第九十話 皇女様のお悩み相談
「……リサ」
「なに、その顔。随分情けない顔してるわね」
「……」
リサにもわかりやすいくらいの表情だったらしい。いや、彼女は鋭い方ではあると思うが。
思わず顔を逸らしてしまう。なんて言えばいいかわからずにいると、リサが俺の隣に腰かけた。
「話くらい聞くわ。話しなさい」
「……えっと」
「いいから! 悩みがあるんでしょう? シゲオがどうしたらいいかわからないくらいに」
なんでわかるんだ。そんなにわかりやすいかな。いやまぁ、ベンチに座って項垂れているヤツが悩み持ってないわけないか。
「……リリィのことで、ちょっと」
「ちょっとって感じじゃないことくらいわかるわ。アルに遮音してもらってるから、話してみなさい。……私はある程度リリィの境遇も知ってるわ」
俺の切り出しに対して、リサはそう言った。……遮音してもらっている、ということは元々俺の話を聞くこと前提で声をかけてきたということか。
「……リリィの暗殺依頼が、政府から届いた」
「はあ?」
元政府関係者に言うのもアレだったが、正直に話すことにした。流石に予想外だったようだ。
「意味がわからないわ。なんでリリィが暗殺されないといけないのよ。それに、シゲオのところに来たっていうの? なに考えてるの? 私がいればそんなこと絶対させないのに……」
政府への不満が漏れている。ただ依頼内容を見るに、客観的には納得できなくもないと思ったので依頼の理由やざっくりとした経緯を話していく。リリィとの会話にもなっていない会話があって、今は師匠に彼女を殺すか殺さないかを委ねられているところまで。
「ふぅん? 大体状況は理解したわ」
少し長く、俺の説明も下手だったと思うがリサはあっさりと言った。
「で、シゲオはなにを悩んでるの?」
「……なにって、リリィを殺すか殺さないかを」
言われて、呟く。
「嘘吐き」
だがリサはばっさりと切り捨てた。嘘を言ったつもりはなかったので、彼女の方を見る。
「シゲオは、そんなことで悩んでいないじゃない」
「……いや、そこが決まらなくてこうして悩んでるわけで」
「自分に嘘を吐くのはやめなさい」
ぴしゃりと言われてしまった。はっきりとした物言いだ。容赦がない。ただ、リサがそう言うだけの自覚はなかった。
「……嘘吐いてるわけじゃないんだけど」
「そう思ってるだけよ。シゲオは最初っから、リリィを殺すことなんて考えてないじゃない」
言われて、困惑する。考えていないわけではない、と思う。
そんな俺に彼女は畳みかけてくる。
「シゲオはずっと、リリィをどう救うかを考えているじゃない」
リサは言った。俺は肯定も否定もできなくて、目を逸らす。
「……それは、殺すことが救いになるからって話?」
「はあ? 意味わからないこと言わないでよ。生きてた方が楽しいに決まっているじゃない。私がそうなんだから」
俺の返しは切って捨てられる。説得力が違った。ただそれはリサが強いからだとも思う。
「仮にリリィが生きているだけで苦しんでいるから殺してあげたいと考えたとして、シゲオは実行する気あるの?」
「……それは、もちろん」
「ないでしょ」
肯定してつもりだったのだが、ばっさりと言い切られてしまう。
「考えるっていうのはね、漠然としたモノじゃダメなのよ。未来のことなら、その時のことをイメージできなきゃいけない。シゲオは選択肢の一つとして挙がっているから頭に置いといているだけで、実際にリリィをどう殺すかまでは考えたことないでしょ? 寝ている間に暗殺? 殺すから抵抗しないでって言う? 具体案もなしに考えてるって言わないで」
容赦のない物言いだ。
「……それはただ、殺す殺さないを決めてから具体的に考えようと思ってただけで」
「それは間違いじゃないわ。でも、シゲオは今の今まで決められていないんでしょう? シゲオは多分、方針が決まれば具体案を組み立てていけるタイプだと思うわ。でもそこに辿り着けていない。そもそも選択肢として認識してないのに、選択肢として考えているから思考が止まっているのよ。前提が違うわ」
リサの言っていることは、イマイチよくわからなかった。
俺の中で答えが決まっているのに、無理矢理どちらかに決めようと考えているから迷っているということなのだろうか。
「まぁ、ちょっと難しいかしらね。じゃあ聞いてあげる。殺す理由、殺さない理由をそれぞれ挙げなさい。迷っているなら、簡単に出せるわよね?」
言われて、考えながら話し出す。
「……殺す理由は、リリィが取り返しのつかないところまで行ってしまっている可能性があると思ったから。精神が強いからどうにか普通の生活を送れているだけで、ふとした瞬間に人殺しをしたくなっているのなら、殺す理由になる」
