18話 爆発の魔術



 そこは木々が生い茂り、入り組んだ森の中。開けた場所こそあるものの、基本的にはまるで迷路の様。それどころか、人が通れる道があるかどうか怪しい。


 そんな道なき道を、ハルトとノーリスは2人で進んで行く。目的地はマキリス神命連合国しんめいれんごうこくの国土内。そこまで戻ればハルト達の勝ちだ。


 ハルト達のいる警戒区域は、人に牙向く様な獣も、魔術を使いこなす魔獣も生息している、とても危険な場所だ。だが、ハルト達が警戒しているのはそれらの知恵持たぬ獣ではない。


 知恵を持った獣が、ハルト達にその牙を向けている。


「イェラの姿は見えるかい?」

「いや。でも、奴の魔術の特性を考えると、本人より魔術が先に来るんじゃないか?」


 イェラ=ヴェアルノフ。ハルト達と同じ王立魔導学院おうりつまどうがくいんに通い、優秀な成績を修めている生徒だが、ハルトが魔王になった事を許せず、ハルトに殺意を抱く者。


 ハルトとノーリスは現在、イェラから逃げつつ、国へと戻ろうと画策している。それが上手く行ったかどうかはわからないが、順調に歩を進めているところだ。


「周囲を警戒するんだ」

「わかってる」


 ハルトとノーリスは歩を進めながらも、どこから攻撃して来るかわからないイェラを警戒して周囲を見回す。前方周辺だけではなく上空や後方も。


「⁉︎」


 突如、ハルトの視界に途轍とてつもない物が目に入る。



 ハルト達の後ろから、大量の魔素がまるで波の様に溢れかえって襲って来る。



 ハルト達はなすすべもなく大量の魔素に飲み込まれるーーはずだった。


「……どうやら、考えた通りだったみたいだ」


 周囲に広がる魔素は、ハルト達の周囲10メートルほどの球を避ける様に辺りに広がった。


 先程、イェラの魔術発動中にハルトの『無限の幻影スキルオーバー』が使えなかったのは、“魔術の先行権”のせいだ。簡単に言えば同じ場所に魔術を発動させる場合、先に発動した魔術しか発動しない、という事だ。その為、『無限の幻影スキルオーバー』はイェラの魔術で満たされた周囲に発動する事が出来なかった。


 だから、今回は『無限の幻影スキルオーバー』を逃げてる最中から周囲10メートル以内に球状に発動していた。だからイェラの魔術はハルト達には届かないのだ。


「あれ?」


 ノーリスがあるおかしな点に気付く。


「これは……?」


 ハルトとノーリスのいる周囲10メートル以内、その中に、ちりの様な、粉の様な物が舞っている。それも1粒2粒程度ではなく、その存在がぼんやりと見えるくらいには。


 ノーリスはその粒に触れてみる。別に何ということはない、普通の黒っぽい粉だ。粘性があるとか、触れたらかぶれるとか、そういう感じはしない。だがノーリスは、その粉に何か言い知れない物を感じ取った。


「!!!!」


 次の瞬間、ハルトが危機を察知する。


「上だ!」


 ハルト達の上空から、炎の球が飛んでくる。イェラがハルト達目掛けて放った火の魔術だ。ハルトとノーリスは身構える。しかし、ハルトの『無限の幻影スキルオーバー』によって2人は囲まれている為、魔術は2人の周囲10メートル以内に入って来られない。炎は2人に届かない。ーーはずだった。


 イェラの火の魔術が、周囲を埋め尽くす魔素に触れる。


 バチッッッ!!!!

 ゴウッ!!!!


 一瞬で火が広がる。そしてその火がハルトの『無限の幻影スキルオーバー』の範囲に入ってくる。


「なッ!」

「ハルトッ!」


 ノーリスがハルトの上に覆い被さる。勢いよく火が空気中を広がり、ノーリスの背中を焼く。


「づッッッ!!!!」


 火が近付いた瞬間、ノーリスの指がボウッ!と燃える。


「ッッッ」


 ノーリスはすぐに火の付いた部分を地面に付け、空気を遮断する。本当なら魔術で水を出したり風を使って火を消したい所だが、今は『無限の幻影スキルオーバー』の範囲内だ。“魔術の先行権”によって魔術は使えない。


