16話 親友
「……っつつ」
左肩に痛みを感じ、その痛みのお陰でハルトは意識を目覚めさせる。しかし、目覚めたところで辺りは何も見えないほどの暗闇だった。
少し前、獅子の魔獣の魔術により地面が崩壊し、応戦したハルト・ノーリス・イェラの3人は地面の底へと落ちて行った。
そして、ハルトはしばらくの間気絶し、何も見えない暗闇の中に閉じ込められたというわけだ。
ハルトは辺りを見渡す。
「……何も見えないな」
その場所は地面が崩れ落ちた事により出来た場所のはずだから、ハルト達は本来なら少しでも光の差し込む、地面の不安定な所にいるはずだ。しかし、実際にハルトがいる場所は光は一切入らない真っ暗闇だ。
おそらく、偶然にもハルトは崩れた地面よりも下に落ち、更に偶然にもハルトの上に空洞を作るように地面の岩が積み重なったのだろう。
ハルトは深呼吸をする。息苦しさが一切ない。
おそらく、幸運な事に、自分に岩が落ちなかっただけではなく、その空洞は外と通じているのだ。
「すごい確率だな」
ハルトは思わず溜息を漏らしてしまう。
兎にも角にも、ハルトは強く体を打つ事もなく、岩に押し潰される事もなく、更に空気も十分にあり、生き残ったのだ。幸運に感謝しなければいけない。
しかし、安心している場合でもないのも確かだ。地面が崩れ去ったせいで分からなくなったが、ハルト達を襲った獅子の魔獣がまだ近くにあるかもしれない。もしかしたら、他の魔獣もこうしてる内に集まって来ているかもしれない。
そして何より、爆炎使いの男、イェラ=ヴェアルノフ。奴がまだ生きて、近くに潜んでいるかもしれない。
魔獣は逃げ切れれば襲って来ないかもしれないが、イェラは明確な悪意を持ってハルト達が警戒区域にいる所を狙い(少なくともハルトは未だノーリスが味方だと思っている)、明確な殺意を持ってハルトを殺そうとして来たのだ。イェラへの対策を立てなければ、何度だって殺しに来るに違いない。
「しかし……」
ハルトは思わず溜息を吐く。
ハルトは、意外にも、他人から殺されそうになる事に、少なからずショックを受けていた。
ハルト=キルクスという人間は、今まで途方も無いほど、人間の悪意に晒されてきた。それは今にして思えば、本人も当然だと感じる。他人が感じることのできないものを、ハルトは感じると言い続けてきたのだ。
怯え、
他と違う。
たったそれだけのことが、人間という種の中で、どれほど大きな意味を持つのか。その事の重大さを、無意識にでも知らない人間はいないだろう。
しかし、ハルトは殺意を向けられた事が殆ど無かった。
いじめで殴られ、蹴られ、罵声や羞恥により辱められ、靴や衣服、持ち物を隠され、身体的以外の害をなされても、致死に繋がる害を受けることは一切なかった。
こんな、明確に殺されそうになった事などなかった。
だから怖い。怖くて、悲しい。
なぜ自分が殺されなければいけないのか。なぜこんなにもボロボロにされなければいけないのか。なぜ、そんな怒りをぶつけられなければいけないのか。
ハルトの目から、自然と涙が出た。
怖い。悲しい。苦しい。
とても大きな殺意に晒されて、ハルトの心は、体以上にボロボロになってしまった。
「ノーリス……」
思わず、口から、いや、心から、その名が
「ハ……ル、ト……」
どこからか、呻き声の様な、絞り出した様な声が聞こえてくる。
「ノーリス?」
それは確かに、親友の声だった。
「ノーリス、ノーリス! どこかにいるのか⁉︎」
ハルトは思わず叫ぶ。
暗闇の中にノーリスがいる。親友が、そこにいる。
ハルトは真っ暗な中、手を伸ばしてノーリスを探す。辺りを触って、ノーリスを必死に探す。
「ノーリス! いるんだろ⁉︎ ノーリス!」
ハルトはノーリスの名前を叫ぶ。
「う、うぅ……」
ノーリスは呻き声を上げながら、何かをする。辺りが真っ暗なせいでハルトには何も見えない。
すると突然、灯りが灯った。ノーリスが魔術回路を作り、光の魔術を発動させたのだ。
「ノー、リス……」
そこにはノーリスがいた。
岩に挟まれ、半身が潰れたノーリスが。
「ノーリス!」
ハルトはすぐにノーリスに詰め寄る。
「ノーリス! 大丈夫か⁉︎ ノーリス!」
ハルトは必死で声を掛ける。
「待ってろ! 今助けるからな!」
ハルトは辺りを見回す。近くに落ちている石を見つけ、それを岩にぶつける。ノーリスを潰している岩を削り、ノーリスを無理矢理外に出すつもりなのだ。
「や……め、ろ……」
ノーリスは辛うじて動く腕をハルトの手に被せる。それはまるで、ハルトの行動を制止しているようだ。
「ノーリス……?」
ハルトは、ノーリスの行動に疑問を持つ。
そんなハルトの視線を、ノーリスは真正面から受け止めることができない。
