8話 獣の操者



 マナとサラが同時に魔術回路の作成に取り掛かる。


 マナは虚空に、サラは地面に、それぞれ意味のある何かを描き始める。


 先に完成させたのはサラだ。


「おいで!ガブちゃん!」


 魔法陣から成人男性と同じくらいのサイズの獣が出てくる。


 姿は犬に近い。

 足や腹、顔も、全体的に丸い印象の垂れ耳の犬。


 しかしその犬の両肩からは大きなツノが2本生えている。


「あれは……召喚魔術!」


 召喚魔術は、一度魔法陣をセットした対象を自分の手元に呼び寄せ、元の場所に戻す移動の魔術の1つだ。


 召喚魔術は基本、ある系統の魔術とセットで使用される場合が多い。


「お〜よしよ〜し!」


 サラはガブという名前らしき呼び出した獣の顎の下と腹を撫でてやる。


「わぅ〜♪」


 ガブは嬉しそうだ。


「あれって……」


 ハルトがガブを見て訝しむ。


肩角猟犬ホーンウルフって種類の獣ですよ〜!珍しいですか〜?」


 サラはハルトに尋ねる。


「決闘中に余裕ね」


 マナがサラの態度に噛みつく。


「じゃあ遊びはここまでにしましょうか〜!」


 サラが虚空に杖を振り、杖の軌跡でできた魔法陣がガブに重なる。


 それを2、3度繰り返す。



 サラの得意とする魔術系統は使役魔術。


 獣に対し命令を聞かせたり、意思疎通を図る魔術の他、肉体強化などの支援を送る魔術も含まれる。


 サラがガブに掛けた魔術は敏捷性強化、耐久力強化、指令の3つだ。



「がうっ!」


 ガブはマナに向けて突進する。



 瞬間、壁の様なものに激突する。


 マナは杖から風を発生させる魔術を発動していた。


 しかし、それはハルトとの実験の時に使ったものとは違い、杖から上下左右に展開されていた。


 ガブが真っ直ぐ突進してくることを読み、目の前に風の壁を展開していたのだ。


 ガブと風が拮抗する。


 その内にマナは新たなる魔術を発動させる。


 2本目の杖を取り出し、杖で何かを描き記す。


 瞬間、杖の先からサラに向けて突風が吹き荒れる。


「きゃあっ」


 サラが突風に吹き飛ばされ、上空に投げ出される。


 サラがこのまま落ちれば、ダメージはないだろうが少なくとも首飾りに傷が付くだろう。


 そうなればマナが勝ちに一歩近付く。


 しかし、そうはならなかった。


 頭、背中、翼が金属片で覆われた鷹が、サラを空中で掴んだのだ。


「へっへ〜ん!鎧鷹メタリックホークのホゥちゃんです〜!」


 サラはマナの一撃が来る前にホゥを召喚していたのだ。


「くっ!」


 マナが二撃目、三撃目を放つも、空中を自在に飛ぶホゥは突風を華麗に避ける。


「あわわ!ホゥちゃん!もっと安全運転でお願いします〜!!!!」


 ホゥに振り落とされそうになるサラが慌てる。


 そうして、ホゥはサラを地面に安全に降ろす。


「ふぅ……落ちるかと思った」


 サラは冷や汗を拭く。


 また、そうこうしている内に、ガブの突進で風の壁が崩れる。


「くぅッ」


 マナは辛うじてガブの突進を避ける。


 しかし、状況は詰みだった。


 このままではガブの突進を受けて終わる。


 しかし、ガブから逃れようと空に逃げれば、そこにはホゥが待ち構えている。


 万事休すか。


 ガブがマナに向かって真っ直ぐ突っ込んで来る。


「動きが単調なのよッ!」


 ガブがマナに激突する一歩手前、そこでガブの動き急に変わる。


 まるでマナを避ける様に。


 いや、マナを避けて、ホゥへと目掛けて空に撃ち放たれたのだ。


 マナはガブが襲って来る直線上に風のレールを作り、ホゥへ向かう様軌道を設定しておいたのだ。


 ホゥとガブが衝突し、地面に落ちる。


 2匹は目を回している。

 暫くは起き上がれないだろう。


「今ッ!」


 マナはサラに向けて突風を生み出す。


 先程以上に鋭い一撃。


 これが決まれば、サラの首飾りは砕け散る。


「ガブ、お願い」


 しかし、マナの一撃はガブによって弾かれる。


「なッ⁉︎」


 通常の回復魔術と違い、使役魔術の回復は強化や指令と同じ簡単な魔法陣を描くだけで行う事が可能だ。


 そのため、マナが一撃を放つ前に、サラはガブとホゥの回復を済ませていたのだ。


「いやぁ、すごいですね〜!」


 サラがマナに声をかける。


、私と渡り合うなんて」


 そう、マナはまだ『風を発生させる魔術』しか発動させていない。


 風の形状、動き、方向などの情報を魔術回路に加える事で、発生した風を操っていたに過ぎない。


 また、1つの対象に2つの魔術を掛けることはできないため、魔術の発動のタイミングを計ったり、2つの杖を駆使することによって、たった1種類の魔術だけでサラと対等に戦っていたのだ。


