14話 殺戮




 ッッッッッ!


 爆音が鳴り響く。


 ハルトは爆発を辛うじて避ける。


「くぅッ!」


 何もない所で爆発が起きる。


 連続で起こる爆発をハルトはギリギリの所で何度も避ける。


 少しでもしくじれば、爆発に巻き込まれ、大怪我をするかもしれない。


 ギリギリの緊張感が、ハルトの鼓動を速くする。



 現在、ハルトはイェラによる攻撃を受けている。


 それは決闘をしているということではなく、明確な殺意あっての攻撃だった。


 更には、一緒に来ていたはずのノーリスも、いつの間にかハルトの前から姿を消していた。


「クソッ! このままじゃジリ貧だ」


 ハルトは誰に聞こえるでもなく悪態をつく。



 焦っている理由はいくつかある。



 まずは、攻撃しているイェラの姿がハルトからは見えないこと。

 何をするにも、敵の姿が捉えられず、敵には自分の姿が捉えられている状況は危機でしかない。



 次に、ノーリスが近くにいないこと。

 ハルトにとっては、未だにノーリスは親友で仲間のままだ。

 ノーリスがいれば連携ができるかもしれないのに、いつの間にか分断されてしまって焦っている。

 何より、ノーリスもこの爆発に巻き込まれていないかと心配なのだ。



 そして、ハルトが焦っている1番の理由。


 それは、『爆発の出所が徐々にわからなくなって来ていること』だ。

 ハルトにとって、魔術の爆発は発動する瞬間を見極めればいい。

 そうすれば避けられる。

 その為に、魔術に魔素が集まってくるのを見ればいい。


 しかし、今はその魔素の集まりがわからない。


 何故なら、辺り一面に、燃焼系の魔術に反応する魔素が密集してきているからだ。


 少なくとも、ハルトの半径10メートル以上の場所全体に魔素の塊が広がっている。

 最早ハルトには、元の地形が見えなくなるほど、辺り一帯が魔素に囲まれている。


「……これは、マズい」


 ハルトが思わず呟く。


 魔素が集まっているということは、魔術がそこで発動するということだ。


 つまり、爆発の魔術が、今度はハルトの半径10メートル以上を巻き込んで起こるということだ。



 ハルトは思わず走り出した。


 ーーその瞬間、ハルトのいる場所が突然、爆発した。


 そして、爆発に連鎖する様に周囲10メートル以上の場所が、ハルトを中心として徐々に爆発していく。


「ッぐぁッッッ!」



 ハルトは爆風に吹き飛ばされる。


 そのまま2、3メートル吹き飛ばされ、転がるハルト。


「ッッッッッぅぁッッ……!」


 ハルトは全身に叩きつけられた痛みに悶絶し、起き上がることができない。


 ーーしかし、敵は待ってはくれない。


 ハルトが痛みにのたうち回っている内に、周囲に魔素が集まってくる。


 再び、ハルトの半径10メートル以上に渡ってだ。


 ハルトはその場で止まる。


 不用意に動けば、先程の様に爆発に巻き込まれると考えたからだ。


 しかし、次の瞬間、自分に触れた魔素が一気に爆発した。


 少なくとも、ハルトにはそう見えた。


「ーーーーーーーー!」


 ハルトは、死を覚悟した。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ハルトのいる場所から少し離れたところ。


