第八十七話 似た者

 リサの件が一段落してから数日。


 リリィが暇だったからと作ったらしいコスプレを見せられた。とある作品のメインヒロインだ。“閃光”の副団長と言ったところか。きちんとレイピアまで本物を用意している辺り、ファンタジー世界で本格コスプレを満喫していた。どうやらもっと前に計画していたらしく、レイピアは記憶を頼りにグレウカさんにお願いしたそうな。流石ガチオタクと言うべきか、多分こんな感じだったと思わせる形状だ。

 髪の長さは似通っているので、髪の色を変える薬を調達して茶髪にしていた。


「うーん……。折角なら“母なる十字架”とかしてみたかったんだけど、動きまでは覚えてないのよねぇ」


 そりゃそうだ。流石に十一連撃全ての動きを暗記してるヤツはそういない。ガチ勢すぎる。資料があればいいんだが、三年以上前、なんなら観た当初だからもっと前になるモーションを暗記してはいなかった。


「……まぁ、その衣装じゃない時に習得したしいいんじゃないか」

「でも映画で使ったところ良かったじゃん!」


 激しく同意。とはいえだ。まぁ『剣聖』の能力で多分再現できるようになったからこそやりたいのだろうが。


 そんな感じでオタトークをしていたわけだが。


「……ねぇ、シゲオくん」


 急にリリィの声が真剣味を帯びた。


「シゲオくんは、聞いたところによるとまた美少女を口説いたわけでしょ?」

「……その言い方は悪意あるけど」

「生きなくてもいいって思ってた子を生かすように説得したんじゃん。ってことは、そういうことよね」


 口説く。自分の意志に従わせようと、あれこれ言い迫る。


 うん、ネガティヴな単語だ。間違いなく。でもまぁ、確かに間違ってはいないのだろう。俺はリサに生きていて欲しい、というほど強く想っていなくとも死んで欲しくないとは思っている。死というのは痛くて苦しいので、できることなら味わわずに死にたい。というのもあるが。


「じゃあ私のことも口説くの?」


 リリィの碧眼がこちらを覗き込んでくる。真意は読み取れない。

 確かに、思えばリサとリリィの心境は似ている。価値観や常識、周囲に振り回されてどうすればいいかわからない。多分、そんな感じ。


 つまりリリィのことも前向きに生きられるようにしようとするのか、ということだ。


「……どう、だろう」


 ただ俺は断言できずに目を逸らしてしまった。


「そっか。まぁそうよね。シゲオくんはヘタレだもん。私知ってるよ、シゲオくんが一回も自分から他の人の部屋に行ったことがないってこと」


 視線を戻すと悪戯っぽく笑うリリィの顔があった。……ヘタレて。いや反論材料ないんだけど。


 だが俺がそちらを向いたのを見計らってか、静かな顔になる。薬の効果が切れて茶髪からプラチナブロンドに変わっていた。


「いつか、私のこと染めてね」


 なんとも読み取りづらい表情だ。なにも浮かんでいないからこそどのようにでも読み取れると言うか。

 と言うか、「染める」とはどういう意味なのだろうか。言葉の意味としては色をつけるだが、リリィに色をつけるってなに? となってしまう。コスプレ手伝えということだろうか。語り合って思い出すという点ではかなり手伝っていると思うのだが。


 いや、流石にないか。こんなわかりづらい言い方はしない。直前でリサの話をしたのもなにか意味が? わからない。リリィがなにを求めているのか、理解できなかった。


「……まぁ、シゲオくんには絶対無理だと思うけど」


 俺がなにも言わず困っているのがわかったのか、彼女は諦めと少しの寂しさを滲ませて言った。

 そうして、俺の前から立ち去ってしまう。


 ……なんだろう。いつもよりリリィが弱々しく見えた。俺達がいない三日間になにかあったのか? いや、極力外に出ないし『気配同化』など目立たず外出できる技能も会得しているはずだ。


 とはいえ完全ではないのだから、なにかあっても不思議ではない。


 ただ決定的な部分で変わっているわけではなさそうだ。ということは、まだリリィにとっての分岐路は過ぎていない。

 ここまで仲良くなった(?)人が殺人鬼と化して始末される様は見たくない。


 色々と個人的に思うことはあるが、それを差し置いても。


 とはいえ自分にできることはあまりないと思う。リサの時はおそらくある程度自分でも理解はしていたから、なんとかなった。なんて言うか、彼女の立場が変わったはずなのに周りが彼女の扱いを変えていなかったと言うか。

