10話 練習



「では、今日は物質の形を変化させる魔術について学んでいきます」


 教授が教卓で今日のお題を語る。


 教授は黒板に形質変化についての文献を板書していく。


「形の変化には特別な物は必要ありません。変化を表す文字を書くだけです」


 形質変化は魔術の中で最も簡単な魔術である。


 ハルトも、魔術を試そうとした時、1番に試そうとしたのは形質変化の魔術だった。


 他の魔術は親魔性を高める為に親魔性の高い物質同士を組み合わせる必要のある魔術も多い中、形質変化の魔術は魔法陣さえ正しく描けていれば、親魔性の高低に関係なく発動する魔術だ。


「ただ丸くしたり四角くしたり、単純な形を作るだけなら魔法陣にその情報を書き込み、発動の呪文を唱えるだけで簡単に発動できます」


 しかし、複雑な形を作る場合、空間座標を魔法陣の中に落とし込み、その空間座標に沿って形を作っていく必要がある。


「形質変化の魔術は、魔術の初歩の初歩でありながら、最も奥深い魔術とも言えます」


 教授の話がやっと終わる。


「それでは皆さん、思い思いの形を作って行きましょう」


 机の上に紙を引き、生徒達は楽しそうに紙の上に魔法陣を形作っていく。


 ただ1人を除いては。


「キルクス君? どうしました?」


 ハルトは一切手を動かそうとしない。


「今は実技の時間なんですから、魔法陣を書かないといけませんよ?」

「あ〜……。その……」


 どう説明しようかと、ハルトは言葉を濁してしまう。


「先生ェ! そいつ、魔術使えないんですから、言うだけ無駄ですよォ!」


 バカな生徒がからかい半分で教授に申告する。


「そういえば、キルクス君の極魔術きわみまじゅつは魔術を打ち消してしまうんでしたね」

「正確には、違うんですが……」

「じゃあ仕方ありませんが、キルクス君は周りの人の魔術を見ておいてください。 それも勉強の一環ですから」

「はい」


 ハルトは教授に言われるまでもなく、周りの様子を観察していた。


(観察しろ。どの段階で、魔素は魔術回路に寄ってくる……?)


 ハルトはひたすらに観察する。


 生徒の書く魔法陣は、全て書き順がバラバラだ。


 だからだろうか。


 魔術回路に魔素が寄ってくるタイミングは、生徒それぞれによってバラバラだった。


(あれは……形が確定してから、か?)


 簡単な形だろうと、複雑な形だろうと、生徒の魔法陣には、形を表す文が書き終わった魔法陣に魔素が寄っていた。


(もしかして、形を表した時点で魔術回路はほぼ完成しているのか? とすると、俺の『|無限の幻影(スキルオーバー)』は形が確定した後のタイミングで発動すれば、不発になるのか?)


 ハルトはひたすら考える。

 考えるのが楽しかった。


 だから試してみたくなった。


(普通に発動すると、周り全体に発動してしまう。 『|無限の幻影(スキルオーバー)』を、特定の場所だけに限定出来ないか……?)


 ハルトは自分の中でイメージする。


対象ターゲットは、斜め前の形が確定した生徒と、2つ前の席のまだ形を考えている生徒)


 身体の中にあるパズルの様に入り組んだ構造物を、カチカチとその構造を組み替えるイメージ。


 斜め前の生徒は、あとは形を変える材料を置いて呪文を唱えるだけのところまで来ている。


 2つ前の席の生徒は形を決め、今から書き込もうとしている。


 そのタイミングで、ハルトは2人の周りに意識を集中させ、『無限の幻影スキルオーバー』を発動させる。


 ーー発動!


「あれ⁉︎」


 斜め前の生徒が驚く。


「なんで!呪文も唱えたのに!魔法陣も完璧だったはずなのに!」


 斜め前の生徒の魔術は不発に終わった。


「あれ?」


 ハルトの考え通りなら、形が確定していた斜め前の席の生徒は魔術を成功させるはずだった。


 しかし実際には、あらゆる魔素が斜め前の席の生徒の周囲に集中して、生徒の魔術発動の妨げになっている。


「あれ⁉︎」


 2つ前の席の生徒も同様だ。


 しかし、それ以外の生徒の周りには、魔素は普通の状態でいる。


 つまり、2人の周囲にだけ『無限の幻影スキルオーバー』を掛ける事には成功した様だ。


「キルクス君……?」


 教授が、ハルトの目の前まで来る。


 魔術の不発、つまり、魔術を打ち消すと言ったら、ハルトの『無限の幻影スキルオーバー』以外にはない。


 だから、2人の生徒の魔術の不発は、ハルトが行った事だと、教授は決め付けたのだ。


 実際その通りなのだけど。


「ははは……。 すみません」


 ハルトはただ苦笑いするしか出来なかった。

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