第九十三話 やるべきこと

 俺は家に帰って、早速師匠のところへ顔を出した。


 俺の顔を見た瞬間、師匠が嬉しそうに笑っていた。リサもそうだが、そんなにわかりやすい顔をしているらしい。


「待ってたよ、シゲオ」

「……答えが決まりました」

「ああ、聞くよ」


 師匠に出迎えられて、俺は自分の意志をはっきりと口にした。


「……俺は、リリィを殺しません」

「そうかい」


 断言した俺に師匠は微笑んだまま頷く。そうするとわかっていたのだろう。


「じゃあ、具体的な話をしようか。座りな。あたしが思いついた選択肢を示すから」


 師匠に言われて座ったが、俺も話しておくことがある。


「……それなんですけど、俺の方でも考えてきたモノがあります。それを実現するには、政府に依頼を取り下げさせる必要があります。できますか?」


 尋ねると、師匠は目を丸くしていたが飛び切りの笑顔を見せてくれた。


「それが、あたしの示すつもりだった第三の道だね」


 どうやら師匠の思惑と合致していたようだ。


「殺す場合は不要。殺さない場合でも、逃亡すらせずに事態を治めるには、政府が依頼の正当性を検討し直す状況を作り出せばいい」


 不敵な笑みを浮かべる。最初からこの方法を提示されていれば、俺はそうしようと思っただろう。だが、師匠が言っていたように俺が決意しなければ実現ができないことでもある。


「……はい。だから俺が、リリィを引き留めます」


 俺は宣言した。


「なんだか、プロポーズしに行くみたいな顔してるじゃないか」


 師匠が茶化してきて、苦笑してしまう。そんな顔をしているつもりはなかったのだが。


「……まぁ、一大決心という意味ではそう変わらないですかね」

「それくらいじゃなきゃリリィを引き留めるのは無理だろうからね。当然のことだ。というより、あんたがその辺をわかってるみたいで良かったよ」

「……はい。リサが色々と話を」

「あぁ、あの子か。優秀だからねぇ。人を見る目は本物だよ」


 師匠が言うのだから、相当に凄いんだろうな。わかってはいるけど。


「それじゃ、具体的に詰めていこうか」

「……はい」


 そうして、俺はやっと建設的な話し合いをすることができた。

 どういう流れにするかは、師匠の意見も聞いて組み立てていく。


 準備が整ってからリリィとノルンが止まっている宿屋へ手紙を届けてもらう。


 迷いが晴れたなら、やると決めたことを全うしよう。それが俺にできる最大限のことだ。


 ◇◆◇◆◇◆


 二日後の夜二十時前。

 外にある訓練場にて、俺は独り待っていた。服装は動きやすさも合わせて、暗殺衣装にしている。仮面とマスクはなしの状態だ。フル装備と言える。


 リリィには二十時に来るよう手紙で伝えてある。ノルンは同行せず、独りで来るようにも書いていたので、やがて現れた人影と気配が一つであることに安堵する。


 この場に第三者の介入は必要なかった。


「ちゃんと、殺しに来たのね」


 現れたリリィが言う。鋭くこちらを睨んできていた。暗殺衣装を着ているのだから当然のことだ。しかも待ち合わせ時間も夜だし。


「……」


 俺は答えず、短剣を構えた。


「話し合う気はないってこと? まぁいいわ。イライラしてたし。一思いに斬ってあげる」


 リリィも俺の意思を汲み取って、腰の刀に手をかけて構える。居合いか。


「お望み通り、この刀で一番最初に殺してあげるわ!」


 その言葉を合図に、俺は駆け出す。『極限集中』から『ゾーン』、『身体加速』。ただし【闇に溶けゆ】は使わない。


 居合いの間合いに入った瞬間、抜刀される。容赦なく殺しに来ている。それでいいと思う。この戦いにどれほどの意味があるかと言われると、まぁ決定打前の前哨戦って感じか。

 飛び退いたが腹部の布が斬られてしまった。だが剣を振り抜いた今がチャンス。間合いを詰めて斬りかかる。だが後ろにかわされてしまい、そこからは互いの剣をぶつけ合い殺し合う。


 真っ向から、真剣勝負。というリリィにやや有利な状況だ。夜で暗いが、『剣聖』にとっては関係ない。【闇に溶けゆ】を使わない俺なんて雑魚同然だが、リリィに迫ることを目標としている。


「正面から勝てるわけないでしょ!」


 だが彼女の言う通り。【闇に溶けゆ】ありきの不意打ちなしでは、勝負になるわけもない。勝てるわけがない。大きく弾かれてしまい、高速の剣撃を受け止めるだけになってしまう。防戦一方。しかも細かな切り傷がどんどん増えていく。


 それでも、つけ入る隙はある。


 どうにかチャンスを掴もうとするのだが、『剣聖』相手ではやはり部が悪い。


 袈裟斬りが当たってしまい、浅くはあるが血が噴き出てしまうほどの傷を負った。一息吐くために距離を取る。


 リリィは刀についた血糊を払っていた。


「意味がわからないわ。殺す気あるの? それとも殺されに来たわけ?」


 呆れたように言う。その疑問は当然だと思う。


 ただ、殺す気がないと言うつもりはまだなかった。


 短剣を構え直して戦闘の意思表示をする。


「……中途半端。なにもかも。あの時となにも変わってないじゃない! いいわ、そんなに死にたいなら殺してあげる!!」


 リリィは苛立った様子で刀を振るい斬撃を飛ばしてきた。回避して、一気に肉薄する。


「だから、無駄なのよ!」


 知っている。俺がいくら全力を出したところで、リリィに敵う道理はない。殺すだけなら忍び込んで殺すのが一番簡単で確実だが、殺す気がないのだから。


 短剣と刀がぶつかり合う。パワーでは負けていない、と思う。ただ技量が桁違いに高い。取り回しのしやすい短剣を使っていて刀で返されているのだから、相手の方が速い。捌き切れずに傷が増えていく。