「ハァッ……ハァッ……」


 ノーリスの体の火が消える。


「すまないノーリス!大丈夫か⁉︎」

「あぁ……なんとか」


 ノーリスは周囲を見回す。気が付くと、周囲の炎も消えている。


「……」


 ノーリスは自分の指を見る。先程燃えた箇所は、黒い粉が付いた場所の辺りだ。


「……そうか」


 ノーリスは気付く。


「これは燐だ」


 燐。非金属の元素の1つ。問題なのはその性質。燐は一定以上の熱で発火する。つまり、火を近付ければ引火するのだ。


 イェラの使っているものがその燐かどうかはわからないが、少なくとも、この黒い粉は引火・発火の性質を持つ物質だ。ノーリスはそういう性質を持つ物質を燐しか知らない為、燐の名前を挙げただけだ。


「これで1つ、謎が解けた」


 イェラの魔術。ハルトが魔素に近付いた瞬間に爆発していた魔術。あれは、燐に引火した事による発火だったのだ。


 まず、イェラは燐を撒く。そして、自分の周りから燐がなくなり、相手の周囲に散らばった状態で魔術を発動させる。すると、燐が魔術に引火し、燐が爆発する。それがイェラの魔術の正体。


 だが、それでは不十分。肝心の魔術の仕組みが分かっていない。しかし、それでも対策はなんとか取れる。


「ハルト!燐は魔術じゃない!極魔術きわみまじゅつの範囲に入ってくるよ!」

「そうは言われても……どうすれば⁉︎」

「燐は火に引火する。さっきみたいに火が飛んでくるのに気を付けるんだ!」


 燐に引火さえさせなければ爆発は起きない。つまり、火の魔術を燐に近付けさせなければいい。


 第2の火球が弧を描いてハルト達目掛けて飛んでくる。


 燐は先程より減ってはいるが、なくなったわけではない。火球は魔術である為、『無限の幻影スキルオーバー』の中に入って来られないが、燐による爆発は物理現象だ。“魔術の先行権”には関係ない。いとも簡単に『無限の幻影スキルオーバー』の範囲内に侵入してくる。だから、火球が燐に触れる前に防がなければならない。


「ハルト!」

「わかってる!」


 ハルトは『無限の幻影スキルオーバー』の範囲を上に広げ火球をキャッチする。火球は上空でピタリと動きを止める。しかし、第3、第4の火球がやってくる。いや、撃てる限り多くの火球が魔素の集まっている周囲に雨の様に降り注ぐ。


「こん……のッ!」


 ハルトは上空の『無限の幻影スキルオーバー』のみを広げ、パラソルの様に魔素の集まっている範囲を覆う。『無限の幻影スキルオーバー』がある場所に火球は侵入出来ない。


 しかし、どれだけ火球を止めようと、ハルト達はジリ貧だ。『無限の幻影スキルオーバー』は通常の魔術と違い、その効果・範囲・形状、ありとあらゆる魔術の要素をハルトの意思が決定する。要するに、体を使うのと同じ感覚だ。だから『無限の幻影スキルオーバー』を使うにも、ハルトの集中力が必要だ。ハルトの体力が尽きれば、もしくはハルトの集中力が切れれば、ハルトとノーリスは爆炎に飲み込まれる。


「ハルト……!このまま国の方に進めるか?」

「む、無理だ!」


 ハルトは今『無限の幻影スキルオーバー』に意識のほとんどを使っている。そんな状態で動くのは無理だ。


「それなら、作戦その2だ」




 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 それはイェラと会敵する前。


「イェラの魔術の正体がわかった?」


 ノーリスはあまりの驚きにハルトの言葉を復唱してしまう。


「違う違う」


 しかし、ハルトは首を横に振る。


「正体じゃない。攻略法だよ」

「どちらも同じ様なものじゃないか」


 ハルトの言葉にノーリスは感嘆する。数時間前まで、ハルトはイェラの魔術の前に手も足も出なかった。それほどまでに、イェラの魔術は圧倒的だった。


 しかし、攻略法を見つけたと言っている本人が、不安そうに頭を掻く。


「攻略法って言っても、ただのゴリ押しだ」


 正確には、攻略法が見つかったというよりは、『無限の幻影スキルオーバー』の圧倒的な性能を使って無理矢理勝とうという話だ。一か八かの賭けの様なものだ。


「それに、相手の魔術の詳細が俺の思っているものと違えば、一か八かの勝負にすらならずに俺達は負ける」


 魔術は同じ事を起こしている様に見えても、魔術回路が違ったり、魔術の性質が違ったりする。同じ飛行の魔術を使っても、使う道具が違えばそれは別の魔術であり、それの性能の上げ方も、魔術の解除の方法も変わってくる。