 ハルトの風上側の場所にイェラはいた。


 イェラは目を凝らして爆発の方を見る。


 木や岩の影に隠れて直接は見えないが、イェラは確かにハルトがいるはずの場所で爆発が起きたのを確認した。


「クハハハ!」


 イェラの笑い声が響く。


「あれだけの爆発に巻き込まれたのだ……もう生きていまい」


 イェラは思わず口角が上がってしまう。


「クハ……クハハハ!」


 腹の底から笑いがこみ上げてしまう。


「魔王とはこんなにも呆気ないものだったか!クハハハ!」


 ハルトが反撃もなく倒れたことに、イェラは嘲笑する。


「この程度でくたばる相手だというのなら、魔王なんて簡単になれるものだな!クハハハ!もうオレが魔王になるのも時間の問題だ!クハハハハハハ!」


 イェラは甲高く笑う。


 自分の敵であるハルトを倒せたことを賞賛し、ハルトの弱さを嘲笑し、ただひたすらに笑う。


 それほどまでに嬉しいのだ。


 それほどまでに、ハルトという存在が憎く許せないのだ。


 イェラの笑いは、彼がどれほどハルトを憎み嫌っていたかを表していた。


「話が違うぞ!」


 イェラのそばにいたノーリスが叫ぶ。


 ノーリスはイェラに詰め寄る。


「痛い目に合わせるとは聞いたが、殺すなんて一言も聞いてないぞ!」


 ノーリスはイェラの襟元を掴む。



 イェラはノーリスにある提案を持ち掛けた。


 それは『自分達より早く魔王になり、調子に乗った(少なくとも、イェラ達にはそう感じた)ハルトを痛い目に合わせ、自分の身の程を分からせる』という内容だった。


 ノーリスはハルトにまるで殺す様な事を言ったが、それも、ハルトを怖い目に合わせる為の脅しの様なものだった。


 少なくとも、ノーリスにとっては。


 しかし、イェラの攻撃はどう考えても殺す為の威力だ。


 イェラの行動には殺意が宿っていた。


 イェラはノーリスの手をほどく。


「ハルト=キルクスは殺す。それがオレの考えだ」


 イェラはノーリスにはっきりと伝える。


「だからどうした?」


 ニヤリと、イェラは歪に笑った。


「奴はオレを怒らせた!オレに屈辱を与えた!雑魚の癖に魔王になって!オレを辱めた!だから!だから殺す!」


 ハルトはイェラに何もしていない。


 なのに、イェラは怒る。


 圧倒的理不尽。


 理不尽がハルトを押し潰す。


 理不尽がハルトという存在を殺さんと欲する。


「それに、奴を生かせば、オレ達が奴を襲った事を世間に公表するかもしれない。だったら、口を封じるのが合理的だろう?」


 イェラの言う事は一理ある。


 しかし、ノーリスには簡単に割り切ることはできない。


「そんな理由で、簡単に人を殺せるか……ッ!」


 ノーリスは拳を強く握る。


「では、犯罪者として一生を過ごすか?」

「ッッッ」


 イェラの言葉が、毒の様に身体に染み込む。


「奴は貴様が共犯であることも分かっているはずだ。奴が生きて国に帰れば、たちまちオレと貴様は罪人だ。ハルト=キルクスを殺そうとした殺人犯。そうなれば、国で生きていくのは難しくなる。泥を啜って生きるみすぼらしい暮らしが待っている。それでも、貴様はハルト=キルクスを笑って許して、国に帰らせてやる、と言うのか?」

「それは……ッッッ」


 ノーリスは黙って俯く。


 イェラに言い返す言葉を、ノーリスは持たない。


 ノーリスは苦虫を噛み潰したように苦しい表情を見せる。


 イェラの言う通り、このままハルトを生かしておいたら、自分達の思惑が世間に露見するのは間違いない。


 イェラだけが捕まる可能性もある。


 しかし、ノーリスはハルトに脅しの様な言葉を掛けたのだ。


 それを受けてハルトがノーリスに未だに信頼を寄せているとは考えにくい。


「まぁ、いずれにしろ、奴はもうくたばった。後はこのまま何知らぬ顔で帰路に着くだけーーーー」


 イェラは満足そうに目を閉じた。




 その瞬間、イェラの真横から、ハルトが煙幕を纏い飛び出してきた。




「おおっと!」


 イェラはすかさず腕をハルトの方に向けて振る。


 次の瞬間、ハルトの目の前で爆炎が巻き起こる。


「ぐぁッ」


 爆発の衝撃で後ろに転がるハルト。


 イェラはやれやれと首を振る。


「まだくたばってなかったとは……しぶとい奴め」


 イェラはゆっくりと伏せるハルトに近付く。


(……くっ)


 ハルトはイェラを見上げながら、イェラの動向を注視する。


 特に、その手元の動作を。


(あいつの爆発の魔術は無詠唱魔術だ……。少しでも動きに注意しないと……)


 魔術の発動方法は大きく分けて2つある。


 1つは、言葉を唱える事で魔術回路を完成させ、魔術を発動させる詠唱魔術。


 もう1つは、言葉なしで魔術回路を完成させる無詠唱魔術。


 基本的に、無詠唱魔術は魔術回路を完成させると同時に勝手に発動する為、条件を付けなければ使い勝手が悪い。


 しかし、イェラは魔術に言葉を使っている気配がない。


 更に、10メートル以上離れた位置からハルトに魔術を喰らわせている。


 イェラは使い勝手の悪いはずの無詠唱魔術を完全に使いこなしていた。


 まるで、魔王が自分の意志のみで極魔術きわみまじゅつを扱える様に。


(少なくとも……魔術を発動させる前に魔術回路を完成させなきゃいけない。だから、あいつは魔術回路を作る動きをどこかでするはずだ)


 ハルトは全神経を目に集中させる。


 イェラに魔素が集まっていくのがわかる。


 しかし、イェラが特別な行動をしている様子は見られない。


(どこだ……どのタイミングで来る……?)


