第九十一話 助けた責任

「んーっ! もうそろそろいいかしら」


 リサは大きく伸びをして言う。……なんだか妙に疲れた。慣れない話をしたからだろう。リサは楽しそうだったが。


「暗くなる前に、終わらせるとしましょう」

「……まだ続くのか」

「当たり前じゃない。なにも、解決してないでしょ? シゲオの中では、だけど」


 まるでリサの中では既に解決したことのようだ。


「これから私が、全てを答えてあげるわ。心して聞きなさい」

「……はい」


 皇女を辞めたはずなのだが、上からなのが出ていた。ノリかな。


「リリィのことを話す前に、シゲオに言っておきたいことがあるの」

「……?」

「あなた、告白したことないでしょ」


 ……。

 …………。


 言われて、まぁそうだなと思った。ただ今関係あるのか理解できなかった。


「リリィは兎も角、アネシアとノルンについては違うでしょ? 自分から想いを伝えたことあるの?」


 続く言葉にはっとさせられた。……したこと、ないな。


「あなたの欠点、人としての欠陥を教えてあげる。あなたは自信を持てない。だから、他人から向けられる想いを信じられない。聞いて、理解して、納得すれば受け入れることはできる。表面上応えることはできる。でも、どれだけ相手から示されても、心のどこかでいつか終わるモノだと思ってしまっている。だから自分の想いを伝えて余計に傷つくのを恐れている。違う?」


 違わない、と思う。自信が持てないから、自分なんかが愛されているということを受け止め切れていないところは、あるのだと思う。だからアネシアとノルンのことをどんな風に想っているのか、俺は明確に伝えたことがないのだろう。


「私もしたことはないけれど、知っているわ。付き合って欲しい、という告白をしたとするわね。その時、告白をした人はなにを考えていると思う? 絶対に自分の告白が成功すると思う? 違うわ、“成功したらいいな”よ。あなたには、できないでしょう? 確実に成功するという確信がなければ行動に移せないでしょう?」


 図星だ。暗殺もそうだが、事前に成功するルートをシミュレーションしなければ、確実に成功するだろうというところまで準備しなければ遂行する気になれない。命がかかっているから、失敗すれば終わりだからということはない。俺は、常にそういう風に行動している部分があった。


「自信がないから、確実を欲する。わからないわけではないわ。悪いことじゃないとは言っておく。けれど、成功するか失敗するかより大事なことがある場合も、存在するのよ」


 そのわかりやすい例が告白ということか。

 告白について考えてみると、成功すればまぁ最高だろう。失敗したとしても諦めがついて別の恋を探すことができる。先に進むことはできる。告白しなければ一生、片思いのまま。相手に恋人ができるまで、できてもかもしれないが、ずっと停滞し続ける。


「今回の場合もそうよ。リリィがどう応えるかなんて、確証は得られないわ。シゲオがどう思っているかを伝えることが、最重要事項なの」

「……それで、なにか変わるのか?」

「ええ。だって、シゲオが迷っているからリリィは話を聞いてくれなかったんじゃない。シゲオが明確な答えを持って臨まないと、リリィとただ殺し合うだけの結果に終わるわよ」


 確かに。前提条件が、俺の答えなのか。


「そこまでわかった上で、リリィの話をするわ」


 本題に入る。


「リリィは、助けを求めているのよ」

「……え?」


 リリィが? どうして?


「リリィ自身、多分苦しんでいるわ。なまじ精神が強いせいで、殺意とか憎悪とかに抗えてしまう。そして、あなたのせいで普通の生活ができるかもしれないと思ってしまった」

「……俺の?」

「ええ。おかげと言い換えてもいいかもしれないけれど。異世界に来て人権すら否定されて、価値観がぐちゃぐちゃになるのは当然のことよ。……こっち側の私が言うのもあれだけどね。自分に酷いことをした連中を殺してやりたいと思う気持ちはあって当然。でもシゲオに助けられた。連中と同じ男であるはずのあなたに。そのまま殺意に任せて殺せていればここまで迷っていなかったでしょうけど、見逃すだけの理性が残っていたのよね? それから、復讐し終えてシゲオの下に戻ってきた。リリィはきっと、あなたに手を出して欲しかった。そこはシゲオの言う通りよ。命の恩人で同じ世界から来たあなたも、所詮は汚らわしい獣だと思いたかったのよ」


 リサが神妙な顔をして語る。ある程度は話したが、そこまでわかるモノなのかと感心する部分もある。


「結果は失敗。リリィの壊れた価値観は、シゲオによって辛うじて繋ぎ止められてしまったのよ」


 だから、俺のせいで苦しんでいるということになるのか。


「他人のことに関しても自信のないシゲオが、異世界のことを語り合う時にリリィが楽しそうだと断言したわね。なら、それは本当に楽しいんだと思うわ。だから余計に、自分が普通に生活できるんじゃないかと思えてしまう。ノルンという友人もできて、世界は違えど生活ができるようになって」


 そういえば、そこは疑っていなかった。いや、疑う余地がないからか。あれだけ作品について熱く語って、普段見せる笑顔とは違う笑顔をしているのだから、俺視点とはいえ嘘だとは思えなかった。だからきっと、可愛いと思えるのだろう。


