1話 八方美人
タッタッタッ。
軽い足取りの足音が聞こえる。
マキリス
「す〜み〜ま〜せ〜ん〜!」
それなりに人が歩いているその廊下を、彼女はジグザグに掻き分けながら走っていく。
サラ=ハルクサトリ。
廊下を駆ける少女の名だ。彼女は連合国に8人しかいない魔王の1人であり、獣を召喚する魔術を得意とする女の子だ。
魔術とは、空間中にある魔素が反応を起こす事で現れる超常現象で、その種類は多岐に渡り、今でも研究がなされている。その魔術の一分野を極めた時、極めた人物は
そんなサラは
「ハ〜ル〜ト〜く〜んっ!」
ガバッ!
サラは見事、
「サラ⁉︎」
いきなり抱き着いて来たサラにハルトは驚く。ふわふわと胸の感触が柔らかい。
ハルト=キルクス。最近魔王になった少年。彼は魔素との順応性を示す親魔性が高く、魔素が見える体質で、魔素を恐れていた。ハルトの目の前に映る魔素とは、とても恐ろしく、醜かったから。しかし、勇気を振り絞り魔術を使用した事で、元々親魔性が高かった事もあってか、理由もわからないままに魔王になる事になった。
「ハルト君〜!お元気ですか〜?」
「うん、元気だけど、何か用?」
サラの態度にハルトは苦笑してしまう。
「やや!用がなければ挨拶してはいけませんか〜⁉︎」
「用でもなければ抱き着くのはまずいと思うんだけど」
サラは何を言ってるかわからないといった具合に首を傾げる。一切離れる気がない。
「ん゛ん゛っ!」
ハルトの横にいた女性、マナ=エシャロットが露骨に不機嫌さをアピールすべく咳をする。
「どうかしましたか?エシャロット先輩?」
「どうしたもこうしたも、どうしてハルトに抱き着いているのかしら?」
マナのこめかみに血管が浮き出る。
マナはハルトと最近仲良くなった魔術師だ。一緒に魔術研究をして以来、魔術の魅力にハマったハルトと魔術の研究を日々行なっている。
そんなマナにとって、ハルトは特別な存在なのだろう。ハルトにベタベタとくっつくサラの事が疎ましくてしょうがない様だ。
「抱き着く事の何が問題ですか〜?」
「彼女でもないのに抱き着くなんてふしだらよ!それにハルトも嫌がってるじゃない!」
サラの態度にキレるマナ。
「嫌ですか〜?ハルト君?」
「えっ?いや……」
「嫌じゃないそうですよ」
「……!」
マナはキレる寸前だ。
「用がないなら離れなさいよ!」
「用ならありますよ〜!ハルト君に挨拶をするという用が!」
「は・な・れ・な・さ・い!」
「イ・ヤ・で・すぅ〜!」
マナがサラを引き剥がそうとする。サラはハルトから頑として離れようとしない。
そんな3人の様子を、近くから眺める人間がいた。ノーリス=リクウォット。ハルトの親友である。ノーリスはハルトの幼馴染であり、最近より一層仲良くなった。
そんなノーリスは
「平和だなぁ……」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「は?」
ハルトとノーリスが2人で授業を受ける教室にて。
ハルトは、ノーリスに言われた言葉の意味がなかった。
「ごめん、もう一度言ってくれ」
「だから、女の子2人とイチャイチャして、ハルトは幸せ者だなって」
先程、学院の廊下でマナとサラが言い合いをしていた時、ハルトは周りの男からすごい形相で睨まれていた。ハルトはその事に全く気付いていないが。
それをノーリスは微笑ましく見ていた。全く微笑ましくないが。
「マナはそういうのじゃねえよ」
ノーリスの言葉に恥ずかしがる事なく首を振るハルト。
「そう?どう考えても仲良さそうに見えるけど」
ノーリスは話の核心をズバズバと訊いてくる。
「仲良いのは、まぁ……認めるよ」
ハルトは虚空を見つめる。
「でも、マナとの関係は恋愛とか、そういうのじゃなくて……」
「どういうの?」
悩む様に考えるハルトと、続きを求めるノーリス。ノーリスは意外と恋バナとかそういうのが好きな様だ。
「同じ目標を持つ仲間とか、同志とか、そういうの」
「ふむ……?」
ハルトにとって、マナは魔術研究をする仲間だ。ハルトは魔術の面白さをマナから教えてもらった。それ故に、マナの事は恩人や魔術研究に対する情熱を同じくする仲間という様にしか意識していない。下手をしたら、性差を全く意識していないのかもしれない。
「でも異性なんだから、少しくらいは意識してるんじゃないのかい?」
「例えば?」
「胸が気になったり」
「う〜ん?」
マナはそんなに胸の大きい方ではない。ないとは言わないが、意識する程ではないだろう。当たったり、直に見たりすればわからないが、そんな機会は余程ないだろう。
「相手は女の子だよ……?」
「それがどうかしたか?」
「……」
想像以上の朴念仁である。
「じゃあハルクサトリさんは?」
ノーリスが切り口を変える。
それに対するハルトはーー。
「サラは……う〜ん……」
感触は良くなさそうだ。
「サラはそういうのじゃねえよ」
「さっきも同じこと言ってなかった?」
ハルトの感想にノーリスもビックリである。
「いや、そうじゃなくて」
ハルトはノーリスの言葉を否定する。
「あれ」
ハルトが指す方向には、サラがいた。
「メリッサ君!おはよ〜!」
「お、おはようハルクサトリ」
「ナッシュ君も!」
「おはよう!」
そこには、誰彼構わず無防備に触れて回るサラの姿があった。スキンシップ過剰である。
「サラは誰にでもああだから」
「……なるほど」
ノーリスは理解した。
サラは誰にでも近しい対応をする。まるで同性の友人の様に。言ってみれば、誰彼構わず良い顔を見せる八方美人みたいなものだ。
「でも、あんなことしてたら誰かには嫌われそうなものだけど」
サラが誰かに嫌われているという話を聞いた覚えはない。それは、サラという天然がなせる技なのか、それとも嫌われない為の努力を惜しまないでいるのか。
「どちらにせよ、大したものだね」
ノーリスは素直にサラに感心した。
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