第百六話 『呪刻印葬』と『剣聖』、『天性鍛冶』、『嗜虐烈火』

 なんとなくわかってはいたが、こちら側に集合していた人達は特に問題なさそうだ。

 ミィアの【影の軍勢】も前線が瓦解することなく維持できている。普通の騎士達は苦戦している場面もあるが、後ろに控えたカゲさんが圧倒的な強さで敵を薙ぎ払っていた。騎士の連携でも手に負えなくなってきてからはカゲさんがまとめて倒しやすいように魔物を集めるという方針にしたらしく、その策が嵌まって安定してきている。

 これならミィアはしばらく安全だろう。


 その先では、ノルンとリリィが戦っている。


 ノルンは既に【影分身の術】を使っていた。十人になれば単純に手数が十倍。ノルンも単体では殲滅力が物凄く高いわけではないため、数が増えるというだけで対多数戦が楽になる。

 【呪刻雲葬】での強化はしていないようだ。長期戦になることも考えてのことだろう。いくら二人が強くても、幸運を吸収する都合上リリィの危険性が高まってしまう。今の段階ではまだ、そこまで強化しなくても対処できるというのもあるのかもしれない。


「【水遁・龍連双牙】」


 後方で三人が『忍術』を溜めていた。印を結んだ三人の手元から水の龍が二体現れ出でて、魔物の群れを蹴散らしていく。

 前線で戦う者と後方で『忍術』を使う者。一人で役割分担ができるという影分身の利点を活かした戦法だ。


 【影分身の術】は消耗が激しいそうなので、今回は影分身を使いつつも回避を優先しているように思う。攻勢に出て殲滅するのではなく、数で圧倒されないよう気をつけていると言うか。


 そんな彼女の傍らで迫り来る魔物を薙ぎ払っているのが、『剣聖』リリィ。


 彼女が刀を一振りすれば巨大な斬撃が放たれ、直線上の敵が両断される。『剣聖』は斬撃を放つのに、体力以外なんの力も消費しない。それでいながら途轍もない切断力と射程を誇っている。『剣聖』の才能が物凄く強く、持っているだけで有名になるというのもわかる光景だ。


「ふふっ」


 リリィは嬉しそうに笑みを浮かべながら刀を振っては魔物を斬り捨てている。

 剣速、斬撃、頻度、どれを取っても隙が見出せない。


 ……わかってはいたが、俺と戦ってる時はホントに一切殺す気がなかったんだな。


 あれだけ怒っていながらも、手加減してくれていた。傍から見るとよくわかる。やはり正面から勝てる相手ではない。

 一撃の範囲、素の力を考えると今のところフラウさんとリリィが抜きん出ているようだ。こういう戦いに向いている二人と言うか。


「最近ストレス発散の相手がいなかったんだけど、魔物ならいくら斬ってもいいわよね?」


 リリィの嬉しそうな発言もフラウさんに似ている。戦闘欲と言うよりは、斬る欲と言うべきだろうか。彼女の持っている刀は俺がグレウカさんに頼んで打ってもらった逸品。本人は駄作と言うだろうが、刀の出来としては間違いなく業物の部類に入る。

