第九十八話 専用依頼

 リリィの暗殺依頼が取り下げられた。


 俺達の方からもう問題ないという報告を行い、責任を持って監視していく旨を伝えたというのもあるが。


 どうやらリサが内側から手を回してくれたらしい。

 彼女の近況は噂になるので耳に入っているが、政府の一員として活動していく中で少しずつ味方を増やしていっているようだ。この味方というのは彼女に取り入ってなにかを企てるような者ではなく、ちゃんとした彼女の支持者だという。

 入って間もないが勢力の広がる速度は尋常ではないとか。


 国の代表者と姉が率いる現勢力に対抗できる唯一の勢力だと言われている。というか現勢力が強すぎるらしいが。


 最初現れた時はてっきり二人に加わるのかと思われていたが、加勢ではなく対抗を選んだらしい。


 明らかに国の代表を獲りに行っている。


 まぁリサは真っ向から戦っているようなので、この国は良くなるばかりだろう。


 ……師匠に聞いた話だが、疎遠だった姉に向かって開口一番リリィの暗殺依頼について言及したそうだ。かなり憤慨していたらしい。


 どうやらあのお姉さんが妹と仲直りできるのはまだ先のようだ。


 そんなわけで平穏な日々が完全に戻ってきたのだが。


 新たな依頼が来たということでリビングに呼ばれた。


「うーん……」


 俺がリビングに来ると、師匠が書類を見つめながら唸っていた。


 今回は俺への指名依頼ということで他の二人が話を聞く必要はないのだが、興味本位で聞くだけ聞くようだ。

 席に着いて師匠に尋ねる。


「……そんなに難しい依頼なんですか?」


 深刻な顔はしていないので嫌な依頼ではなさそうだが。


「いいや。あんたなら問題なくできるよ。というか、あんた以外にできる依頼じゃないね」


 師匠は苦笑して言う。珍しく、真剣でもない。悪人の暗殺依頼ならもっと気を緩めずにいるのだが。


「ちょっと、数奇なこともあるもんだと思っただけだよ」


 師匠が依頼の書類を差し出してくる。師匠がそんな風に言う依頼が気になるのか、二人も身を乗り出してきた。俺は三人で見やすい位置に依頼書を置いてから、内容に目を通す。


「「えっ?」」


 見た瞬間二人が声を上げた。俺も同じ気持ちだ。


 依頼内容は、『ミィア・の救出依頼』と書かれていたのだ。


「……シャドウムって」


 救出依頼という珍しい依頼でもあるが、それ以上に救出対象の名前、取り分け名字に意識がいってしまう。

 というのも仕方がないことで、俺ーー影山茂夫の異世界での名前こそ、シゲオ・シャドウム。英語のシャドウマウンテンからもじっただけの適当な名字、のはずだったのだが。


「やっぱりそこだよね。出会った頃に適当につけた名字だってのに」


 からからと師匠が笑う。なるほど、これは確かに数奇だ。


「やはり、主様のご家族というわけではないのですね」

「……ああ。異世界人としての名字のままだと不都合があったから、それっぽく変えて名乗ってたんだけど」


 まさかこんな一致があるとは。


「もうある名字ならアネシアさんが気づいても不思議じゃないんじゃ?」

「いやいや。いくらあたしでも他国の貴族の名字までは暗記してないよ」


 リリィの言葉に師匠は苦笑している。師匠にも知らないことがあるらしい。

 というかシャドウム家は他国の貴族なのか。


 つい目を止めてしまったが、内容にも目を通していく。


「シャドウム家の屋敷が賊に占拠されたって。唯一死亡が確認されていない長女のミィア・シャドウムの救出が依頼? 賊の暗殺はしないみたいね」

「この子の持っている才能『影の女王』は影を操り影の中に入り込むことができる……主様の才能とそっくりです」


 聞けば聞くほど変な依頼だった。

 殺されていないかもしれないから助けに行く。

 その子は影の中に入り込める。その能力で影の中に引き籠ったまま出てこないらしい。


「……だから俺以外に受けられない依頼なんですね」

「ああ。シゲオじゃなきゃ、影の中に入れないからね」


 納得した。救出依頼なんて暗殺者の下に出す依頼じゃないだろうと思っていたが、そういう事情らしい。


「……ただ気になるのは、この子が影の中に引き籠ってるってところですね。俺の能力だと潜るんで、息継ぎが必要です。もしかすると同じような能力なだけで、違う異空間の可能性もありますけど」