 リリィとはまた違う。


 ただ、リリィが依頼の話を聞いた時にある程度の理解を示していたことから、似た部分があるとは自覚しているのだろう。


 力になりたい気持ちと肝心なところで尻込みする気持ちが鬩ぎ合っている。リリィに対しては、ノルンのようにこれから踏み込もうという気になれなかった。と言うより、無力だという自覚がある。


 ため息が出た。


 なんかこう、明確な芯みたいなモノがあって迷わず悩まず人を助けるのに奔走できたらいいのに。


「シゲオーっ!」


 そんな感じで黄昏ていたら、外から俺を呼ぶ声が聞こえてきた。……この声、リサじゃないか? アルの気配も感じ取れる。


 リリィのコスプレ披露会は庭で行われていたので、そのまま玄関の方に向かい出迎えた。


「あ、いたわね」


 そこに立っていたのは、晴れやかな笑顔を浮かべたリサだ。しかも、服装がドレスではない。安物ではないが、街に売っている範囲の衣服だと思う。シャツに膝丈のスカート。庶民のリサだ、と思いたいが本人の纏うオーラが庶民とは違っている。なぜ着ている服が庶民の範囲なのに、こうも煌びやかさを感じるのか。不思議だ。これが皇族の力か。


「シゲオ様、急にお邪魔して申し訳ございません」


 隣にはアルもいた。丁寧にお辞儀してくれる。アルはリサの従者という立場だけは貫き通すつもりのようだが、メイド服は着ていない。それでも長い丈のスカートでしとやかに纏めている。


「……二人共、急にどうしたんだ? なにか用か?」


 訪ねてきた理由を尋ねてみた。


「用がないと来ちゃいけないわけ?」

「……そういうわけじゃないけど」

「まぁ用があって来たんだけどね。私達、この街に引っ越すことにしたわ」

「……あぁ、そう」


 この街にね。いいところではあるよな。首都みたいな華やかさはないが必要なモノは揃っている。あと多分だが強い人が多い。


「なによ。もっと喜んでもいいじゃない」


 俺の反応が気に食わなかったのか、むすっとした顔をされてしまった。喜んで欲しかったのか。でもなにに喜べばいいのかよくわからない。


「……えっと、ごめん。でもなんでこの街に?」

「えっ? そ、それは、その……ここが我が国の最高戦力が集まる街だからよ!」


 謝ってから聞くと、なぜか顔を赤くして焦っていた。それから理由を言ってくれる。なるほど、納得。正に俺がさっき思った通り、強い人が多いからだった。なぜかアルが嘆息していたが。


「リサ様。いざという時に本音をぶつけられないというのは如何かと思います」

「う、煩いわね。兎に角! そういうことだから一応報告しに来たの。暇な時遊びに来るから」

「……あ、ああ」


 どうやら他にもなにか理由があってこの街を選んだようだ。というか、あれか。よくよく考えたらリサはアル以外の知り合いが政府の関係者が俺と師匠くらいしかいないわけで。顔見知りのいる近くに住みたいと思うのは至極当然のことだろう。


「シゲオ。どうせなら中に入ってもらったらどうだい? 椅子は用意しておいたよ」


 話していたら後ろから師匠が出てきた。いつも通り話が早い。


「……はい。じゃあ、二人共良かったら上がって。師匠の家だけど」

「あんたの家でもあるからいいんだよ」


 という感じで元皇女とその従者を家に招き入れることになった。


 ノルンは一応顔合わせをしていたが、リリィは初対面だ。互いに自己紹介をする。

 それからしばらく話していたのだが、流石コミュ障ではない二人。俺の感覚で言うとあっさり仲を深めてしまった。


 と言うか、リリィとリサに似たところがあって、ノルンとアルに共通点があるので当然なのかもしれない。

 特にノルンはアルと従者トークで盛り上がっていた。信念がどうとか忠誠心がどうとかそういう話をしていた。仲良くなれそうでなによりである。


 逆にリリィとリサは似たところがあるのに言い合いをするという関係になっていた。


 そして俺は時折アイコンタクトで師匠と会話? しながら話しかけられたら話すというスタンスを取っていた。

 人数が多くなって自分以外が喋っているなら話さなくてもいいかというぼっちの心理。


 話しかけられたら応えるが、今は自分が喋る時ではないと弁えている。という言い訳。自分への。


 まぁ、友達が増えることはいいことだろう。と考えて俺は友達と呼べる人できたっけ? と考えそうになってから素数を数え始めた。現実逃避は大事である。そもそもの知り合いが少ないのだ。人生で出会ってきた人の総数から友達になった人の割合を考えて欲しい。総数が少なければ必然友達になる人の数も減っていくという仕組みになっている。多分。友達がいたことがないのでわからないが。