 切れ味に優れていることも確かだが、なにより肉を断っても劣化しにくいという特性を持っている。


 人斬りに相応しい刀、という注文に応えられてしまった結果だ。


 あくまでも魔物を斬っている時にも効果がある一部の、ということにはなるが。


 戦っているリリィの周囲に魔物がいなくなったタイミングで、ノルンの本体が傍に現れる。


「リリィ、消耗は極力しないように」

「わかってるわよ。無理に体力浪費するような真似はしてないわ」


 派手に魔物の数を減らしているのを見て消耗を気にしたようだ。ただ、リリィを見るにその心配はない。あくまでも忠告ということだろう。

 遠慮なく斬れる相手、しかも罪悪感を抱くこともない。となれば普段よりのびのび戦っているくらいだったが。


 そこに現れた魔物の大群に、二人は背中合わせで対処していく。


 忍者と刀使いの『剣聖』、言ってしまえば和風要素を持った二人だ。


 そんな二人が異世界で魔物相手に奮闘している。不思議な感覚ではあった。


 ともあれ、こちらもなんの問題もない。加勢も必要はなさそうだ。


 ◇◆◇◆◇◆


 リリィとノルンの横、互いに干渉しないくらいの距離にいるのはグレウカさんだ。


 ゴツい鎧に身を包み、身の丈もあるほどの大きなハンマーを振り回している。

 戦闘力で言えば他の強者達と比べて若干落ち込む。それは間違いない。戦闘も必要になることがある暗殺者と違って、戦闘は本当におまけな鍛冶師だ。


 彼女の持つ『天性鍛冶』は武器の名前を聞いただけで創り方がわかる、というモノ。鍛冶師に相応しい才能を持っているが、逆に言えば全く以って戦闘向きの能力がない。

 本人は本職じゃないしあいつらに敵わないと思っているようで、実際戦ったら負けると思われる。


 ただそれは、彼女が弱いということではない。


「ふん!」


 ハンマーを豪快に振り回して目の前にいた魔物の胴体を圧潰させる。他と比べると速い攻撃ではないが、重たい一撃で急所を狙い一発で魔物を一体ずつ仕留めていっている。

 そもそも、彼女は鬼族であり普通の人間とは違う。基本の身体能力が高いのだ。だから威力の基準が高い。


 ただし一発で仕留めているとはいえ、魔物の数は多い。グレウカさん自体は問題なさそうだが、避けて通りすぎる魔物も出てきていた。


 そこで登場するのが、後方に控えた機械である。


 地面に固定する四本の脚。細く伸びた胴体の先には何本もの筒が取りつけられている。

 異世界人の知識を搾取したにしても珍しい、しかし一度目にしたことがあるモノに似た構造の、兵器。


「撃て!」


 グレウカさんの声が飛び、反応した兵器が一斉に筒部分をぐるぐると回し始める。筒から弾を放ち、雨が如く魔物に撃ちつけ貫通していく。


 ――そう、ガトリング砲だ。


 異世界知識研究所で取りつけられているのは見ていたので、この世界でも代用し再現することができるとはわかっていた。なのでグレウカさんに名前を伝えて、創り方を知っておいてもらっていたのだ。

 ……まさか、十機も造ってるとは思いもしなかったが。


 横一列に並んだガトリング砲の一斉射撃によって、彼女の脇を通り過ぎようとした魔物達は一掃された。


「……チッ。イマイチだな。破壊力が足りてねぇ」


 だが本人は不満だったらしい。舌打ちまでしていた。そこかしこに魔物の残骸が散らばっていてなにが不満だというのだろうか。


「消費する素材と火力が釣り合ってねぇな。何体かは貫通してるが、何発かぶち込まねぇと仕留め切れねぇか」


 ぶつぶつとガトリング砲の評価をしている。最近は魔物がいなくなっていたので、実戦で試すのは今回が初めてだったのだろう。評価しつつもハンマーを振り回して応戦している当たり、魔物との戦闘より自分が造った武器の性能の方が気になるのだろうか。


「仕方ねぇ。もっと手っ取り早くいくか」


 グレウカさんはなにを思ったか、ガトリング砲を掃射しつつ後退する。

 ハンマーを地面に突き立てて置き、腰のポーチから明らかに入り切らない剣を取り出した。最高級で師匠すら持っていないと言っていた、異空間収納鞄のポーチ型だ。鍛冶師だから装備や素材をたくさん扱うだろうし、結構頑張って買ったらしい。


 取り出した剣は美しく、金と青の透き通った直剣だった。身長の高いグレウカさんが持つと小さく見えるが、両手剣くらいの大きさだろう。



 鞘から抜き放つと、金色の輝きが刀身から放たれる。……ん? 聖剣って言った?


 俺は思わぬ武器の登場に、光で照らされて能力が解除されることも忘れて唖然とする。


 グレウカさんは手にした金色の剣を豪快に薙ぎ払った。刀身から光線が放たれ、暗い世界を一時的とはいえ照らし出す。光線に呑まれた魔物は一瞬にして消滅していた。

 とんでもない威力の武器だ。明らかに通常の武器ではない。聞こえた名前から推測するに、まさかあの武器は聖剣の名前を聞いて、創り方を模倣して生み出した疑似聖剣、なのか……?


 唖然としていると、グレウカさんがくるりとこちらを振り向いた。目が合う。……あっ。


「誰にも言うんじゃねぇぞ」


 【闇に溶けゆ】が解除されて、グレウカさんから認識できるようになってしまっていたようだ。割りと本気で睨まれて、俺はなにも言わず首肯した。


 ……どうやら、あまり表立っては使えないとんでもない切り札を目にしてしまったらしい。


 『気配遮断』を使い直して早々に【闇に溶けゆ】を発動させてその場を離れた。


 手が回るかどうか多少の心配はあったのだが、それも今消えた。俺の用事は済んだと言っていい。なので、余計なことになる前に立ち去ろうと思う。


 ……まさか『勇者』にしか扱えない聖剣まで再現しようとしているとは。とんでもない鍛冶師だとは思っていて、実際今俺が持っている短剣も素晴らしい逸品だと思う。

 後は『天性鍛冶』がどこまでの武器の創り方がわかる才能なのか、という範囲がわからなかっただけなのだが。どうやら聖剣にまで手を出していたらしい。そらヤバいわ。あの四人と並び称されるのも頷ける。いや、強さとかの括りじゃないなら、もしかして一番ヤバいのはこの人なんじゃないだろうか。