タケルのこともある。引き返せないのなら、俺が殺すべきだ。
「……殺さない理由は、これまで一緒にいてリリィが取り返しのつかないところにまでは行っていない可能性があるから。ノルンとは友達になれたし、リサとも気が合うみたいだから。趣味のこともあるし、まだ踏み留まれるところにいるなら、殺さない理由になる」
「私と気が合うっていうのは勘違いだけど、一応わかったわ」
リサは少し眉を寄せて言った。……そうだろうか。結構気が合っているように見えたのだが。アルが少し笑っていたので、俺の意見の方が多数派のようだった。
「で、なんでシゲオの私情がないわけ?」
「……えっ? いや、暗殺者が依頼に私情を持ち込むわけには」
「建前なんかどうでもいいわ」
「……」
「シゲオは、他人のことを他人事だと思いすぎよ。今回、あなたは当事者だわ」
諭すように言ってくる。
「さっきの理由だと、要はリリィが血も涙もない殺人鬼になっているかどうかが鍵ってことよね? それなら、ねぇシゲオ」
「……?」
リサと目が合う。
「どっちがいい?」
尋ねられた。
「……そんなの、なってない方がいいに決まってる」
「でしょ? なら迷う必要なんてないじゃない」
「……でもそうなっているかどうかがわからないと」
「そういうところがダメなところね」
心が痛いからもう少しだけオブラートに包んで欲しい。いや、こういう時ははっきりと言ってくれる人の方が有り難いのか。
「そんなの、リリィ本人にだってわからないわよ」
「……」
リサは遠くを見つめながら言った。
「リリィが迷っていて、自分じゃどちらに転ぶかわからない。だとしたら、誰ならわかると思う?」
「……それは」
答えられない。リリィがわからないなら、誰がわかると言うのだろう。
「答えは、“誰にもわからない”よ」
リサは断言した。
「そもそも、歴戦の暗殺者のアネシアがあなたに判断を任せるほど迷ったことなのよ。暗殺者は、特にアネシアやシゲオは依頼を選ぶ。つまり、悪人が殺すに足るかどうかを自らの指標に従って判断する。ただ今回は暗殺対象が他人じゃない。リリィっていう、身近な人。復讐で数多くの人を殺してきたリリィを危険視する意見も、身近で見ていたリリィの人柄なら殺すほどじゃないと思う意見も、どちらもわかってしまう。考えてしまう。だから答えが出しづらい」
そういえば、そうだ。
俺は疑問を抱いてこなかったが、殺すか否かを依頼内容の正当性で判別してきた。
「シゲオに答えをあげるわ。簡単なことよ」
リサは言って、再び視線を合わせてくる。
「――誰かが、リリィを引き留めてあげればいいのよ」
「……誰かが」
彼女から与えられた答えを、吟味する。
リリィ本人もわからず、殺すか否かを判別してきた師匠や俺がわからず、そんなリリィを殺させないように平穏な生活へ引き留める。そうすれば確かに、上手くいくかもしれないが。
……引き留める役目を、誰がやるか。誰ならできると言うのか。
師匠? いや、仲が悪いわけではないが師匠とリリィの関係は深くない。
ノルン。今一番仲がいいと言えば彼女だ。今も一緒にいる。二人でいてなにをしているのかはわからないが、もしかしたら引き留めようとしている最中かもしれない。
リサ……は流石に出会ったばかりか。気が合うとは思うのだが。
グレウカさん。リリィ関連で関わりがある人物。ただ師匠が渡していた刀がボロボロにされていたことから、あまり好いていないと言っていたのを聞いていた。
「誰か、なんて言わせないでよ? あなたの師匠が、誰に任せたと思っているの?」
リサの言葉に、一瞬思考が止まってしまう。
「……いや、でもそれは」
「やっぱり。シゲオ、自分を選択肢から外してたでしょ」
図星を突かれた。
「……俺には、できない」
俺は顔を伏せて呟いた。選択肢から外していたのは無意識ではない。意図的に、無理だと判断して考えることもしていなかった。
「どうしてそう思うの?」
尋ねられて、考えていることを口にしていく。
「……俺は、男だから」
「それが一番大きい理由でしょうね。リリィが男嫌いなのはわかるわ。一緒に出かけた時、視線を送ってきている連中に苛立ってたみたいだし」
でも、とリサは続ける。
「シゲオはそういう連中とは違うって示してきたんでしょ?」
言われて、少し迷った。確かに俺は最初の頃にあったリリィの誘惑、手を出させて殺す理由を得る行為をシカトし続けた。その話は、以前リリィとしている。
ただ、完全に否定もできない。俺も男である。しかも、そういう行為を知ってしまった。快楽云々、道具云々だのと思っているわけではないにしろ、気を抜けば溺れてしまいそうになるとは思っている。実際、黒歴史もあった。
