第九十九話 影の国の女王
救出依頼を受けて、俺達は現地へ行くこととなった。
今回は俺と師匠だけで良かったのだが、ノルンとリリィもついてくることになっている。留守番は嫌らしい。
馬車でかなりの時間過ごすことになったが、皆いたのでいつも通り穏やかな旅路だった。
道中に遭遇する魔物がほとんどいなかったこともあるか。災厄の予兆、魔物がいなくなるが起きている証拠だ。近々勇者一行があの超巨大龍を討伐するらしい。あんなヤツが倒せるのかと思ってしまうが、それほどの力を勇者様達はつけているのだ。
俺も多少なり強くなってきたが、勇者一行は強敵との戦いを繰り返している。俺とは比べ物にならないスピードで成長してきたことだろう。
この世界の命運が懸かっているので是非とも頑張って欲しい。
他力本願なことだが、災厄をどうにかするという点で言えば俺は無力なのだ。
「ここがシャドウム家の領地だね」
そうして辿り着いた、シャドウム家領地・クカゲーダ。シックで落ち着いた雰囲気を持つ街並みが広がっていた。街の人達は穏やかに過ごしている、ように見える。いや、少し緊張しているようにも思えた。
街の状況としては、小さな森を挟んだ奥にあるシャドウム家の屋敷に賊が侵入して、おそらくミィア・シャドウム以外は殺されている。領地を治めていると言っても基本的に表へは出てこないらしく、税金さえ納めてくれればいいよというスタンスだそうだ。他の貴族との付き合いも薄く、パーティも開かない。温厚で貴族らしいことをあまりしないため、悪い貴族ではないがいい貴族とも言えず、民との関わりもほとんどないため慕われているわけではない、という。……要するに陰キャ貴族なのだろう。
元々領地を持たない零細貴族だったところを強い才能を持った一代で功績を立て、領地を貰うに至ったそうだが。それまでは同じ貴族からも一般国民からも「そんな家あったっけ?」と思われるほどの影の薄さだったという。
なんか親近感湧く家系だ。というかリリィにも「シゲオ君の家系って感じする」と言われたくらいだった。うちの両親は普通だったと思うんだけどな。実の親より親近感湧く異世界貴族ってなに。
「落ち着いたいい雰囲気のところね」
「はい。……もう領主のいない街とは思えません」
「兵士が通り道を塞いで隔離してるって話だからね」
事件が起きていなければ、いい街で終わっていたはずだ。
兵士達が占拠された屋敷へ乗り込まないのは、ミィアさんの行方が知れないからだ。他の人が既に亡くなっているのは、死体が外に運び出されて燃やされるところを目撃した人がいるからである。ただ肝心のミィアさんは見当たらず、救助したいが運悪く人質に取られでもしたら困ると。影の中から外がどう見えているかわからない以上、戦闘を迎えだと思うだとか、色々な憶測が飛び交う。唯一の生き残りだけでも救出したいが……。ということのようだった。
そんな状況で国に届いた領主からの手紙によって、国はミィアさんを救出できる人物を探していた、というのがこれまでの経緯。
貴族とはいえ力もあまりなく野心もない家系だったため、後継であるミィアさんを他国に渡すことも厭わないと。……いや、その点に関しては厄介払いの面もありそうだが。
「早速屋敷のある方へ行ってみようかね」
師匠を先頭に、俺達は街と屋敷を挟む森の方へやってきた。
道は兵士が塞いでいる。賊が民になにかを要求することはなく、屋敷から出てくる様子はないそうだが、不用意に立ち入る人が出ないように見張っているそうだ。森を通過する人もいないように『気配察知』のできる兵士さんらしい。
「ちょっと通してもらうよ」
「…………はい、承知しました」
師匠が兵士の一人に近づいていって紀章を見せると、少し訝しんではいたが通してくれた。
女三人男一人という妙な一行が国に認められた立場であることが不思議なのだろうか。
通路は森の真ん中を通るように設けていた。真っ直ぐ行くと黒い大きな屋敷が待ち受ける。
師匠が近づかずに立ち止まったので、気配を探ってみた。
……中にいる人数は五人。そう多くないが、全員男かな。つまりミィアさんがどこにいるかはわからない。
「んー……。件の子はいないみたいだね」
「ですね。気配が五つ、男性のモノしかありません」
「じゃあどうします? シゲオ君だけ影の中を探しに行ってもらいますか?」
「そうだね、それが一番確実か」
表に気配がないということは、二択しかない。影の中にいる、若しくは死んでいる。
「じゃあ一旦宿屋に戻って、夜に行ってもらおうかね」
「……はい」
すぐに決定した。
今回の依頼は第一にミィアさんの安否を確認する必要がある。だからまず、俺が影の中に入っているかどうかを確かめる必要があった。
影の中がどうなっているかわからないが、一応用心して臨むとしよう。
◇◆◇◆◇◆
シャドウム家。
細々と続いている貴族の家系にして、代々影にまつわる才能を持つ者が生まれる特異な家柄でもあった。
才能は血筋と密接な関わりはないとされているため、シャドウム家のような一部の家系を除き、両親の才能と関係ない才能に目覚めることも多かった。
なぜそのような家系があるかについては、炎や水といった魔法の属性に関連する才能の場合は後世に継ぎやすいとされている。影の能力を持つシャドウム家は、昔々闇の才能を持つ家系から分かたれた分家、だという説もあった。
ただし影に関する才能と言っても今ではあまり強い才能を持つ者は生まれていなかった。
直近で言えば、零細貴族だったシャドウム家に領地を持たせるほどの功績を立てた者くらい。その者は「影と共に在る」とも言われ、影を操るのはもちろん、影と同化することもできたとされている。