 瞬間、ハルトの目の前に魔素が集まる。


 ハルトは咄嗟に後ろに飛ぶ。


 一瞬遅れて、ハルトの目の前で爆発が起こる。


「ぅぁッッッ!」


 爆風を受け、ハルトは後ろに吹き飛ぶ。


「ァハハハハ!クハハハハハハ!弱い!弱過ぎる!」


 イェラが堪え切れないといった様に大きく笑う。


「貴様、本当に魔王か⁉︎」


 イェラはハルトに近付き、ハルトの背中を思いっきり踏みしめる。


「ぅあッッッ!」


 短い悲鳴をあげるハルト。


「魔王とは!魔術師の!中でも!最高峰の!最強の!存在!であろう!」

「ぁッ!がッ!ぐぁッ!ぅッ!ぅあッ!ぐぅッ!ぁあッ!」


 言葉に合わせてハルトを踏み付けるイェラ。


「それが!どうだ!お前は!」

「ぁッ!がぁッ!ぐぁッ!」


 イェラはその顔に狂気の笑みを貼り付ける。


「や……やめろ!」


 ノーリスがイェラに飛びかかる。


「うぁッ!」


 イェラが仰け反り、ハルトから離れる。


「邪魔だ!」


 イェラがノーリスに手をかざす。


 途端に、ノーリスの胸元で爆発が起こる。


「ぐぁッ!」


 ノーリスが吹き飛ぶ。

 2回3回と地面を転がり、その先にあった木にぶつかる。


「かはッ!」


 ノーリスが痰を吐き出す。


 吹き飛んだノーリスに目もくれず、イェラは一直線にハルトの元に向かう。


 そして、ハルトをまた踏みしめる。


「あ゛あ゛ッッッ!!!!!!」


 ハルトがたまらず声をあげる。


「お前は!」


 イェラが先程の続きを始める。


「弱く!役立たずで!無能で!魔術もろくに使えない!」

「ぐッ!ぁッ!ぁぐッ!がッ!」


 その言葉に怨念を込める様に、イェラの足に力が入る。


「そんなお前が!お前なんかが!何故魔王になれた!」


 イェラにとって、魔王は目指すべき目標であり、越えるべき通過点だった。


 プライドの高いイェラにとって、誰よりも魔術を極めることは目標ではなく使命の様なものだった。


 だから必死で努力した。


 誰よりも上手く魔術を扱える様に、研鑽を積み、工夫し、考え尽くし、反復し続けた。


 それが。

 その努力が。


 何の努力もしてない無能で役立たずな男の、たった一度の奇跡でひっくり返された。


 それは、イェラにとって何よりも悲惨で、最悪の出来事だった。


 だから殺す。


 ハルトさえ、この男さえ消せば。


「貴様がいなくなれば!全てが元通りに戻るんだ!!!!!」


 イェラが、ハルトを強く踏みしめる瞬間。


「ガァォォォオオオオオオオオオオオ!!!!!」


 身体が、地面が、木々が。




 世界が、揺れた。




 それは唐突に現れた。


「ガァァァァアアアアアアアアアアアアア!!!!!」


 その音につられる様に、身体が大きく振動する。


「ぁあッッッ!」

「ぅがッッッ!」

「ッッッ!」


 ハルトも、イェラも、そしてノーリスも。


 鳴き声によって身体を大きく軋ませる。


 身体を伝う振動が、脳に痛みを訴える。


 それはただの叫びではなかった。


「ガァォォォオオオオオオオオオオオ!!!!!」


 叫びに乗せた魔術。


 元凶はすぐ目の前にいた。


 人間の3倍はある大き体躯。

 しなやかな脚と立派なたてがみ。

 鋭い牙。


 百獣の王。


 赤く輝く瞳に、黒い霧を纏った獅子がそこにいた。




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