第百五話 『怪力無双』、『略奪』、『千死双爪』
【影の軍勢】が魔物の大群との開戦の狼煙を上げた。
それから大群は一方向ではなく多方向から現れたので、集まった強者達は街を守るべく別々の方向に散っていった。
ただ俺は範囲攻撃を持ち合わせていない上、能力の性質上他人と息を合わせての連携なんて以っての外だ。つまり防衛線においてはなんの役にも立たない。
精々が他の人のフォローや厄介そうな魔物を不意打ちで暗殺していくくらい。
というわけで、【闇に溶けゆ】で魔物にも味方にも認識されない立場となり、こうして見て回っている。
最初は目についたところ……一番派手に戦いを繰り広げているフラウさんのところに来た。
と言っても心配しているわけではない。俺はどれだけ殴る蹴るしてもフラウさんに怪我をさせることはできないし、本気になった彼には手も足も出ないからだ。
狼のような魔物が突っ立っているフラウさんに飛びかかる。
「おらぁ!」
乱暴に振るわれた拳が狼の眉間に突き刺さり、爆散した。……文字通り。パンチの威力が高すぎて、直撃を食らった魔物が肉片と化して飛び散っている。どんな威力してんだ。
その後も魔物達は次々にフラウさんへ襲いかかり、拳と脚の一発で爆ぜていく。
「はは、はははははっ!!」
フラウさんは凶悪な笑みを浮かべて魔物を殲滅していく。魔物が爆ぜるので血肉が飛散し彼自身も血でべったり汚れているのだが、気にした様子はない。むしろ戦いはこうでなくちゃと言わんばかりだ。
「いい、いいぞ! もっとかかってこい! 最近魔物がいなかったから鬱憤が溜まってんだ!」
道理で嬉々として戦っているわけだ。魔物がいなくなって一時的に平和になったわけだが、この人にとっては良いことばかりではなかったと。
魔物は大群を以ってフラウさんに襲いかかっているが、一発で吹き飛び倒されていくので一切攻め込めていない。フラウさんの周りに骸が積み重なっていくだけだ。
「グオオオオォォォォォ!!」
重苦しい咆哮が響き、一体の巨大な魔物がフラウさんへ突撃してくる。赤い身体で棍棒を持ち角が生えている。丸く出た腹部と凶悪な顔つきで鬼のような見た目だと思った。
そいつはフラウさんへ近づくと、両手で棍棒を振り上げ、思い切り叩きつける。
近くにいた小柄な魔物が余波で吹き飛ぶほどの威力に、地面が陥没していた。
だが、フラウさんは無事だ。
「痛ぇじゃねぇか」
そう言いつつも、彼は一切怪我をしていない。頭から棍棒を叩き込まれたはずなのに、一切怯んだ様子がなかった。
渾身の一撃でも叩き潰せない異常な敵を相手に、魔物は棍棒を退けて半歩後退る。
「【鬼神乱舞】」
そんな恐ろしく頑丈な敵が、赤いオーラを纏い強化された。魔物からしてみればどれだけの恐怖だろうか。気持ちはわかる。
フラウさんは慄いた様子の魔物に向けて拳を繰り出す。直撃はしていなかったが、衝撃波が突き抜けて魔物の身体に風穴を開け、更には後ろにいた魔物すら倒していた。
大きな魔物が倒れ伏す。
「もっとだ、もっとかかってこい。こんなんじゃ足りねぇんだよ」
フラウさんは嬉々として凶悪な笑みを浮かべ、更なる戦いに身を投じた。
強化された魔物の大群を相手に無双している。どっちが化け物かわかったもんじゃない。
……うん。わかってはいたけどこの人の心配はするだけ無駄だな。というか援護したら邪魔するなとか言われそう。
好き勝手戦っているようでいて、通り抜けようとした魔物もきちんと仕留めている。防衛戦の意識はあるようだ。
俺は戦闘の様子を眺めて問題ないと判断し、声をかけることもなくその場を立ち去った。
◇◆◇◆◇◆
次はその隣、バーの店主こと元盗賊の頭領。バーテンダー衣装で戦闘に出てきて場違い感はあるが、この人も相当な実力者だと聞く。
そういえば名前聞いてなかったな。
彼の戦っている場所に来ると、やはりここも血の海と化していた。ただフラウさんと違うのは、地面に転がっている魔物の死体がほとんど無傷ということだ。
よくよく見ると胸元から血を流して倒れている。フラウさんとは違い、急所を一撃必殺。どちらかと言えば俺みたいな暗殺者に近い戦い方のようだ。
ザリッ、と靴底を地面に擦ってマスターが戻ってくる。
よく見えなかったが、今度こそ彼の戦い方が見れそうだ。
立ち止まった彼に向かって魔物達が襲いかかる。一つ前に倒された魔物が崩れ落ちるのを押し退けて、目の前の人間を殺そうと迫り来る。
マスターはぐっと脚に力を溜めて、姿を消した。と思えるほどの速度で瞬く間に動いていた。
再び同じ場所に現れた彼の足元に、ぼとぼとと大きな心臓らしき臓物が落ちる。どくどくと脈打ち、まだ生きているかのような状態。周囲にいた魔物は胸元から血を流して倒れていき、絶命した。
……なんだこの人、化け物だろ。なんであんな速度で動きながら魔物の心臓を素手で抜き取れるんだ。