「でも、ハルトは少しでもいけると思ったから話したんだろう?」


 不安そうなハルトの顔に比べ、ノーリスの表情には自信がみなぎっている。


「その魔術の性質は僕が調べる。だから、その作戦で行こう」


 ノーリスはハルトの胸に拳を当てる。自信満々のノーリスに釣られ、ハルトの心にも自信が湧いて来た。


「わかった」


 ハルトもノーリスの胸に拳を当てる。


「絶対に勝とう!」




 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 ハルトとノーリスから少し離れた、開けた場所。イェラは木の入り組んだ茂みの中にハルト達を見つけ、すぐさま攻撃に入った。


 しかし、状況はイェラの思う通りにはならなかった。


 イェラは2人がなす術もなく無惨に爆発し死ぬ事を望んでいた。しかし、今の状況はどうだろう。2人は生きている上に、イェラが放った魔術は2人に届く事なくその場に漂っている。『無限の幻影スキルオーバー』はイェラには目視する事が出来ない。だから、今がどういう状況にあるのか、イェラには正確に把握する事は出来ない。


 イェラには、爆発が起こらず、ただ静寂が訪れている様にしか感じない。ハルト達も動く様子が一切ない。ただただ、何も起こっていない様に見える状況だけが続く。


「クソッ!」


 イェラは目に見えるほど苛ついていた。2人が爆死する様が拝めると思っていたのに、この状況は何だ?ただただ続く何もない時間がイェラを余計に苛立たせる。火球を投じても、燐とを放っても、2人に何も起こる様子がない。状況が変化しない事に腹が立つ。


 イェラの魔術。その正体は燐と、それと同じサイズの石の粉だ。魔術的な文字列の彫られた小さな石の粒。石に文字列を彫ることで、その粒は魔術回路として完成している。つまり、魔術はイェラの近くでずっと発動しているのだ。その内容は『一定の熱量の近くにある時、発光・発熱する』という魔術。


 イェラは燐と魔術回路の石粒を別々の袋で待つことで、魔術が発動していても燐に引火しないようにしている。そして、発火させる時は燐を先に撒き、そして自身の近くから燐がなくなった後に石粒を撒く。そうすることで、イェラは『自分から離れた対象に魔術回路が近付いた時、発熱・発光し、燐がそれに引火する』という状況を作り出し、まるで『対象の近くで勝手に爆発する魔術』を演出している。


 それがイェラの魔術の正体。


 それを、ハルトとノーリスは知らないはずだ。なのに、ハルト達は対応してみせ、何も起きない状況が続いている。それがイェラを苛つかせる。


「どうして……どうして死なない⁉︎」


 イェラが自身の額を掻く。


「死ぬべきだ!死ぬはずだ!なぜ!なぜ!なぜ死なない!オレの最高の魔術で!爆炎に巻き込まれて死ぬはずだろう!!!!!」


 イェラが腹の底から怒りを吐き出す。


「死ね!死ね!死ね!死ね!」


 苛立ちが加速する。


「オレの魔術が!オレの力が!何故通用しない⁉︎」


 通用しない事に腹を立てているわけではない。通用しない理由がわからない事に腹を立てているのだ。


「オレは強い!オレの魔術は強い!なのに!何故⁉︎」


 これが魔王の力か。そう認めてしまうのが許せない。イェラはハルトが魔王である事が許せない。ハルトが自分より優秀だとする価値が見当たらない。だから許せない。


「勝つ……絶対に!」


 イェラは次の火球の準備をする。次は上に向けてではない。真横から当てる。そうすれば、周囲の燐が引火し、ここら一帯が爆発する。そうすれば、イェラもただでは済まない。そうだとしても、確実にハルト達は死ぬ。


「死ね……!」


 イェラの執念が、ハルトの存在を許さない。



 だが。



 イェラは、気付くのが遅れた。自分の周囲の火炎系の魔素が濃密になっている事に。そして、辺りが一気に熱くなった。



 ゴウッッッッッッ!!!!!!!!!!



 イェラの袋の燐が一気に引火し、イェラの上半身が爆発した。



 何故そうなったのか。その種明かしは単純。ハルトはイェラの石粒の魔術回路を『無限の幻影スキルオーバー』で押し、イェラのもとまで運んだのだ。イェラの石粒は熱源に反応して発熱する。体温の熱でも発熱する事は分かっている。


 だから、イェラの周囲まで持ってこられたイェラの魔術は、イェラのそばで発熱し、イェラの持っている燐の袋に引火したのだ。


 こうしてようやく、ハルトはイェラを倒し、その猛威から逃れられた。




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