 ちょっと、これ以上とんでもない武器が出てきたら困るので立ち去って、とりあえずベルベットさんの方に行こう。うん。


 ◇◆◇◆◇◆


 グレウカさんのところから更にベルベットさんが戦っているところへ。


 そこには鞭を振り回して戦っているベルベットさんの姿があった。

 ただ、どうやらまだ本調子じゃないらしい。


「ははははっ……!」


 本人は嗜虐的な笑みを浮かべて鞭を打ち、魔物の大群を食い止めている。しかし倒されている魔物はいるが他と比べると数は少ないように見える。フラウさんのところからこっちまで、一番最後に来たのにだ。

 だが苦戦している様子はないので、上手く戦っているのだろう。


 鞭で打ちつけて怯ませ、鞭を巻きつけて引き倒す。魔物を魔物にぶつけて体勢を崩す。そうやって大群を引き留めているようだ。


 災厄の龍を追い払った時のような威力はまだ出ていない。鞭の一発で魔物が倒せていないのだ。まさかわざわざ手加減している、なんてことはないだろうが。


 強烈な鞭が身体に当たり、浅く裂ける。魔物の悲鳴が上がり、ベルベットさんが舌舐めずりをする。……ひぇ。獰猛な肉食獣が、獲物相手に遊んでいるかのようだ。


「もっと悲鳴を聞かせろ!」


 鞭を振る手は止まらない。より苛烈に、より速くなって魔物を鞭で打ちつける。悲鳴の数も増えていく。だが、倒れる魔物の数より迫る魔物の数の方が多い。このままではいくら上手く立ち回っても数で押し切られてしまうのでは、そんな考えが浮かぶ状況ではあるが。


 師匠からベルベットさんの才能について聞いていたため、俺は様子見を続けることができた。


 鞭で打たれても平然と突っ込んできていた魔物が、鞭の一撃で大きく弾かれるようになってきたのだ。


「いいぞ、もっとだ!」


 ベルベットさんが楽しそうに鞭を振り回す。その数だけ悲鳴が上がる。攻撃が苛烈になっていく。


「そろそろ、遊びは終いにするか」


 にやりと笑ったベルベットさんが振るった渾身の一撃が、魔物の一体の頭に直撃する。すると、頭が弾け飛んだ。続いて振るったもう一発も、魔物の頭を吹き飛ばす。威力が明らかに上がっていた。


 ――『嗜虐烈火』。


 それがベルベットさんが持つ才能の名前だ。基本的な能力としては、悲鳴を上げさせる度に身体能力が上がっていく。


「いい調子だ」


 劣勢になっていないギリギリのところから、一気に形勢が変わる。そこからは蹂躙と言っていい状況だった。


 ベルベットさんの鞭が当たる度、魔物が倒されていく。頭を吹き飛ばし、心臓を穿ち、首を絞め千切り、圧倒的な武力で大群の数を減らしていく。

 その上で、一撃で仕留めず傷を与えることで悲鳴を上げさせていた。


 だから彼女の身体能力は留まることを知らず、どんどん上がっていく。


 しばらく大群と戦っていれば、鞭の一発で魔物の全身が弾け飛ぶまでになっていき、更には一発の衝撃で複数体を蹴散らすほどに。


 ベルベットさんは大群に向かって前進する。


「はははははっ!! いい悲鳴だ! もっと聞かせろ! 貴様ら魔物共の耳障りな悲鳴をな!!」


 本人はとても楽しそうである。

 魔物の大群には切れ目がない。ただ彼女の持つ才能はこういう場面に強すぎる。


 この人とフラウさんが一番騎士団側に近いところへ行った理由がわかった。

 殲滅範囲が広いから騎士団側をフォローできるのだろう。実際、街を円状に囲んで襲撃してきている魔物の大群の受け持ちは、騎士団の範囲が一番狭い。それでも普通の戦える人達がどれほどこの魔物達相手に戦えているのかはわからない。気配の数は減っていないのでまだ死者は出ていないようだが。


 俺は未だに身体能力を上げ続けるベルベットさんのことは放っておいて、騎士団の方の様子を見に行くことにした。


 と言うか、あんまり近づきたくなかった。……なんでこの人と文通してるんだろう俺。

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