 それから出かけることになったのだが、アルは兎も角リサが『気配同化』を使えないのでどうしようもなかった。


 前回よりも二人多く一緒にいるだけで更に殺意が高まっている気がするのだから不思議だ。少し空いているので破綻しているだろうと高を括っていた人達が、減るどころか増えていることに驚愕して殺意を増幅しているのか。

 向けられる側に立つと本当に胃が痛くなる。五人の美女美少女の中に男一人って。


 まぁそういう関係の人の方が少ないということだけは言っておく。いや、一人でない時点でダメか。そもそも一人すらいる時点でアウトかもしれない。


 ……五人共楽しそうなので良しとしよう。どうせ俺は荷物持ちよ。


 店を連れ回されてぐったりしていると、リサが近づいてきた。


「ねぇ、シゲオ。あなたって随分モテるのね」


 悪戯っぽい笑顔を浮かべて耳打ちしてくる。


「……どうなんだろうな」

「なにその煮え切らない答え」


 リサが眉を寄せていた。自分でもそう思う。ただどうしても自分が好かれ続けるという実感が湧かない。どうやったって数ヶ月後、数年後には今の関係がなくなっているんじゃないかという不安に見舞われていた。

 どうしようもない性分なのである。どうしよう。


「もうちょっとカッコ良くしなさいよ。じゃないと認めた私の目が間違ってるかと思うでしょ」

「……そう言われても」

「シゲオの欠点を教えてあげる。迷いすぎ」


 ぐさりと言葉が突き刺さった。


「戦闘や技能に関しては優秀な部類なのに、あなたは全然自信を持ってない。外出の時もそうよ。自分だけ場違いな感じ出して」


 ……なんで俺は急にリサに叱られてるんだろうか。


「あなたと一緒にいたいかどうかは、周りが決めるの! ずっと続けるためには努力が必要だけど、今こうして周りに人がいることは、あなたがやってきたことの影響、実績なの! 私だって、あなたに助けられてなければ、説得されてなければここにいなかっただろうし」


 リサはそう言って頬を染めた。

 自信、実績か。なぜだかはわからないが、俺は未だ自信満々になれていない。暗殺を幾度となくこなし、強敵を殺してここにいるというのに。実感がないわけではない。最初この世界に放り出された時より成長していると言い切れる。にも関わらず。


「もう一つ教えてあげる。人との関わりにも全力になった方がいいわよ。自分のことばっかりじゃダメ」

「……随分と説教臭いんだな」

「少ししか付き合ってない私にもわかるくらいってことよ」


 ばっさりである。


「私、人を見る目はあるの。だから頑張りなさい。私を救ったんだから、大物になってもらわないと」


 リサが笑顔で言ってくる。彼女なりの励ましというところだろう。年下の女の子に説教されるのはちょっと複雑なのだが、彼女は別だ。年下とは思えないほどの経験をしている。経験の度合いを人生の密度とするなら、薄っぺらい俺と比較してもリサの方が濃い。まぁ彼女の経験は他の人より特に濃いモノだろうとは思うのだが。


「……どうして急に、そんなことを?」

「なんとなくよ。それが今後シゲオが皆と一緒にいる上で大事なことだと思ったから」


 聞いて納得。間違いない。

 俺も問題として認識してはいるが、どうすれば良いかわからない状態ではある。いや、わかってはいるのか。


「……そっか。ありがとう」

「いいのよ、別に」


 そうは言うが照れているのかそっぽを向いていた。心なしか顔も赤い。


 リサとの話はそれで終わったのだが、俺の改善すべき課題としてずっと残り続けることになると思った。


 そう、例えば風呂に入っている時や就寝前のふとした瞬間に思い出しそうな。

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