13話 罠



「ハルト」


 ある日、ハルトは唐突にノーリスに声をかけられた。


「なんか久しぶりだな。ノーリスに声掛けられるの」


 ハルトは嬉しそうに返す。


「それはそうかもね。なんたってハルトは最近ずっとエシャロットさんにかかりっきりなんだから」

「悪かったよ……。俺もようやく、魔術の楽しさがわかって浮かれてたんだ」

「魔術の楽しさ……ねぇ」


 ノーリスは感情のわかりにくい笑みをこぼす。


「本当はエシャロットさんに会う為の口実なんじゃないの?」

「それはないな」


 ノーリスの言葉にハルトはすぐに返す。


「マナには素直に感謝してる。 あいつのお陰で俺は魔術に興味を持つ事が出来たんだからな」

「……」


 ハルトの言葉は純粋な本心だ。


 ハルトが見てるのはノーリスではない。


 マナとの魔術研究だ。


 本当なら、そこはノーリスが最も欲しかった席のはずなのに……。


 自分では気付いていないが、ノーリスの心の底には言い知れない暗い気持ちがふつふつと湧いていた。


「ハルト……実は、相談があるんだ」


 だからノーリスは、少しの夋巡もなく、を持ち掛けた。


「相談?」


 ハルトは、ノーリスの奥底にあるものに気付かず、ただ首を傾げるのだった。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「……遅いわねぇ」


 そこはマナの研究室。


 マナはハルトを待っていた。


 魔術研究の約束はしていないが、最近は約束なんてしていなくてもハルトが自然に来るのがいつものことになっていた。


「……」


 ハルトが来なくても、普通に研究を始めればいいのだが、どうしても待ちたかった。


「それだけ、ハルトが、私の中で大きくなってるって事かしら」


 マナは思わずポツリと呟いた。


 そしてハッと気付く。


「け、研究仲間としてね!研究仲間!」


 誰に聞かれたわけでもないのに大声を張り上げて訂正するマナ。


「……」


 マナはただ無言で待つ。


 ハルトが来るのを今か今かと待ち望む。


 その時間が、なんだかとっても愛しい時間の様に感じた。


「こんにちわ〜!」


 そんなところにやってきたのは、ハルトではなくサラだった。


「待ってるのは貴方じゃないのよ!」


 マナは思わず突っ込んでしまった。


「やや!もしかして私、お邪魔しちゃいました〜?」


 空気が読めないのか、明るい声で尋ねるサラ。


「何の用よ? ハルトならいないわよ」


 マナはイライラした様子でサラに用件を尋ねる。


「いえ、今日はエシャロットさんに用がありまして」

「私?」


 いきなりの指名にマナは首を傾げる。


「そのハルト君なんですが、さっき、リクウォットさんに連れられてどこかに行くのを見かけましたよ」

「え?」

「だから、ここには来ないと思いますよ〜? 用件というか、一応伝えておこうと思いまして〜! では!」


 サラはそう言って去って行ってしまった。


 そして残されたマナは考えていた。


(リクウォットって……リクウォット家の嫡男の……?そんな彼がなんでハルトに?)


 ノーリスかハルトと元から親しければ、「2人は親友だから」で済んでいた話だろう。


 だが、マナは2人の関係を知らない。


 だから、変に疑ってしまったのだ。


 魔王候補であり、プライド高い名家の生まれであるノーリス=リクウォットが、ハルトをわざわざ連れ出す理由。


 マナは思わず飛び出した。


 嫌な予感に駆られて。


 その嫌な予感は、皮肉にも当たってしまう。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「ノーリス……どこまで行くんだよ?」

「……」


 ハルトはノーリスに呼び掛けるも、ノーリスからの返事はない。


 現在、2人は警戒区域の深いところまで来ていた。


 魔獣が出た場合、助けを呼んだり、都市部に逃げ込める距離ではない。


「……」


 ノーリスはただ黙々と進んで行く。


 ハルトは渋々、それに着いて行く。


 ハルトはノーリスに恩義を感じている。

 こんな自分にも優しく、友達として接してくれて。


 そんなノーリスのお願いなのだ。


 聞かないわけにはいかない。


「ねえ、知っているかい?」


 ノーリスが唐突に話し出す。


「警戒区域は魔獣が出るから、下手に大人も入り込まない。……例え、行方不明者や負傷者が出ても」


 何の話をしているのだろう。


 ハルトはノーリスの様子を訝しむ。


「つまりね?」


 ノーリスはハルトの方を見る。


 その目は、とても冷たかった。


「警戒区域で人殺しをすれば、誰も死体を探さないから、有耶無耶にできるのさ」


 ゾクリ。

 唐突に悪寒が背筋を走った。


 ハルトは急いでその場から走る。


 瞬間、ハルトが先程までいた場所が爆発した。


 そうだ。

 ハルトは今、魔素が自分に向けて集まって来るのを感じていたのだ。


「ハッハッハ!ただのまぐれとは言え!流石に魔王になった男!これぐらいは躱すか!」


 声の方向を見るとそこには肌の浅黒い男がいた。


 イェラ=ヴェアルノフ。

 ノーリスと同じく、魔王候補と目された男。


「ハルト=キルクス。 ここがお前の墓場だ!落ちこぼれにはふさわしいだろう?」


 イェラがおぞましく笑う。

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