第百一話 増えた同居人

 俺はミィアさんを連れて三人の泊まっている宿に向かう。

 流石に道中はなにも言わなかった。気持ちが沈んでいるのだろう。


 宿の部屋の前で外に出た。……失礼だが、これまで浮遊していて感じなかった重さが感じられた。身長は三人よりも低いが、もしかしたら。


 しがみついたままだったので下りてもらい、扉を開ける。


「おかえり」


 第一声は師匠だった。戻ってきた俺を笑顔で迎えてくれる。ノルン、リリィもそれに続いた。俺も「ただいま」と応えたが、ミィアさんは俺の後ろにくっついて隠れてしまっている。……あれ、俺が来た時は人見知りな感じしなかったんだけどな。


 事前に他にも人がいることを伝えておかなかったせいだろうか。


 苦笑して彼女を前に押し出し、三人からも見えるようにする。


「……怖がらなくても大丈夫。三人は俺の……家族みたいなモノだから」


 表現に迷ったが、三人のことはそう紹介した。


「お兄ちゃんの家族……?」


 ミィアさんは恐る恐るといった風に三人を眺めていた。


「お兄ちゃん、ねぇ。随分懐かれてるじゃない?」


 リリィが笑顔で言う。妙な圧があった。ミィアさんがびっくりして半歩下がったじゃないか。


「あたしはアネシア。あんたがミィア・シャドウムかい?」

「う、うん」


 師匠はミィアと目を合わせて笑顔で挨拶した。こういう時の師匠は頼りになる。


「そうかい。良かったよ、無事で。まずはあたし達の家に行こうか。あんたがこれから暮らす、新しい家だよ」

「ミィアの、新しいお家……」


 住み慣れたと言っていいかは微妙だが、家から離れると聞いて少ししょんぼりした様子だった。だが彼女は顔を上げる。


「お兄ちゃんも、一緒のお家?」

「ん? ああ、一緒だよ」

「じゃあ行く! お兄ちゃんと一緒のお家!」


 即決だった。家族がいないと知って、心細く感じているのだろう。ついてくるとは言っていたが、ちゃんと意思表示してくれた。


「じゃあ朝になったら行こうかね」


 というわけで、今日は宿屋に泊まることになった。


 心細さはあるのか、彼女は俺にくっついて離れようとしない。仕方ないので眠るまで頭を撫でて、それから俺も眠った。

 師匠に「随分お兄ちゃんが板についてるじゃないか」と茶化されたが。


 俺もようやく、他人に優しくする余裕が生まれてきたのだろうか。


 ◇◆◇◆◇◆


 翌日。

 昼頃から動き始めた。

 起きてから、師匠が色々な手続きをしに行った。その間、俺達はミィアさんの相手をすることになる。


「えへへ~」


 ミィアさんは座る俺の上に座り、にこにこと嬉しそうにしている。なにがそんなに嬉しいか理解できないが。

 ノルンもリリィも年齢は近いはずだが子供と接するように接してくれている。俺はあまり会話に参加せずじっとしているだけだったが。


 それからは馬車で移動していた。ミィアは途中途中で影の中の様子を見ていたが、無事影の国も連れてこれているようだ。……呼び方は変えるように言われてしまったので呼び捨てにしている。

 問題は、というか。彼女の造った穴が俺とも共通であることは意外だった。いや、彼女を引っ張り出せたのである程度予想はしていたが。


 そんなわけで、彼女が俺の上に座ったまま影の中に入ろうとした結果、俺まで落ちるように入ってしまった。影の中に落ちる感覚は最初能力に目覚めた時のことを思い出す。

 まだそんなに時間が経っているわけではないはずだが、なんだか懐かしく感じてしまった。


 ともあれ、道中は順調だった。


「ここがお兄ちゃん達のお家?」


 街に着き、家に帰ってくる。彼女の元々暮らしていた屋敷よりは小さいが、立派な家だ。


「ああ、そうだよ。ようこそ――いや、こう言うべきかね。おかえり」


 師匠が自らの家を背に、笑って告げる。


「うん!」


 ミィアは嬉しそうに笑った。どうやら無事馴染めているようだ。彼女が持つ無邪気さがそうさせるのだろうか。

 年相応ではなく、年齢未満の子供のような振る舞いがあった。


 家の中に入れば、物珍しそうに中を見回している。


「そういえばあんた、随分と髪が長いねぇ」

「? うん、あんまり切ってないよ?」


 師匠が思い立ったように言って、ミィアが小首を傾げた。そういえば、大体俺が抱えていたから気にならなかったが、かなり長めだ。地面につくんじゃないかというくらい。あと毛量も多い。もう少しすっきりさせた方がいい、師匠はそう思ったのだろう。


