新入生と宝探し②
男の子を追いかける為に一度降りた階段を、今度は登り切る。
それから教室に向かうために角を折れた。
すると正面からドンっ、と鈍い衝撃が襲ってくる。
「あっと、すんませんっス。ちょっと急いでて」
「いえ、こちらこそ」
「ってああ! その顔は、昨日助けてくれた先輩じゃないっスか?」
聞き覚えのある声に顔を上げると、そこには昨日見かけた黒髪の二人組が立っていた。一人は髪を少し立たせて、制服の袖をまくってこなれた感じで着崩している溌剌とした男の子。もう片方は、今さっき去っていった男の子と同じ、癖のない髪に黒色のウェリントン型の眼鏡をかけた男の子。
出会った二人がこの学園の制服を着用していることに、少しだけ安心してしまう。
「たしか、新入生の」
「そうそう。一年B組の甲斐でっス」
「小西です。どうも」
この二人組とは昨日も校内で出会っている。
豊山学園は所謂マンモス校で、その敷地は小さな山の半分以上を覆い尽くしている。中等部から始まり大学院までの生徒が籍を置いている上に、一学年のクラスが十以上あるから、それだけの敷地面積でも人口密度は一般的な学校と比べると高い方かもしれない。中等部からこの学園に所属していたとしても、別棟に来たら迷ってしまうのも仕方ない。高等部からの入学したての昨年は、学年関係なく使用する共有スペースや共用教室なんかで、人一倍迷子になっていた覚えがある。
昨日は二人とも学園探索に乗り出した先で迷子になってしまったみたいで、校門の近くまで一緒に歩いたんだった。
「もしかして、今日も迷ってるの?」
「今回は違うっスよ。俺たちは今、探し物の途中なんス」
何故か胸を張りながら誇らしげな甲斐くんの横で、ため息を吐く小西くん。
「そんなこと言ったって、こんなだだっ広い学園内から、どうやって探すつもりなわけ」
「そんなん虱潰しにっきゃないっスよね」
「小学生じゃないんだから」
朗らかな甲斐くんとがっくり項垂れてしまうった小西くん。
対照的な二人だけど、昨日も今日も一緒にいるってことは相当仲が良いんだろう。
二人の仲の良さに微笑ましくなるけど、それとは別にとても心に引っかかるものがある。
「それじゃあ先輩、ぶつかってすんませんっした」
勢いよく頭を下げた甲斐くんとその後に続く小西くんが脇を通り過ぎていく。
探し物という言葉。それに楽しそうな男の子二人。
「あの」
走っていこうとする後ろ姿に、思わず声を掛けてしまった。
「はい?何スか」
キョトンとした顔でこちらを振り返る甲斐くん。
「二人の探し物って、このくらいの背をした男の子と宝探しをしてるとか、そういうんじゃないよね」
自分の胸より少し下くらいに掌を持ってきながら聞いてみる。
さっき走り去った男の子と、新入生とはいえ高校生である彼らを結ぶ共通点なんてほぼないような気がするけれど、何だか気になったんだから仕方ない。気になったことは確認しておかないと気持ちが悪い。一応、聞くだけ聞いておこう。そんな軽い気持ちで尋ねてみた。
しかし、こちらの言葉を受けて甲斐くんはゆっくりと目を見開く。
どうかしたんだろうかと思っていたから、甲斐くんがこちらに駆け戻ってきて、おもむろに両手を握られた。
「先輩、みょーせーくんと会ったんスか」
キラキラと星のような光を伴った目に捕らえられて、チカチカと目の前が眩しく感じる。飼い主が帰ってきた犬のような反応だと、一昨日動画で見たかわいい動物の動画を思い起こしながら考える。甲斐くんに尻尾と耳が見えそう。
「甲斐くんの言ってるみょーせーくんと同じ子なのかはわからないけど、小学生くらいの男の子となら、さっきそこですれ違ったよ」
ギョッとしてしまったことがバレていないと良いけど。なるべく平常心を装ってはいるけど、声の端が不自然に上がってしまった。昨日はそんな風に思わなかったけど、甲斐くんってパーソナルスペースが極端に狭いタイプだったりするのかも。
「昨日も今日も、先輩まじファインプレー過ぎるんスけど!俺的今月のMVP確定っス」
取られた手を上下にブンブン振り回される。
今月のってことは毎月決めてるのかな。
テンションが高いって言葉を体感させてくれる後輩だ。