しかし、現代になって突如途轍もない才能を持った者が誕生した。
ミィア・シャドウム。
『影の女王』という、影を操るという一点に置いて歴代最高峰の権限を誇る才能を持って生まれたのだ。
他のシャドウム家の者達では入ることすら許されない影の世界へ自由に出入りすることができる。
影を操って様々なことができる。
特に影の世界において、他の才能では比類する者なしとされていた。
赤ん坊の頃から好き勝手にできる世界を持っていたミィアは、物心つく前から勝手に出入りを繰り返し、物心がついてからも影の世界に入り浸ることとなる。
ただ、最初は能力への理解もなく、ふとした瞬間に転がり落ちてしまっただけであった。
見慣れたお家ではなく、暗く静かななにもない空間。赤ん坊の身で入ってしまった彼女は、押し寄せる不安に泣き叫ぶしかできなかった。
いや、あえてシゲオと区別するなら、彼女は泣き叫ぶことができていた。
声を発する、そしてなにより呼吸する。シゲオの能力ではできないことができていた。
そんなミィアが生存本能のままに願ったことを言葉にするとしたら。
“だれかたすけて”
だったことだろう。まだはいはいで移動する赤ん坊なので、そこまで明確な意味はなかっただろうが。
だが彼女がそう願った途端、変化が訪れた。
突如として現れた漆黒の腕が、ミィアの小さな身体を優しく抱き止めたのだ。
それは、二メートルもある漆黒の甲冑姿だった。禍々しい造形と唯一赤く光る目。暗黒騎士と表現するに相応しい姿であった。
赤ん坊がそんな騎士を見れば余計に泣いてもおかしくはないのだが、ミィアは泣きやみ笑う。直感的に騎士が味方であることを理解したのだ。
ミィアは騎士に抱えられたまま、しばらく構ってもらう。抱っこも高い高いも、ミィアが望めばなんでもしてくれた。
それもそのはず。
この騎士はミィアが能力によって生み出した、ミィアが望む通りに動く存在なのだから。
ミィアはお腹が空いてから母親が恋しくなり、泣き出す。この時に願ったことは、“おかあさんのところにかえりたい”。当然、忠実なる騎士は彼女の意思に従い外へ通じる穴を作って外へ押し出した。
この時、影からは漆黒の籠手だけが少し出ており、それをミィアを探していた母親に見つかったことで騒ぎになった。
だが影から甲冑の腕が出てくるなんて聞いたことがない。そして極めて異例なことだが、急遽才能の儀を執り行ったことで彼女の持つ才能が判明する。
『影の女王』。
【影の女王】は影を自在に操り、影の中に入り、影であらゆるモノを生み出せる。
【影の軍勢】は影から生まれた軍勢を影の外に呼び出すことができる。
暗黒騎士は【影の軍勢】に当たる能力の一部であった。
強力無比な才能を持つことはいいことでもあるが、どうあっても家族が干渉することはできなかった。なにせ、影の中に入る能力を持つ者がいなかったから。
とりあえず注意して見守るということになったのだが。
赤ん坊との意思疎通は難しい。ミィアがして欲しいことを親が察するのも時間がかかる。
だからこそ、望めば望むことをしてくれる騎士のいる影の世界は、非常に居心地が良かった。
それからというもの。ミィアは隙あらば影の中に入り、騎士とばかり遊んでいた。
それは立てるようになってからも、走れるようになってからも同じ。
同年代の子供達より、同じ家にいる家族より、影の世界で過ごす時間の方が多く、増えていく。
母親の「影の中に入っちゃダメ」という言葉を聞いてから自分が入っている場所がカゲなのだとわかり、カゲの中にいるからと暗黒騎士に「カゲさん」という名前をつけた。
カゲさんだけじゃ寂しいよね、と騎士を増やした。ただしカゲさんは所謂騎士団長のような立場であり、他の騎士は百八十センチほどの大きさで装飾も少し抑えたモノとなっていた。また、二人目以降は全く同じ姿だった。
なにもない空間じゃ寂しいし不便だよね、と家具を生み出した。
街を作った。
草木を作った。
そうして、彼女だけの国が生まれた。
「みんなも来ればいいのにねー」
ミィアは無邪気に笑う。自らが生み出した影の国の中心で。
影の中にいる限り彼女はほぼ無敵であり、好きに自由に望むままに過ごすことができる。
また、彼女はモノに限った話ではあるが、影の中に持ち込むことができた。
故に食べ物も本も持ち込むことができたのだ。
ふわふわと浮かべず、影の皆もおらず、影の世界に理解を示さず。
そんな表の世界など、彼女はいらなかった。
影の中に入れば彼女の望むモノがあり、欲しいモノが手に入るのだから。
そうしてミィア・シャドウムは人との関わりが極端に少ないまま年月を重ね、身体だけ大きくなり、相変わらず精神は子供のように幼いままとなっていた。
そんな彼女に、母親が遺した最期の言葉は。
「いつかきっと、運命の人があなたを迎えに来るわ。それまで、影の中で待ってるのよ」
「うん、わかった!」
影から出ろ、ではなく影の中にいていいという言葉は初めてだったので、ミィアは嬉しそうに返事をした。
面倒だからと顔だけを出した状態だったため、母親の胴体から下がなくなっており、夥しいほどの血で濡れていたことにも気がつかず。
そうしてミィアは飲食料を倉庫から持ち込み、残りをずっと影の中で過ごすことにした。
……その結果、屋敷を占拠した賊は倉庫から飲食料が徐々に消えるという現象を不思議がり、まだ生き残りがいるのだと確信して日々探し回ることとなっていた。
「まだかなー、まだかなー」
母親の告げた運命の人が迎えに来る日を、ずっと。
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