第百七話 新手

 こちら側に集結していた化け物じみた人達はなんの問題もなさそうだった。

 なので俺は、きちんと実力を把握できていない騎士団の方を見に行くことにする。


 限りなく不意打ちに近い状況であったとしても、俺は前に騎士団長を暗殺している。

 それはつまり、その時の自分であっても騎士団長相手に辛うじて勝利を収めてしまったということだ。


 ……まぁ、そんな自惚れられる結果じゃなかったのは置いておいて。


 一般の騎士達の強さは知らないが、あのルグニカも相当に強い部類だったと思う。俺が比較している相手が異常なだけで。


 要するに、もしかして騎士団は一番人数が多くても厳しいのではないか、という考えが浮かんだのだ。

 死者はまだ出ていないようだが、俺は騎士団の戦況を確認してみた。


 百人近い大所帯が忙しなく動いている。

 前線を支える近接部隊。前線を支援する回復・強化部隊。後方から援護する弓・大砲部隊。

 ひっきりなしに働いていて、皆余裕がなさそうだ。一体を倒すにも数人がかりで切り崩して、後方からの援護もあってようやくといったところだ。騎士団に所属しているので戦闘に関する才能を持っているのだとは思うが、化け物じみた人はいないようだ。まぁそれでも正面から戦ったら俺より強いとは思うが。


 ……ルグニカの方が確実に強いな。


 サボりがちだったとはいえ騎士団に上り詰めただけはあったようだ。武器の扱い一つ取っても、彼女が上だった。


 ただ劣勢なわけではない。きちんと前線を維持しており、しばらく戦闘したら最前線を交代して代わる代わる休憩している。当然、普通の人は無尽蔵に体力があるわけではないので休憩が必要だ。


 とはいえ加勢するならここがいいだろう。まだ俺は魔物を一体も倒していない。ただ見て回っていただけだ。そろそろ俺も戦わないと。でも前線で戦っているところに突然現れたら気が散るだろうし、大群の後ろの方にでも行って数を減らしていようかな。


 というわけで騎士団の邪魔にならないくらい後方まで移動した。


 まずは頭の中で魔物の殺し方をシミュレートする。

 今街に迫る魔物の大群の中でぽつんと独り。動き始めて魔物に見つかれば、周囲の魔物が一斉に襲いかかってくるだろう。そうなれば命はないと見ていい。だから動きを予め決めて素早く、ずっと動き続けなければならない。というか結構街から離れたのにまだ奥まで大群が続いている。キリはなさそうだ。


 一通り決められたら、今度は動くきっかけ。いや、『ゾーン』に入るためのルーティーンを行う。


 抜いた短剣を宙に放り、掴む。ルーティーンは最初信じていなかったのだが、実際にやって『ゾーン』に入ることを繰り返していると、その動作をするだけで不思議と集中できるようになる。技能でもないのにここまで身に着くことは思っていなかった。


 『ゾーン』が発動してから、一気に動き出す。


 地を蹴り一番近くにいる魔物の喉元に迫り、短剣で斬りつけて仕留める。その瞬間周囲の魔物の注意がこちらに向いたが、すぐに『気配遮断』と【闇に溶けゆ】を使用して更に移動し、次の魔物を仕留めに行く。これを繰り返すことで、魔物の注意を引きつつ混乱を生じさせることができる。

 わざと距離を空けると余計に混乱して、大群の進みが遅くなる。これである程度街へ侵攻する大群を分断できて、多少なり騎士団は楽になるだろう。まぁあくまである程度ではあるが。


 『連殺』の都合上、足を止めることはできない。絶え間なく、完全な不意討ちで確実に仕留めていく。正確に居場所を探られない限り、魔物は当てずっぽうに攻撃するしかなくなる。若しくは光や炎を使われるとマズいが、そういう魔物は優先的に処理していっている。そういう時は身体能力も落ちるし魔物に捕捉される時間が長くなるからホントに面倒だ。……そういうヤツらだけ避けて騎士団に任せれば良かったかな。


 後からそう思わないでもなかったが、一度決めてしまったことを変えるのは難しい。特に『ゾーン』中は。そういう余計な思考をすると集中が切れかかってしまう。

 ただこの戦法なら俺でも大群を相手にできるようだ。戦いにしなければ、戦いでは勝てない相手も殺せる。師匠からは言われていたことだが、ようやく実感してきた。


 そしてなにより、気配を辿る、若しくは五感が鋭い相手にこそ【闇に溶けゆ】は有効だ。


 魔物の『連殺』を続けていく内にわかったことがある。それは、殺して移動する前に『残像』を残しておけば魔物の注意がそちらに引かれるということだ。魔物でなくとも一瞬気を引けるだろうが、魔物はそちらを見る。だからすぐ移動した俺の位置などわからず、『残像』の俺を掴もうと手を伸ばして空振りする。その間に次の魔物を殺すことができる。


 魔物の間を縫って暗殺し続けていると、魔物の侵攻が遅れていく。大群に紛れ込んだ敵を探そうと足を止めるからだ。だが俺の存在に気づかないもっと後方の魔物は進もうとする。そうして、互いに邪魔しないように侵攻してくる魔物の大群の列を乱す。