 能力で入る異空間が必ずしも同じ異空間とは限らない。


「そうだね。でも、試さない選択肢はない。あんたで無理なら別の方法を考えるんじゃないかとは思うんだけど」


 俺にしか助けられないなら、俺が行く他ないか。ただそうなるともう一つ疑問が浮かぶ。


「なぜ、この子は影を経由して逃げないのでしょう?」


 ノルンが俺の疑問を口にしてくれた。

 もし俺と同じような能力なら、入った影以外の場所からも出ることができる。そうして屋敷外、衛兵のいるところまで逃げ出せば済む話だと思う。


「それがね、この依頼の変なところは屋敷にいた家族が死亡してから届いてるところにあるんだ。依頼人が、母親なのにだよ」


 言われて、ハッとする。


「どうやら、母親の才能『影占い』で未来を占って、自分達の死期を悟ったらしい。ただ普段から影の中に籠っているミィア・シャドウムは無事だった。しかも母親が、迎えが来るまで待ってろと言ったらしくてね」

「? でもそれじゃあ、シゲオ君がいなかったらずっと影の中で過ごすことになりません?」

「そうなってもいいと思ってたんじゃないかい? 元々影の中にいるばかりだったらしいからね。唯一生きるとすれば彼女だけ」

「未来予知で死期を悟ったのでしたら、事前に逃げるなりすれば良かったのではありませんか?」

「未来予知の能力全般に言えることだけど、結果は覆せないんだよ。逃げ出したら逃げ出した先で死ぬだけさ」


 無常な返答にノルンが顔を伏せていた。


「ここからは要領を得ないことなんだけど、どうやらこの子は影の中に王国を作ってるらしくてね。そっちの方が楽しいからって外に出なくなったんだ」


 言っている意味はわからなかったが、三人の視線が俺に向いたので首を横に振った。影の中に王国なんて見たことがない。


 しかし、なんとなく母親の心情がわかってきた。自分にも入れない影の中で楽しく過ごしている娘のよくわからない話に呆れて、過ごす時間も減って疎遠になっていったのだろう。

 ただ見捨てることはせず、言っても聞かないから仕方なく迎えを待つように言った、とか。


「しかも離れたくないって言って閉じ籠もったみたいでね」


 苦笑して言う師匠の言葉で納得できた。


 自分だけが入れる自分だけの世界。夢の国と言ってもいいかもしれない。そんなモノ、子供なら手放すわけもないだろう。……資料には十五歳前後と書かれているが。人は人と関わって成長する。だから人との関わりが極端に少ないと精神的に幼いままになってしまう。俺がそうだからわかる。


 そういう理由もあっての現状ということか。


 連れ出そうとしても離れないし、すぐ影の中に籠もってしまう。そうなるともう第三者にはどうしようもない。

 だから一縷の望みをかけて、救出依頼を出したと。


「政府からの依頼内容はミィア・シャドウムの救出。そして保護と管理だね。要するにうちで引き取れってことさ」

「確かに、影の中に入り込める能力は同じ主様の能力でないとどうにかできませんからね」


 救出後も俺達に任せたいようだ。能力の都合上仕方がない部分はあるが。

 まさかこんな形で同居人が増えることになろうとは。いや、まだ確定ではないが。


「というわけで、今回の依頼は難易度が高いわけじゃないけど特殊な状況だ。救出自体には援護できないし、暗殺も行わない。あたしは屋敷の外で待ってるだけになるけど」


 師匠に言われて少し考える。

 依頼を受けること自体は問題ない。助けた子がうちに来るのも問題ない。懸念点は俺と彼女の異空間が同じモノかどうかだけであって、それは実際現地に行ってみないとわからないことだ。


「……受けます」


 とりあえず受けるという返答だけはしておく。


「そうかい。なら手続きを進めておくよ」


 久し振りの他国出張となる。一応政府に属しているので、色々な手続きが必要になる。こういう細かいところもまだ師匠がやってくれていた。

 思えばあの師匠が因縁としている依頼以前は引き継ぎをしようとしていたように思う。ただあの依頼は終わったので、師匠もしばらくはいるであろうことが確定した。だからそれまでにやっていた手続きなど面倒な部分は引き続き担当してくれている。


 いつかは引き継ぎを受けるのだろうが、まだ先の話になるだろうか。


 ともあれ、俺は新しい依頼に向けて準備を進めた。と言ってもやることはあまりなかったのだが。

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