流石、師匠やフラウさんと並び称される人物。これで壮年なのだから、全盛期はどれほど強かったのかと思ってしまう。ただの盗賊の頭領で収まっていたのだろうか。
十体の魔物から同時に心臓を抜き取りながら、彼の手には一切の血がついていない。血が付着するよりも早く抜き取っているということに他ならない。『連殺』とは桁が違う技量だ。
「魔物は命を盗むことが罪にならなくて助かります。昔は手癖が悪く、民間人から色々なモノを盗んでいましたからね。いやはや、魔物相手は楽でいい」
穏やかな笑みを浮かべてとんでもない独り言を呟き始めた。
「準備運動はここまでにしましょう。そろそろ身体も温まってきましたし」
彼は身体を解しながらチェストを脱いで放り、シャツを腕捲りする。
マスターの下へ無数の魔物が向かう。五十体の魔物が全方位から襲いかかっていた。数で押し潰すつもりか。
彼は瞳孔を開き、凶悪で残忍な笑みを浮かべる。遠目から見ていただけでぞわっとしてしまった。
「では、『略奪』の時間といきましょうか」
マスターは言うと、能力を発動させたのか全身にオーラを纏う。
「今回奪うのは、あなた方の命です」
魔物の胸元に同じオーラが灯ったかと思うと、彼の手元に無数の心臓が現れる。そして、外傷もなにもなく二十体の魔物が崩れ落ちた。
「便利なので、あなた方の膂力もいただきましょう。何分歳を取りましたから」
次の能力が発動した途端、十体の魔物が全身から力が抜けたように崩れ落ちていった。その時点では生きていたが、身体能力を上げたらしい彼に頭を踏み潰されて絶命していた。
師匠から聞いた話では、彼の持つ『略奪』はただ相手のモノを盗むだけの才能だと言う。
【物品略奪】、【身体略奪】、【生命略奪】の三つしか能力がない。加えて『略奪』の成功確率は本人の技量に応じて上がり、各略奪の上限も本人の能力に依存する。
盗賊に相応しい才能だが、その実『略奪』を持って生まれる者は欲望に素直な性格となるため能力の制御が効かず、つい一部ではなく全部を奪いたくなってしまう。ただ身の丈に合わない『略奪』を行おうとすれば自身にフィードバックが来るとのことだ。
つまり『略奪』の攻略法は、力量で相手を上回りそもそも奪われないようにするか、奪わせて自滅を誘うか。
例えばフラウさんから身体能力を奪おうとすれば、自滅して死にかけるそうだ。師匠なら技能を奪おうとすれば、とか。化け物同士の話なんて知ったことか。
ともあれ、そこからはより一方的だった。
格上相手でなければほぼ無敵を誇る『略奪』の前に、無数の魔物の命が奪われていった。
◇◆◇◆◇◆
元盗賊のマスターの、フラウさんとは逆方向。ここには師匠がいる。
思えば師匠の全力戦闘なんて目にしたことがあっただろうか。アベルの時は全力だったように思うが。
既に二人のところを回っており、師匠の戦いは始まっている。
こちらも全く問題なく魔物を迎撃していっているようだ。
無数の死体が積み重なる中で、師匠は舞う。
高速で移動しながら手の爪で軽く引っ掻き、致死毒で即死させる。
強烈な蹴りで魔物の首を反対側に回し骨を折って倒す。
やろうと思えばフラウさんみたいな戦い方もできるはずだが、長期戦を見据えて抑えているようだ。
相手に合わせて最適な殺し方を使い分けて実践している。超高速移動からの毒殺で殲滅とかだったら正直参考にはならないが、効率的で参考になる戦い方ではある。
惜しむらくは、俺が毒を扱えないことか。短剣での斬りつけに置き換えるしかないが。
軽やかに地を蹴り、魔物の懐に入り込んで爪で身体を引っ掻く。即効性の致死毒を仕込んでいるのか、魔物はもがき苦しんで倒れていく。毒が効かない相手には蹴りで対処。
実にスマートな戦闘だ。
と、ここまで観戦していて気づいた。
一切音が鳴っていない。
気配を絶ち、無音で近づいて死を与える。暗殺者としての戦い方の見本のようだ。
魔物の唸り声や倒れる音、暴れ回る轟音が響く中で妙に静かな戦いだと思ったのは、師匠から音がしなかったからだろう。
師匠は複数の魔物を一気に倒すような真似はしていない。ただ素早く一体ずつ処理していっている。しかもまだ全力は出しておらず、軽やかに動き続けながらも汗一つ掻いていない。
化け物であることには変わりないが、派手さや特別な技量はない。
師匠の強さは手段の多さだという。相手に応じて最適な手段を選び実践できるだけの実力を備えているからこそ、どんな時でも強さを発揮できる。
そして、手段が多いということは組み合わせも多いということ。
俺も技能を多く得て強くなってきたと思っていたが、こうして見ているとまだまだ背中は遠そうだ。
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