「だから、リリィを殺さない選択肢はあなたにしか取れないわ」


 リサが断言する。言われても、受け止めることはできなかったが。


「男だからできないんじゃない。男だからできるのよ。壊れかけた価値観が繋ぎ止められた状態だから、男であるあなたにしかできないわ。元々女性同士の恋愛に興味があるなら兎も角、元々が男女の恋愛を基準としていたリリィだからできることだけど」


 女性同士に興味があれば、男に酷い目に遭わされた時よりそちらへ傾倒するだろう。男を撲滅するという目標を立てるだろうが、恋愛観は変わらないことになる。

 もしあの時助けたのが男の俺ではなく女の師匠だったなら、男を皆殺しにするリリィが出来上がっていてもおかしくはない。


「シゲオ。あなたがリリィを助けたから、今彼女は人と鬼の間で揺らいでいるの。あなたには――があるわ」


 リサから言葉を突きつけられる。……俺が、リリィを助けたからリリィ自身が悩むようになってしまったとしたら。それは確かに、俺が持つ責任だ。

 だからと言って俺が殺されてリリィに思う存分殺人鬼として振る舞ってもらうというのは、お門違いだろう。助けて繋ぎ止めたなら、引き留めるのも俺の役目、なのかもしれない。


「他の異世界人がどうとか、全く関係のない第三者は関係ない。リリィを助けたあなたには、責任がある。本当に取り返しがつかないと思うなら殺しなさい。けれど、引き留めるのならリリィの人生を背負うつもりでいなさい」

「……人生を、背負う」

「そうよ。それくらいの覚悟がないとリリィを引き留めることなんてできないわ。途中で投げ出すつもりで考えないで。いつか誰かが、なんてないわ。リリィを助けて、リリィを繋ぎ止めているのはあなたなのよ。今後ずっと、彼女を苦しませない決意を持ちなさい」


 そうでなければ、リリィを殺さない理由にならない。……俺にそんなことができるのか? 引き留めるにはどうしたらいいのか? わからない。考えないと、思いつかない。


「あなたの中で答えは出ているから、落ち着いて考えればいいだけよ。リリィの気持ちを考える前に、あなたがどうするかを決めなさい」


 俺が、どうするか。当たり前だが殺したくはない。リリィの人生を背負うつもりで、覚悟を伝える。なにを伝えればいいのか。


 ……ん? 今なんか。


 俺は考え込む中で、とある漫画の名言が思い浮かんだ。


「ふふ、顔つきが変わったわね。なにか思いついたのかしら」


 リサの声が聞こえてくる。……そんなにわかりやすいんだろうか。


「最後に一つだけ、大事なことを伝えるわ」


 彼女はそう言って、考え込んでいた俺の耳元に顔を寄せてきた。吐息がかかるような距離だ。いきなりのことに心臓が跳ね上がる。


「――私を助けた責任も、いつか取ってもらうから」


 耳元で囁かれた言葉が、頭の中で反響する。


「……それって」


 離れたリサに顔を上げて尋ねようとするが、彼女は立ち上がってずっと立っていたらしいアルの方へ歩いていく。よく見えなかったが、少しだけ顔が赤かったような気がする。


「私ね、この街を出ようと思うの」

「……え?」


 急な話に驚きを隠せない。


「この街はとても居心地がいいわ。街の皆は優しいし、シゲオ達はいるし。だから私は、この街の良さを国規模まで広げたいの」


 リサは背中を向けて語る。国と来たか。流石にスケールが大きい。


「私とアルは首都に戻るわ。政府の一人として、国を良くしていく。そのために義兄とお姉様から代表者の座を奪ってやるの」


 彼女が笑顔で振り返る。まだ薄っすらと頬が赤い。


「その時は、私から会いに来るわ。もっと魅力的な女性になっているから、覚悟していなさい」


 リサが歯を見せて笑う。……もう充分魅力的だろうに。


「……ああ。リサならできるよ」

「ええ。だから、シゲオも私に相応しい男になっていなさい。国の代表者と釣り合うくらいのね」


 それは無理なんじゃないかと思ってしまうところはある。


「……ああ、そうだな。そのためにもまずは、やることがある」


 俺もベンチから立ち上がった。答えは得た。ならば、やることは決まっている。

 リサはそんな俺を見て目を丸くしたが、すぐ満足そうに笑った。


「ふふっ。いい顔になったわ。それでこそ私が認めた相手よ」

「……リサ、ありがとう」

「いいわよ。そうね、助けてもらったお礼だと思っておきなさい」

「……わかった」

「それじゃあ、また会いましょう。結果がどうあれ、私がそれを正としてあげる。存分にやりなさい、私の暗殺者様」


 暗殺者に様づけとは珍しい。彼女なりの激励だろう。

 心強い言葉を受けて頷いた。


「……ああ」


 リサが踵を返して立ち去る。アルが深々と一礼して後に続いた。


 俺も、これから行かないといけないところがある。まずは、師匠のところ。つまり家に帰る。そこで俺の答えを、伝えなければ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る