3話 魔王になれた……はずなのに



 ハルトは魔王になった。


 警戒区域から帰ってきて、その話はすぐに学院中に広まった。


 その場で色々と話を聞かれたが、その日は遅かったためすぐに解放された。


 警戒区域に出たことに関してはノーリスが許可を事前に取っていたため、何のお咎めも無しで済んだ。


 そして次の日の朝。


 それは何の変化もなく訪れた。


「おはよう」


 朝、布団から起き、部屋の扉を開けて階下へ降りると、ハルトよりも一回り大きい、ハルトに似た初老の男性に挨拶をされた。


「おはよう、父さん」


 クルストマン=キルクス。

 ハルトの育ての親だ。


 2人はそっくりであることから産みの親でもあることは間違いはないのだが、近所の人達の話だと、クルストマンに女の影があったことは一切なく、ある日いなくなったと思ったら数ヶ月後にハルトを連れて戻ってきたらしい。


 ハルトも出生の話には興味もあるし、謎のままでは気持ち悪いのもあるが、クルストマンは一向にハルトの母親の話さえ聞かせてくれることはない。


 なので、ハルトもクルストマンが自分から話をするまで待っているのだ。


 そんな感じで、クルストマンが男手一つでハルトを育てているのがキルクス家の現状である。


「朝飯できてるぞ」


 クルストマンがハルトに声をかけながら皿に料理を盛る。


「ありがとう」


 ハルトは自分の席に着くと、手を合わせいただきますをし、クルストマンが席に着く前に食べ始める。


 いつもの朝だ。


「お前、魔王になったんだって」


 クルストマンが唐突に尋ねる。


「そうみたい」


 ハルトは左手の甲を見る。


 そこには昨日まで見覚えのなかった幾何学模様が刻まれている。



 極印きわみのいん

 魔王の体のどこかに刻まれているしるしだ。


「良かったじゃないか」


 クルストマンが意外なことを言う。


 クルストマンは今まで魔術が使えなかったハルトに「魔術が使える様になろう」「頑張ろう」という様な励ましは一切してこなかった。


 クルストマンがしたのは、ただ見守ることだけだ。


 息子の背中をただ見守り、時には支えてくれる。


 ハルトはクルストマンが家で魔術を使っている姿を見たことがない。

 息子が魔術を怖がることをわかっていたからだ。


 だから、ハルトは、父親は自分が魔術を使えなくてもいいと考えてるんだとばかり思っていた。


「悔しかったんだろ?」


 クルストマンが呟く。


「頑張ってたもんな。お前」


 ハルトは誰よりも魔素を恐れた。

 でも、誰よりも、魔素に向き合おうと頑張った。


 その成果が今出たのだ。


 父親としては嬉しい限りだ。


 そんな言葉を聞いてハルトは目頭が熱くなる。


「ご馳走さま」


 ハルトは無理矢理ご飯を口にかき込み、食事を終わらせる。


「行ってきます」


 そしてそのまま家を出る。


 父親に涙を流す姿を見られたく無かったのだ。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「あ!魔王が来たぜ!」


 ハルトが学院に着くと、大勢の生徒に囲まれる。


「どうやってなったんだよ⁉︎」

「どの系統の魔術を極めたんだ?」

「いやぁ、まさかお前が魔王になるなんてなぁ!」

「俺はお前は大きな器があるって信じてたぜ!」

「え、えっとなぁ……」


 大勢から質問責め、又は持ち上げられ、疲弊の色を見せてしまうハルト。


「はいはい!ストップスト〜ップ!」


 ハルトがどうしようかと悩んでいた時、1人の生徒が飛び込んでくる。


 オレンジ気味の茶髪を肩くらいまで伸ばし、髪先がウェーブした髪型の女の子。

 背は小柄で、身体つきも華奢、しかし唯一胸だけは顔と同じくらい大きい女の子。


 サラ=ハルクサトリ。


 学院が抱える、ハルトを除いた7人の魔王の1人。


「ハルト君はこちら側だから、そんなに気軽に話しかけたらダ〜メ〜!」


 サラは手で大きくバツを作る。


「なんだよ〜!サラちゃんは俺達にいつもフレンドリーに接してくれてるじゃん!」


 サラは八方美人で、ハルトにさえ優しく接してくれていた。

 流石にノーリスほどハルトに良くしてくれることはなかったが。


「ハルトさんは今まで人と接してこなかったから一気に来られると参ってしまうんです〜!」


 いくら本当の事でも言っていいことと悪いことがあると思う。


 ハルトは内心傷付いてしまった。


 サラがこちらに向き直る。


「この後賞与の授与式があります。行きましょ〜!」


 サラはハルトの手を取って走り出した。


 そしてサラの言う通り、一通りの定例の式を受け、ハルトは生徒達の前で1枚の書状と生徒の大きな拍手をもらった。


「おめでとう。君はこの国で最も名誉ある人間となった。今まで君のことを知らなかった人間も、君の偉業を知り、君を讃えるだろう」


 ハルトに書状を渡した学院長が、ハルトに最大限の敬意を払い、言葉をかける。


「ところで……」


 学院長は恐る恐るといった感じでヒゲを掻き、ハルトに視線を送る。


「君の極魔術きわみまじゅつを、皆の前で披露してくれないかね?」


 学院の生徒達が大きく盛り上がる。


 それはハルトも望むところだ。



 ハルトは体感で極魔術きわみまじゅつの使い方をわかっていた。


 魔術回路は自分自身。

 後は自分の中で念じるだけで魔術は完成する。


 ハルトは念じた。


 ーーーーーー極魔術きわみまじゅつ


 ハルトは魔素が一気に魔術全体に群がって行くのを見た。


 これはさぞ凄いことが起こるはずだ。






 しかし、実際には何も起こらなかった。



「……あれ?」

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