元気が良すぎる相手に戸惑っていると、急に甲斐くんの体が横向きに少しだけ飛んだ。
「先輩が怖がってるだろ」
「え、待って待って、今俺、友達であるところのくにおみんに、突き飛ばされた?」
甲斐くんが何が何だかわからないと言いたげに呻く。一方くにおみんと呼ばれた小西くんの方は、とくに悪びれた様子もない。
「ごめん、悪気はなかったんだけど。腕が長くてぶつかったみたいだ」
「嘘つけ、くにおみん俺より背ぇちっちゃいギャン」
言い終わらないうちに、小西くんが問答無用とばかりに甲斐くんの髪の毛をガサガサと掻き回している。
小西くんの全く悪びれてない「ごめん」にも面食らったけど、甲斐くんは甲斐くんでわざわざ相手の気にしていそうなところに突っ込んでいかなくても良いのに。
本当は仲良くないのかな。
それとも、友達が少ない身では読み取れない、高度な友情なのかも。
「ちょっと、折角キメてきた俺のナイスな髪に何してくれちゃってるんスか」
ムキーっと怒る甲斐くんの様子はもうしわけないけど何だかちょっと可愛らしい。
「先輩、さっきの話、もう少し詳しく聞かせて欲しいんですけど」
こちらに向き直る小西くんと、初めて正面から目を合わせる。
改めて向き合うと、雰囲気が中性的な子だな。声もちょっと高めだから余計にそう思うのかも。甲斐くんは年齢よりちょっと子供っぽく見えるけど、小西くんは甲斐くんと一緒にいるからか年齢より大人っぽく落ち着いて見える。
というかさっき甲斐くんが自分より背が小さいと言っていたけど、もしかしたら自分よりもちょっとだけ小さいんじゃないだろうか。
これに関しては小西くんが小さいっていうより、女子にしては身長が少し高めの一七〇センチあるこちらの方が大きいってだけなので、小西くんが気付かないでいてくれたら嬉しいんだけど。
「あー、くにおみんってば俺どころか女子の先輩よりちっちゃいじゃん。やっぱ名前に小さいって文字が入ってるからギャン」
またしても甲斐くんが言い終わらないうちに、小西くんが甲斐くんの横腹に拳を入れたのがわかった。
「ちょ、今、本気で殴ったでしょ!」
「まぁまぁまぁ、落ち着いて、二人とも」
というか、今のは完全に甲斐くんが煽った結果なんじゃ。
小学生みたいな喧嘩の仕方で、微笑ましくはあるんだけど。
とはいえさっき甲斐くんと同じことを思ってしまったから、小西くんを叱ることも甲斐くんを嗜めることもできない。
ならば出来ることは一つ。
パンと手を叩く。
二人の意識がこっちに向いたのを確認してから、笑顔を作ってみた。
「宝探しの話、だよね」
叱ることも嗜めることも出来ないなら、話をすり替えてしまおう。
「そうっスそうっス。って、こんな廊下のど真ん中じゃ誰かに聞かれるっスよね」
キョロキョロと周囲を見渡す甲斐くんだけど、そこまで内密にしなきゃいけない話だったっけ。そりゃあ先生にはバレない方が良いかもしれないけど。
今までの甲斐くんとのやり取りを考えると、スパイ映画とかに影響されている可能性の方が大きそう。
「ここの教室、今は誰もいないみたいだけど」
「先輩、ちょっとこっち来て下さいっス」
小西くんが開いた扉の先は本来の目的地、二年C組の教室だった。
二人とも、上級生の教室に入るのに対して躊躇いがなさ過ぎる。先に中に入った甲斐くんに手招かれて後に続き、念の為に扉を閉めた。
「で、みょーせーくん、なんか変わったこと言ってなかったスか」
「宝探しをしてるんだって、楽しそうに話してくれたよ」
「そんだけっスか」
「てっきり一緒に潜り込んできた男の子たちと遊んでると思ってて。それに何だか急いでたみたいでちゃんと聞けなかったんだよね」
明らかにガックリと肩を落とす甲斐くんに、何だか申し訳ないような気持ちになる。
「力になれなくてごめんね」
「そんなことないっスよ。みょーせーくんがここを通ったって情報だけでも十分有難いっス」
すぐにあっけらかんと笑ってみせる甲斐くんと頭を掻きながら考え込む小西くんの二人を見て、違和感を覚える。
何で小学生相手に、高校生がこんなに必死になってるんだろう。
言葉は悪いかもしれないけれど、ただの遊びだろうに。
それとも、ただの遊びじゃないんだろうか。