あの施設にいた、通っていた連中はそういう快楽を覚えて、溺れた結果だ。そうはなりたくないが、ならないとは言い切れない。
「……それでも、リリィがトラウマを覚えてる男であることには変わりないだろ」
「じゃあリリィがシゲオに触れられて怯えてるところを見たの?」
「……それは、ない。俺から触れようとしたことがないから」
俺から触れようとしてしまえばリリィのトラウマを刺激してしまい、均衡が崩れてしまうのではないかと思ってしまって自分からはいけなかった。
「でもリリィはシゲオに自分から触れていっているじゃない。なにが違うの?」
「……あれは、手を出したら殺すつもりで」
「そんな風には見えなかったわよ」
第三者が断言する。ただ、俺はやはりリリィが虎視眈々と狙っていてもおかしくはないと思っていた。なにせ、「俺を殺すまでは他の人を殺さないでくれ」と頼んだ身だ。まず殺すなら俺にしてくれる、と思っている。
「……はぁ。もういいわ、一旦やめにしましょう。シゲオが、リリィについてどう思っているか聞かせて」
「……えっ?」
「いいから。私がいい方に話してもシゲオは受け取ってくれないみたいだから。シゲオの気持ちを聞きたいわ」
呆れられてしまっているようだ。まぁ、自分でも面倒な性分だとは自覚している。
「……どう思っているかって言われても」
「こういう話したことないの? じゃあ、そうね……。リリィのこと、可愛いと思ってる?」
「……え」
「答えなさい。リリィがどうかじゃなくて、あなたがどうかだけで」
有無を言わせぬ口調。答えなければならないのだろうか。考えようとして、本当に自分だけの意見であれば深く考える必要もないことに気がついた。
「……まぁ」
「なに?」
曖昧な言い方は許されなかった。
「……可愛い、と思う」
「どんなところが? 見た目? 性格?」
深堀りされるのか……。相手も女子だが、気になる女子は誰かみたいな話もしたことがなかったので慣れない話だ。
「……んー」
俺は少し返答に困ってしまう。……リリィを可愛いと思う理由、か。正直に言うと見た目は含まれている。リリィは紛れもない美少女だ。ただ、そこだけじゃない。もっと、そう思う部分がある。
「……楽しそうに、話してる時かな」
「私、あんまり見たことないんだけど。どんな時に楽しそうなの?」
「……元の世界のことを話す時」
正しくはオタク文化について語る時だが。リサに言ってもわからないと思うので、ざっくりで割愛しておく。
「それはシゲオの前でしか見せないモノよね」
「……まぁ。周りに異世界の話できる人がいないし」
「話すだけなら誰でもいいわよ。でも、語り合えるのはシゲオだけ」
「……いや、他にいれば違うと思うけど」
「でもいないじゃない。いない人の話をしても仕方ないでしょう? こちらの世界に来なかったら幸せに過ごせた、と同じくらい不毛な話だわ」
相変わらず容赦がない。確率で考えるとまだ他の誰かが現れることの方が高いと思うのだが。
「じゃあ、そうね。シゲオはリリィとそういう話をしている時、楽しい?」
「……ああ」
迷わなかった。そういう話をこれまで一切してこなかったので、新鮮だった。
教室で男子達が少年漫画について語っているところを羨ましく思いながら外側から盗み聞きしているだけだったから。誰かと語れるなんて初めてのことだった。
「そう。シゲオは、リリィとどうなりたいの?」
「…………特には。考えたことない、かな」
「でしょうね。でも、リリィにとっては難しい問題だわ。だって今のリリィは、不安定で危ういもの」
そう、だと傍から見ても思う。
「えーっと、次は……」
「……まだあるのか」
「当たり前よ。まだまだ、根掘り葉掘り聞くわ」
「……えぇ」
「そうねぇ。じゃあじゃあ、リリィと一緒にいたい?」
「……まぁ。共通の話題が多いし」
「友達として?」
「……友達がいたことないから、よくわかんないんだが」
「恋人としては?」
「……それはないかな。リリィが嫌だろうし」
「ふぅん? シゲオがなりたくない、とは言わないのね」
リサの笑みがにやりとしたモノに変わった。揚げ足を取られた気分だ。
「……そういう意味じゃなくて」
「はいはい、そうね」
聞いているようで全く聞いていないな。
「もう答えは決まっているようなモノだけど、色々聞かせてもらおうかしら。楽しくなってきたわ」
……楽しいとかじゃなくて、相談に乗る感じじゃなかったのか?
それからしばらくの間、リサに質問攻めにされた。
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