 俺は他の人より強くない。だから騎士団に協力する形、大群を独りで殲滅しようとする必要がない。多少殺し漏らしてもいいのだが、残念なことに途中からの魔物が俺に注意を引かれすぎて足を止めて振り返ろうとしている。……気にせず進んでいっていいんだけどな。


 だが遠くで俺の存在に気づき、ただ手が届かないからと眺めているだけのヤツほど狙い目だ。


 『連殺』方法を最適化しつつ繰り返していると、街へ侵攻する魔物を独りで食い止めているような状況になってしまった。災厄の支配下に置かれているとは言っても隣にいた魔物が殺されたら気になるのか、なんか上手いこと噛み合ってしまったらしい。


 とはいえ騎士団の人達も休息は必要だろう。俺の存在に気づかれるのは面倒だが、騎士団長クラスになると色々知っている可能性もある。味方なので安心して次に備えて欲しい。俺も疲れたら休むし。


 そうこうしていると、割れた空に妙な魔力反応があった。


 集中を切らさず合間で空を確認していると、ヒビ割れた空の亀裂から黒い泥のようなモノが垂れてきているのが見えた。……なんだ、あれ?


 一応魔力が形を成したモノではあるのだと思う。ただ嫌な感じがする。災厄の龍に遭遇した時のような、寒気のする魔力だ。


 そんな魔力反応が、大群の外側に落ちて、地面に広がっていく。魔物を殺し続けながら魔力だけで気にしておくと、どうやら泥のような魔力は一ヶ所に集まってなんらかの姿を形成しているようだ。


 やがて、それは黒い泥で出来た巨大な人型になった。


 魔物の大群の中にいても見えるほどの大きさ。十数メートルの魔物も多いが、それらより遥かに大きい。全長五十メートルはあろうかという大きさの魔物? が現れたのだ。そいつは黒い泥のような身体を持ち、顔に一つだけ大きな目を持っていた。

 その大きな白い瞳を瞬かせて、泥の巨人は大群の先にいる騎士団――の先にある街へと視線を移す。


 やはり敵の援軍、みたいなモノか。だがそいつはその場を動かず長い前脚を突いた体勢で前傾姿勢取る。そのまま、キュウンと瞳に光を集束させ始めた。


 ……なんだか、嫌な予感がするな。


 なんて言えばいいのか。薙ぎ払われそうな予感がする。他のところにも同じようなヤツが現れているようだが、そちらは大丈夫だろう。一番奥に現れようが、瞬時に倒してくれるはずだ。

 問題は今俺がいる方面、騎士団がいる方である。奥にいるせいで大砲や矢は届かず、魔法も射程外。とっておきの兵器があればまた別だろうが、今のところは対処が難しそうだ。


 つまり、俺がアレをなんとかしなければならない。


 光が集束し始めてから時間が経ってしまっている。いつ溜めが完了してもおかしくはない。だから、慎重さより速さを取るしかないだろう。


「……っ」


 俺は地面を思い切り蹴って、全速力で地面を駆ける。気配を消しての移動を捨てた全力だ。滅多に使うことがない手だが、その時の速さは普段より上。代わりに魔物の大群に捕捉されてしまうが、どちらにしろ街を攻撃されたら防衛戦としては負けたも同然だ。

 どうにか魔物の手足を掻い潜り、真っ直ぐに泥の巨人へと向かい跳躍した。


 正面から頭目がけて跳ぶ形になってしまったが、一刻の猶予もないので仕方がない。光が集束しているので俺の能力もほとんどが使えない状態になってしまい、その状態で今にも攻撃しようとしている敵の眼前に飛び出す。なんて命知らずの行動なのだろう。だが真正面に出れば確実に攻撃できる。相手は避けようもしなかったので、真っ直ぐに跳んだ俺はそのままヤツの目に短剣を突き立てた。


「―――!!!」


 そいつは耳を劈くような甲高い悲鳴を上げて呻く。集束していた光は霧散してくれた。暴発するようなことがなくて良かった。しかも【闇に溶けゆ】も発動しやすくなる。刃を突き立てた感触は妙なモノだったが、しっかり頭が弱点でいてくれたらしい。いや、それか目かな。どちらにしても、急所があることには違いなかった。崩れるように形を失っていく。

 『気配遮断』を使用した上で慌ててそいつの身体を蹴って離れ、空いていたところに着地する。倒せたから良かったものの、出現からして妙な敵だった。魔物と表現していいかもわからない。あるいは、災厄の眷属または魔力の塊と言ったところなのか。


 どちらにせよ、こちらを無視して街を狙うのなら優先的に対処しなければならない。


 と思っていたらまた空から黒い魔力が垂れてきた。……なるほど、第二フェーズ突入ということですか。


 俺がやるべきは騎士団側に出現した泥の巨人を倒すこと、そして街へ近づく魔物の数を減らすこと。他の人達が一人でそれらをこなしているのだから、同じことはできないにしてもそれくらいやらなければ。

 色々言っても、所詮やることはいつもと同じ。殺す、ただそれだけ。


 俺はそのまま、大群の奥めの位置で魔物を殺し続けるのだった。

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