 しかし、ここでサラがそれをわざわざ発言する意図はマナを褒め称える為ではない。


 サラはこう言いたいのだ。


『三下の癖に手を抜くなんてナメた真似をするなこのクソアマ


 そんなサラの様子にマナは思わず笑ってしまう。


「貴女だって、手を抜いてるじゃない」


 サラは明らかに手を抜いている。


 何故なら彼女は


 彼女には極魔術きわみまじゅつがあるのだ。


 それを彼女は使


 つまり、サラは『マナ相手に極魔術きわみまじゅつは必要ない』と言っている様なものだ。


 実に性格が悪い。



「手を抜くだなんて。そんな」


 ふふふ、とサラは笑う。


 サラは嘲笑する様な顔で続ける。


「対等に戦う為の配慮でしたが、そちらが望むのでしたら仕方ありません」


 サラは目をつむる。



 魔王はその体の内に極魔術きわみまじゅつの魔術回路を持つ。


 その一部が表に出ているのが極印きわみのいんだ。


 後は魔術回路に意識を集中させ、発動を意識すれば極魔術きわみまじゅつは完成する。

 まるで、魔術回路そのものが体の一部であるかの様に。



 サラは意識を集中させる。


 内側にある何かを1つ1つ慎重に繋いでいく感覚。

 それはまるでパズルの様で、少しでも意識を切らせたら失敗してしまいそうだ。


 そうして、1つの大きな回路を完成させる。


 サラの右目の奥で極印きわみのいんが輝く。


「ガブちゃん!おいで!」

「がうっ!」


 ガブがサラに向かって飛びつく。


 そして、ガブの四肢がバラバラに分かれる。


 別れた四肢はそれぞれ形を変え、サラの体を覆う。



 そしてそれは完成する。


 それはまるで鎧の様であった。


 サラの頭、手足、胸部、胴回りがガブの体だったものに覆われていた。


 そして手にはツノの様な形の槍。



 これがサラの極魔術きわみまじゅつ



千の牙サウザンドアームズ』。


 使役魔術で使役している獣と合体する極魔術きわみまじゅつだ。


「はぁッ!!!!!」


 サラが全速力でマナに突進する。


「そんなバカの一つ覚えッ!!!!!」


 マナは目の前に風の壁を三重に張る。


「バカの一つ覚えはーーーーーーーー」


 風の壁に当たる前に、サラが思いっきり足を地面に踏み付ける。


 ドンッッッッッッ!!!!!という凄まじい音と共にサラの体が空中に投げ出される。


 風の壁が届かない程高くジャンプをしたのだ。


 マナはすかさずサラに向けて突風を放つ。


 しかしサラは紙一重で全ての突風をかわす。



「ーーーーどっちですかね〜?」


 サラがマナの懐に入る。


 サラは手に持った槍でマナを突く。


「きゃあッ!!!!!」


 ドウッ!!!!!!と激しい突風が吹き荒れ、マナの首飾りにヒビが入る。


 サラの極魔術きわみまじゅつ、『千の牙サウザンドアームズ』は合体の魔術だ。


 お互いの能力値を足し算する事で、本来以上の力を発揮する。


 ガブ1匹だけの時に比べ、サラの分の思考力、俊敏性が上がったために、相手の防御をすり抜ける事が容易になっているのだ。


 ただ使役した獣を纏うわけではなく、獣と身を1つにし、その能力を自身に加算する。


 それがサラの『千の牙サウザンドアームズ』。


 サラがゆっくりとマナに近付く。


「さて、この姿になったからにはあなたに勝ち目はありませんよ〜?」


 サラは嘲笑あざわらうかの様にマナに告げる。


「くっ……!!!!!」


 マナはその場から後ずさる。


