも、揶揄われているようで嫌だってことは普通にあるかもしれない。だからかどうかはわからないけど、話しかける人全員に三つの単語だけで返事をしていたと、もはや伝説のような話が出来上がってしまっている。

 その三つと言うのが

「だから?」

「で?」

「ウザ」

 らしい。

 どこまでが本当かはわからない。

 というか確実に大きな尾ひれがついてしまっていると思う。

 成績表の前で見かけた時に感じた見た目の可愛らしさとは違った格好良くて知的な雰囲気が、そういう噂を助長させているのかも。

 でもだからこそ、そんな格好良いクールな印象の由良さんが、よくわからない部活にわざわざノートを貸してくれるとは思えない。

 となるとと、残る可能性はそう多くない。

「由良さんも、倶楽部のメンバーだったりするのかな」

「さぁ?俺たちは部長代理にしか会ったことないんで、わっかんないっス」

 肩をすくめる甲斐くんを見つつ、それもそうかと思い直す。

 だって二人はまだ入部したわけじゃないんだし。部員全員と面識があるわけなかった。由良さんは高校からの外部生だと噂の合間で聞いた気がするから、甲斐くんや小西くんが中学からの繰り上がりだったとしても、由良さんのことは知らなくて当然か。

 男の子のことといい、不思議に思うところは沢山あるけれど。

 けれど宝物を見つけてしまえば解消できることもありそう。

 それなら早く行動した方が良い。

 あの男の子も、宝を見つけてみれば?と言ってくれていたわけだし。

 教室の黒板上に掛かっている時計を見ると、時刻は四時四十五分。完全下校時間である七時まではまだ時間がある。とはいえ教室の鍵がかけられる五時までは、あと十五分しか猶予がない。

「宝物のノートが木なら、森は何処を指してるんだ?」

「最初にパッと思いつくのは、やっぱ普通に教室っスよね」

「そんなこと言い始めたら、学園の敷地ほとんど全部が教室だろ」

「教室ってことはないんじゃないかな」

 軽快な二人の会話に口を挟むと、視線が突き刺さってくる。

「この教室の机を調べてみたらわかるんだけど、どの教室も防犯のために教科書やノートの類は置きっ放しにしちゃいけないことになってるの。だからそういう教材を置いて帰るときは、この鍵付きの個人ロッカーを使う決まりなんだよ」

「そういえば、今日のオリエンテーションで先生が言ってたような」

 自分のロッカーを開けて課題用テキストをしまっていると、小西くんの呟きが聞こえてくる。明日提出ってわけじゃないテキストをわざわざ取りに来たのは、課題を先に終わらせておきたいって気持ちももちろんあったけど、何より五時になると先生が教室の戸締りと一緒に生徒の机の中を一つ一つチェックすることを知っていたからだ。今日は二人と学内を回ることに決めたので、課題は持ち帰らないことにしてロッカーを施錠した。これでここに来た目的はとりあえず達成だ。

「あの男の子が何処までこの学園のことを知っていたのかはわからないけど、試験管を名乗るくらいなんだから、それなりに試験会場のことは知っていたと思うんだ。先生たちが机の中をチェックして戸締りをする五時じゃなくて、完全下校時間の七時をタイムリミットにしたのは、教室に隠すつもりがなかったからじゃないかな」

「でももしかしたら、そういう意地悪って可能性もあるっスよね。先生に見つけられてノートが没収されることで、俺たちから宝物を隠し通すっていう意地悪」

「それじゃあ試験にならないだろ」

 甲斐くんが閃いたっとばかりにそう口にするけど、こちらより先に小西くんが可能性を否定する。

「えー、くにおみんは人が良すぎなんスよ」

 ちぇーっと口を尖らせる甲斐くん。あの男の子が意地悪をしている可能性がないとは思っていないけど、今回は小西くんの意見に賛成だな。

「甲斐くんは、何で教室に宝物があると思ったの」

「だって学園の中でノートを使う場所って考えたら、教室だと思うじゃないっスか」

「そうだね。確かに授業中なら、ここはノートにとっての森になるね。でも今はどうだろう?教室には教科書もノートも置きっ放しにできない放課後の教室は、森とは言えないんじゃないかな」

「・・・言われてみれば確かに。今ここにノートがあったら、結構目立つかもしれないっスね」

 あるとすれば机の中とかだろうから、目立ちはしないかもしれない。でも少なくとも男の子自身が出したヒントからズレてしまうことになる。

 勿論ヒント自体が嘘っていう意地悪も考えられるけど、そこから考え出したらキリがない。小西くんの言うように、本当に時間が足りなくなってしまう。

「となると後は・・・どこになるんスかね」

 お手上げポーズの甲斐くんに、思いついたことを口にしてみる。

「ノートっていうわけじゃないけど紙の束が沢山ある場所なら、他にもあるよね」

 目の前の目が大きく見開かれ、キラキラと瞬き顔を見合わせている。

「「図書館」」

 甲斐くんと小西くん、二人の声が重なった。

「どうっスかね、先輩。俺らの推理」

「うん。当たってるんじゃないかな」

 お伺いを立てられてしまった。そんな経験ほとんどないから、なんだか少し照れる。

 甲斐くんがはしゃいで教室を駆け回っているのを窘めに入る小西くんを眺めながら、でも、と思う。

 豊山学園の図書館を探すことが、教室を探すのより楽かどうかと言われれば、考えものだ。むしろ、この教室棟を探しまわる方が全然楽だと思う。

 けどわざわざそれを口に出して二人の士気を下げるのも大人気ない。どうせ図書館についてしまえばわかることだし。

「先輩、はやくはやく」

「おいていきますよ」

 甲斐くんと小西くんは既に教室の外。手招きをしながら廊下を駆けていく。

 鞄を持ち直し、後に続いて教室を出た。年下の相手との距離感がよくわからないと思ってたけど。そこは二人の方が年上との付き合い方が上手みたい。三人で一緒に行動することが、不思議と居心地が良いと思い始めてしまっていた。

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