「そうかい。ならちょっと整えようか。それじゃ髪洗うのも大変だろう?」

「お風呂苦手だからあんまり洗わないもん……」

「……あんた」


 ミィアの返答に師匠の顔つきが変わった。スイッチが入ったようだ。多分俺の時と同じ。


 ダメな人を矯正するスイッチが。


 師匠はミィアの耳元に口を寄せて何事かを囁いた。プライベートなので盗み聞きはしない。ただその後にミィアがハッとした顔で俺を見ていたので、ダシに使われたのだろう。


「お、お兄ちゃん!」

「……ん?」


 どこか切羽詰まった表情で呼んでくる。


「ミィア、お風呂入って綺麗にしてくるね!」

「……あ、ああ」


 風呂に行くのになにもそんなに気合いを入れなくても、と思うが。

 むしろ年頃ならちゃんと綺麗にしたがるモノだと思う。俗世から離れていた頃より更生する第一歩だと思っておこう。


 というわけでミィアは師匠に連れられて浴室に向かっていった。


「ねぇ。あの子ちょっと……なんて言えばいいんだろう。変じゃない?」


 師匠とミィアが完全にいなくなった後で、リリィが言う。


「そうですか? 少し、そうですね。見た目や年齢より幼い印象を受けますが……」


 ノルンはそう思わなかったらしく首を傾げていた。


「シゲオくんは?」


 リリィはノルンになにも言わず問いかけてくる。


「……多分だけど、元の暮らしへの未練がないからじゃないか?」


 俺は実際に話して連れてきたので、その辺りがよくわかっている。

 家族の死に対する情の薄さ。遺品などは持たず、影の国が動かせればついてくるという条件のこともそうだ。


 今の俺ならそれがどれだけ薄情なことなのかわかる。いや、そういう意味では元の世界にいた俺と同じなのかもしれない。帰属意識が薄いとでも言うのだろうか。


「そうね。だって、家族が死んだのよ? なのにあの子、あんまり悲しんでないから……」

「確かに、そうですね。ですがそれは事前情報でわかっていたのでは? あまり情がないとわかっていたからこそ、実の母親から他人に依頼が出ていたのでしょうし」


 二人の言うことは尤もだ。


「そりゃわかってはいたけど、実際に見るとまた違うじゃない。……まぁ過去のことはとやかく言えないけど。でも、これからはそうやっていられると困るでしょ」


 リリィはの言葉にノルンは黙り込んだ。


「私には、あの子が危うく見えるの。だから――」


 彼女は真っ直ぐに俺の目を見据えてきた。


「影の中にも入れるシゲオくんは、もしかしたらこの世で唯一彼女をこっちに留めておけるかもしれないのよ」

「……」


 なんとなく、わかってはいた。だがこうして言葉にされると……やはり重いな。


「……ああ、わかってるよ」

「ならいいけど」


 どうやらリリィはその忠告がしたかったらしい。話が終わると浴室の方に向かっていった。俺にどうこう言いつつも、なんだかんだミィアのことを心配しているようだ。


「素直じゃありませんね」

「……まぁ。ただ、他人に目を向けられるようになったのはいいことじゃないか?」

「はい、そうですね」


 自分のことでいっぱいになっていたリリィがああして他の人のことを気にかけている。そんな変化が嬉しいなのだろう、ノルンは顔を綻ばせていた。……俺はあんまり直接見かけないのだが、やっぱりこの二人って仲いいよな。