「僕は……裏切り、者だ……。 ここで……死、ぬのが、ふさわしい……」
声も切れ切れに、ノーリスが呟く。
「死ぬのがふさわしいって、なんだよそれ!」
ノーリスの言葉にハルトが激昂する。
「ノーリス! お前は俺の親友だ! それ以上に、魔術の才能に溢れた天才だ! そんな、そんなお前が! こんなところで死んでいいはずないだろう!」
ハルトは必死になって岩を削る。なんとかしてノーリスを救い出そうと躍起になる。
「君を、ここに連れて、来たのは……僕だ」
ノーリスは、言葉を出すのも苦しい状況で、必死に言葉を紡ぐ。
「わかる、だろう……? 彼に、君を襲わ、せたのは……僕、なんだよ……」
ノーリスは、ハルトを警戒区域まで連れ出した。更に、ノーリスが意味深なことをハルトに聞かせた後に、イェラが現れた。
ノーリスは、裏切り者だった。警戒区域で、ハルトを殺す計画を立てていた。
「僕は……君を、裏切った……。 だから、これ、は……そ、の……報い、なんだ……」
ノーリスは、諦める様に呟く。ハルトに言い聞かせる。自分は、ハルトを裏切ったのだと。
「羨ましかった、んだ……。ハルトの、ことが……」
ハルトは急に魔王になった。それまではノーリスの引き立て役だったのに。今でもハルトは学園の笑い者で、殆どの人はハルトを魔術の使えない魔王だと馬鹿にする。しかし、一部の人間は、ハルトを認めている。それが、ノーリスには悔しかった。
ハルトは、自分の親友、のはずだった。なのに、ハルトの隣に自分がいない。
ノーリスは、ハルトの親魔性に惹かれ、ハルトと魔術の研究をするのが楽しかった。なのに、今、ハルトと魔術の研究をしているのは、ノーリスではなく、マナだ。
どうして、こうなってしまったんだろう?
いつの間に自分は、ハルトのことを親友ではなく、引き立て役の様に扱っていたんだろう?
何を間違えたんだろうと、ノーリスは後悔する。
「僕、は……ここで、死ぬ。 ハルトを……裏切った、罰、なんだ」
ノーリスはもう覚悟を決めていた。
ハルトと仲を違ってしまった自分には、ふさわしい末路だと、ノーリスは笑った。
「ノーリス……」
ハルトはノーリスの頰を撫でる。
「知っているか?」
ハルトは震える声でノーリスに語りかける。
「俺、お前が初めて話しかけてくれた時さ」
ハルトは思い出す。
友達もおらず、魔素に怖がっていたせいで気味悪がられた自分に、ノーリスが声を掛けてくれた事を。あの時のノーリスは、どうしてハルトが妙な動きをするのかと尋ねてきた。
「あの時、嬉しかったんだ」
ハルトは当時を思い返して思わず笑みが
「あの時は、俺の行動自体に興味があっただけで、俺には興味がなかったのかもしれない。 俺に声をかけるのに、何か裏があったのかもしれない」
ハルトは、当時のノーリスを思い浮かべ、どういうつもりでハルトに声をかけていたのかを想像する。
「でも、俺は嬉しかった」
あの時は、誰もがハルトを馬鹿にするばかりで、声を掛けてくれたのはノーリスが初めてだった。その日、ハルトが父親に自慢するようにノーリスの事を話したのは内緒の話だ。
「今まで、色んなことがあって、俺達の間にも色々あった。 でも俺は、ノーリスのお陰で楽しかったし、今までの日々はノーリスなしじゃいられなかったし、ノーリスのことは親友だと思ってる」
ハルトはノーリスに伝える。お前は俺の親友だと。
「だからノーリス。 俺にお前を見捨てる選択肢はないよ」
ハルトは考える。夢中でノーリスを助ける方法を探す。
(ノーリスは半身が機能してない。でも、まだ息はある)
それなら何か、まだ方法があるはずだ。
(考えろ。無数の選択肢から、ノーリスを助ける方法を選び出すんだ)
ハルトは手に持った石で岩を削りながらも、必死で考える。
そんなハルトの手が止まる。
(ーーーー無数?)
ハルトは思い出す。自分が初めて『
マナは言った。
ハルトの『
(それなら……)
それならば。
『あらゆる魔術』によって、何らかの効果を及ぼすこともできるのではないか。
ハルトはその場を観察する。
ノーリスは上下から岩に挟まれ半身を潰されている。ノーリスが助かるには、岩をどかすだけでは足りない。
ノーリスの体は重要な部分をいくつも失っている。何より血が足りない。
であれば、どうすれば良いか?
(ノーリスが潰された事実自体、なかった事にすればいい)
ハルトの中で、何かが動かされていく。
細かいピースに分解され、パーツ同士を繋ぎ、全く違う形を形成していく。
ハルトの中の“何か”が、再構成されていく。
ハルトは、無我夢中で、“それ”を使った。
ーーーーーーーー『
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