悪足掻わるあがきですか〜!!!!!」


 サラは槍をその場で振るう。


 バンッッッッッ!!!!!


 マナが先程までいた場所が爆発する。


 マナが爆発の魔術を地面に仕込んでいたのだ。


 サラの言う通り、完全な悪足掻わるあがきだった。


 しかし、マナの目は死んでいない。


悪足掻わるあがき上等よ!!!足掻あがいて足掻あがいて足掻あがいてやる!!!」


 相手は魔王なのだ。


 対する自分はだだの魔術師。


 差は歴然だ。


 だが、絶対的な差があるからといってマナは諦めない。


 その差を埋めるために努力をするだけだ。


 マナは杖を振るう。


 サラを取り囲む様にして風の壁が出来上がる。



「喰らいなさいッ!」


 マナの杖から炎が吹き荒れる。


 風の障壁の中で炎が暴れる。


 ーーーーしかし。


「はぁあぁぁぁぁあああああ!!!!」


 サラが槍を振り回す。


 振り回して起きた風が炎を巻き上げる。


「まだ、やりますか?」


 サラはまだまだ余裕の表情を見せる。




「くっ!まだーーーーーーーー」


 2人の間にハルトが割って入る。


「降参だ」


 ハルトが白旗を上げる。


「この勝負、マナさんの負けだ。それで終わりにしてくれ」

「はぁ⁉︎」


 マナが驚きの声を上げる。


 当たり前だ。

 自分の意思とは関係なく勝手に降参されてしまったのだ。


 納得などいくはずもない。


「落ち着いて」

「落ち着けるはずないじゃない!」


 マナだって、今のままでは勝ち目はないことはわかっていた。


 それでも、マナはしっかり決着を付けたかった。


 しかし、ハルトは告げる。


「サラはまだ実力を隠してる」


 つまり、まだ奥の手がある。


「今のが極魔術きわみまじゅつじゃないってこと?」

「いや」


 確かに『千の牙サウザンドアームズ』はサラの極魔術きわみまじゅつだ。


 しかし。


「使い方をあえて限定してる。そんな感じがするんだ」


 魔素が見えるハルトには見えていた。


 極魔術きわみまじゅつにしては集まってきた魔素の量が少なかったのを。


「…………………………」


 サラは目を細める。


「やっぱりいいです」

「「え?」」


 サラの一言に2人が唖然とする。


「用件の話、やっぱりなしにしたください〜!」


 サラは急に態度を変え、前言を撤回する。


「用件、そんな簡単に翻していいのか?」


 ハルトが尋ねる。


 さっきまでサラはマナとハルトの奪い合いをしていたのだ。


 それが急にハルトをマナに渡すと言い出したのだ。


「大丈夫ですよ〜!」


 しかしサラは言う。


「用件は大方終わりましたから」


 そう言ってサラは去って行ってしまった。




 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

【レポート】


 ハルト=キルクス


 ・極魔術きわみまじゅつは用途が限定される『無限の幻影スキルオーバー』。

 ・その内容は『あらゆる魔術が発動する事で何の現象も起きない魔術』。

 ・本人は『無限の幻影スキルオーバー』によって普通の魔術も使えない模様。

 ・私の召喚獣の正体や『千の牙サウザンドアームズ』の真価に勘付いている節があることから、勘は鋭い模様。


 以上、報告終了。




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