 ノルンと二人で三人のあれこれが終わるまで待っていると、


「お兄ちゃーん」


 ふと浴室の方からミィアの声が聞こえてきた。


「……どうした?」

「これからお風呂入るのー。お兄ちゃんも一緒に入るー?」

「……遠慮しとく」

「わかったー」


 無邪気にとんでもないことを口にするモノだ。精神年齢としては十歳前後になるのだろうか。男女とかそういうところも気にして欲しいのだが。


「主様。私も、行ってきますね」

「……ああ」


 ノルンの方から行くとは思わなかった。だがまぁ、これもいいことだ。リリィの変かを喜んでいるようだが、多分お互い様なんだろうな。


 そんな背中を見送り、独りのんびりと時間を潰す。


 浴室はかなり広めとはいえ、流石に四人だと狭いだろう。裸の付き合いなる文化がこっちの世界にあるかはわからないが、これを機に仲良くなってくれればいい。


 しばらく待っていると、風呂から上がったらしく浴室の方が騒がしくなってきた。


 最初に出てきたのはミィアだった。風呂上りのほかほかな様子で、髪がかなりすっきりしている。艶も増しているような気がした。師匠とリリィがいるので念入りに手入れされたのだろう。

 だがなぜだか浮かない顔をして伏せがちだった。どうかしたのだろうか。


「……ミィア?」


 声をかけると顔を上げて、俺を見て涙目になった。……え、なに? マジでどうしたの? 俺なんかしたかな。


「お兄ちゃ~ん!」


 ミィアは涙目のまま駆け寄ってきて、俺に抱き着いてきた。困惑しながらも受け止めると、彼女は抱き着いたままの姿勢で見上げてくる。


「ミィアだけぷにぷになの!」


 涙目の必死な表情で、彼女が言った。……ん?


「……えっと?」


 いきなりのことに困惑して言葉が頭に入ってこない。


「ミィアだけ、ミィアだけぷにぷにだったの……。お腹、ぷにぷにだったの……」


 酷く落ち込んだ様子で繰り返す。それを聞いてようやく彼女の言いたいことが理解できた。


「……あー」


 なるほど。

 どうやらミィアは、あの三人と一緒に入浴して引き締まった身体を眼前に突きつけられてしまったと。

 師匠はそういうところに余念がない。暗殺者として一線からは退いているとは言っても日頃の努力は欠かさない。美貌やスタイルの維持に努めている。

 ノルンはすらっとしていて細身だ。日々の鍛錬によって無駄な脂肪がつきにくい。

 リリィは細身ではないが身体を鍛えているし、コスプレの都合上スタイルを維持しないとなり切れないと言っていた。二次元キャラは総じてリアルより痩せすぎな部分もあるので、無理のない範囲での話ではあるが。


 そんな三人と、影の中に引き籠もってあまり運動をしてなさそうなミィア。プロポーションの良し悪しを比べるべくもなく、至極当然のことだ。元の世界のモデルさんなんかもそうだと思うが、スタイルの良さには裏づけされた努力が存在する。


「……まぁ、あの三人はな」

「うぅ……。ミィア、ミィアダイエットする! ぷにぷにじゃなくなるの……」


 苦笑していると、ミィアがダイエットを決意していた。……とは言っても別にミィアは太っているわけではない。無理にダイエットする必要はないと思うのだが。


「……あんまり気にしなくてもいいとは思うけど、無理しないでな」

「うん! ミィアがんばるね!」


 本人がやる気になっているなら良しとするか。


 ……と思っていたのだが。


 翌朝。

 一緒に寝ると言って聞かないミィアは俺の部屋で寝ていたのだが、朝になって部屋から出て階段を下りる時のことだ。


「……ミィア、それは?」

「? どれのこと?」

「……その、ミィアをヤツ」

「便利だよ? 移動する時に楽ちんなの」


 彼女は自身の足元にある影から縄状のモノを伸ばして身体を持ち上げ支えていた。どうやら移動する時にも能力を活用しているらしい。


「……あんた、それやめようか」

「え!? なんで!?」


 その様子を見ていた師匠が言って、ミィアが驚く。……当たり前だ。歩くことすらサボっていたら、当然ぷにる。と言うかこのまま生活を続けていたらぽちゃることになりかねない。ぷにぷに程度では済まない可能性だって充分ある。

 そもそも普通の生活を送るだけの筋力すらないんじゃないだろうか……。


 どうやら、ミィアのぷにぷに脱却ダイエット計画は長期間に及びそうである。

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