ひとまず一番後ろの角にある席に近づき、机の中を探る。昨日から使っているその席には、課題用テキストがやっぱり残っていた。
「やっぱり虱潰しに行こうよ、くにおみん」
「却下」
きっぱりと言い切る小西くんだけど、他に良い案があるわけではないらしい。二人してまた唸り始めてしまった。
「二人はあの男の子の知り合いなんだよね。すごく熱心に宝探しをしてるみたいだけど、どういう知り合いなの?」
こちらの問いかけに、二人は顔を見合わせてフルフルと首を横に振った。
「みょーせーくんは知り合いじゃなくて試験官っスよ」
「試験官?」
あのあどけない笑顔の男の子と、うまく結びつかない単語が飛び出してきて驚く。
「普通の宝探しとは訳が違うというか。入部試験なので」
「入部試験って、倶楽部の?」
「そうです。今日の下校時間までに宝物を探し当てないと、俺たち入部できないから」
小西くんがムスッとした表情で頭を掻く。
運動系の部活動で強豪ともなると、入部するのに試験を用意することもあるのかもがあったりするとは聞いたことある。豊山学園なら、チアリーディング部がそうだったっけ。だからって、入部試験の内容が宝探しっていうのは、いくら何でもアグレッシブ過ぎるというか。それに試験官が、先生でも生徒でもない男の子っていうのもおかしい。でも小西くんからはこちらを揶揄うような雰囲気はないし。
もし二人の言っていることが本当だとしたら、そんな風変わりな部活動なんて。
あ。
「もしかして、逸話蒐集倶楽部っていうところへの入部試験だったり」
予想は当たっていたらしい。爛々と瞳を輝かせて、甲斐くんが迫り寄ってくる。
「先輩もあの倶楽部のこと知ってるんスか?まさか俺たちと一緒で入部希望とか?」
「入部は希望してないよ」
「なんだ、残念」
シュンと分かり易くうなだれてしまった。さっきからこの子を見ていると、大きな犬を見ているような気持ちになってくる。喜んだり項垂れたり、おどけてみせたり。コロコロと変わる表情が愛嬌があるというか。背が高いから、大型犬かな。こうやって落ち込まれると、こちらに非がなくても罪悪感が湧いてくるから不思議だ。何か役に立ちそうな、ヒントになるようなことを男の子は言っていなかったっけ。
「そういえばあの男の子、木を隠すなら森の中って言ってたよ」
「それっスよ!」
大声を出す甲斐くん。驚いてすこし後退ってしまった。
「もーなんだ、ちゃんとヒントもらってんじゃないっスか。それならそうと早く言ってギャン」
「で、みょーせーくんは他に何か言ってませんでしたか」
甲斐くんを横に突き飛ばした小西くんも、期待しているような面持ちでこちらを見つめてくる。甲斐くんが犬なら小西くんは猫って感じなのかも。
っていやいや、そういうことを考えている場合ではななくて。
二人の期待の眼差しを受けながら、さっき男の子としたやり取りを振り返ってみる。
「たしか『宝さがしといえば宝の地図、だよね。宝さがしをやるっていうのは昨日になって急に決まったことだったから、宝の地図は用意できなかったんだけど。でもちゃあんと宝がある所に印をつけておいたんだ』」
ぼくってやさしいお兄ちゃんだから。
だったっけ。
「それ、隠し場所と関係あるんですか?」
「どうだろ」
小西くんの真っ直ぐな言葉に苦笑いを返す。横からでもでもでも、と勢い込む甲斐くんが両手をバンザイのように上に勢いよく突き挙げた。
「木を隠すなら森の中っていうのは大ヒントっスよね。これで少しは場所も特定できるわけじゃん」
「甲斐くんは宝物がどういうものか、具体的に知ってるんだね」
男の子の言葉が本当にヒントなら、宝物が何かわからないことにはお話にならない。そう思って尋ねると、二人は顔を見合わせて、にやりと口角を上げた。
その表情に、背中がゾワゾワする。
これはさっき、似たような笑顔を見たばかりのような気がする。
「こっちの事情を知った上でそういうことを聞いてくるってことは」
「入部試験に付き合ってくれるってことっスよね、せーんぱい」
かわいいはずの後輩二人から、圧力の壁を感じた。
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