 ただリリィにも隙がないわけではない。憤ってはいるが、俺がなにをしたいかわからず困惑しているようだ。……それが正しい。だってこの戦い自体に意味はないから。


 リリィが本当に引っ張られることを望んでいるのだとしたら、一番最悪なのが今の状態。どっちつかず。

 手紙を読んだ時点ではあったであろう期待を粉微塵に砕く最低の所業。


「ホントになんなのよもう!」


 訳がわからなくて正解なのだが、それは相手に悟らせない。


 俺に自信がないのはいつも通り。だから期待されるのは好きじゃない。リリィが持っていた期待、二つ共を砕いてから答えを提示する。先に失望してもらった方が、効果的だと師匠が言っていた。

 なくてもいけるかもとは言っていたが、より劇的にするための演出だとか。


 そう言われたらそうかな、という感じ。


 二度目の大きな傷を与えられて距離を取った。


「……ねぇ。目的はなんなの? なにをしようとしてるの?」


 リリィは構えつつも尋ねてくる。困惑している。それに、対話を求めている。さっきから声をかけてきて、俺の考えを聞こう知ろうとしている。


 それが、リリィが殺す殺される以外の選択肢を望んでいる証拠。


 ……になると師匠が言っていた。

 確かに、殺し合いを望んでいるならもっとがんがん来てもいいと思う。ホントの本気ならもう死んでいてもおかしくはない。致命傷くらいはありそうだ。


「なんで、応えないのよ」


 眉間に皺を寄せる。怒りではなく、困惑と不安が覗いていた。そんな顔をされると戦意が削がれるからやめて欲しい。


 俺は、どうにかしてリリィの懐まで潜り込まないといけないのに。


「……」


 答えず、再び駆け出した。リリィの顔が悲し気に歪む。理由は、俺が数日で変わっていないと見たからだろうか。……必要とはいえ、少し嫌だな。


 俺は本気でリリィの背後へ回る。


「っ!」


 慌てて振り返ったリリィに刃を受け止められてしまったが。そこからまた、剣の応酬が始まる。フットワークを駆使することで攻撃を散らさせて回避できることが増えてきた。

 というか俺、普段は拳や脚を織り交ぜて戦うんだが。剣持った、しかも達人相手だと蹴りを剣で受けられてすぱっと斬られることがありそうなのでできない。そもそも短剣での攻撃が主体じゃないとかどんな戦い方してきたんだ一体。


 本気を出してもリリィには及ばない。何度も言うようだが闇に潜めなければ俺なんてこんなモノだ。


 しばらく戦っていると脇腹を切り裂かれて血が滴った。


「どう足掻いても無駄よ。あなたが私に勝つことはないわ」


 わかってはいたが、強い。こうも一方的になるとは。しかも相手は手心を加えている。


 リリィに対話の意思があることを確認できただけでも戦いから始めた意義はあるだろう。

 今の発言も、戦いを諦めろと言っているようなモノだ。ここで投降しても対話には持っていけるだろう。


 だから俺がこれからリリィに勝つのは、ただのカッコつけだ。


 負けたままではインパクトが薄れてしまうから。


 俺は再び駆け出す。リリィは残念そうな顔をしながら、迎え撃った。


「無駄だって言ってるでしょ!」


 いい加減イライラしてきたのか、太刀筋が乱れている。ただ、達人同士の戦いではないので全く持って優位にならない。


 俺は不意を突くために、右手に影の短剣を作り出して持った。


「っ!?」


 攻撃を受けさせた直後に右手を振るい、リリィを狙う。一発限りの不意打ち。だが受けられはしてしまう。俺が二刀流に慣れていないのもあるが、不意を突いた程度で攻撃を当てられるならここまで苦戦していない。


 ただ、懐に入る隙は得られた。


 俺は左手の短剣を放してリリィが持っている刀に『掌打』を当てて武器を手放させる。


「っ……!」


 刀は失ったが、リリィは今俺の渡した首飾りをしている。他に隠し持っている刃物もあるかもしれない。身体能力は落ちないだろうが武器を手放させたら俺の勝ちだ。


 俺は一歩踏み込む。リリィは驚いていたが、少しだけ口端を上げていた。代わりに眉尻が下がっており、このまま殺されてもいいと思っていそうな表情ではある。気に食わない。

 右手の短剣は消して、リリィの左手首を掴んだ。


 近づいたリリィの顔が驚きへ変わる。俺から触れることなど一切なかったからだろう。


 俺は強くリリィの瞳を見つめた。こうされると、どうしてか逃げられないという気分になる。俺の経験則だ。


「――リリィ!」


 ここで初めて名前を呼ぶ。びくりと身体を震わせていた。驚きで頭が追いついていないようだ。


 ここで、俺は考え抜いた一言を放つ。


「俺と、結婚を前提に付き合ってくれ」


 一世一代の告白。

 初めての試み。


 ぴたりとリリィの動きが止まったのがわかる。時が止まったかのように、ぽかんと口を開けて固まっていた。


 やがて急激に顔が赤くなっていく。


「はあ!?」


 第一声はそれだった。……あれ、回りくどいと伝わらないだろうから率直な言葉にしたのにな。

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